02.シン
「―――シン! いる?」
「ああ、カナンか。 ……どうかしたか?」
突然、力強く開け放たれた扉にわずかに眉を顰めながらも、シンは落ち着いて静かに答える。
店に飛び込んできた少年はカナン。ここからそう離れていない街外れの孤児院で暮らしている子供たちの一人だ。すでに成人年齢を超えているシンとは違うものの、その子供たちの中では年長であり、性格も明るく面倒見が良いため年下の子供たちにも慕われている。
ただ、大人の目から見れば落ち着きがなく心配であるとも言える。
「ブライデにはちゃんと言ってきたのか?」
「い、言ってきたよ。……あんだけ怒られたんだからわかってるって」
ブライデとはシンも世話になっている修道女である。孤児院の隣の教会にいるが、子供たちの面倒を見ている大人の一人だ。そして、その中でも特に子供たちと関わりの深い、母であり姉である存在だ。
カナンを含め孤児院の者たちはシンとそれなりに親交があり、子供たちが孤児院から近いこの店を訪れることも少なくない。ただ、気心が知れているゆえか、以前から黙って抜け出して来ていたこともあったらしく、それを知ったシンがブライデに報告したのだ。
それを受けて、シンからの進言もあり、ブライデがカナンを厳しく叱ることとなった。
「ならいい。それで、今日は何か用事か?」
「うん、そうなんだ。……これって、直せるかな?」
「ああ、おもちゃか。壊れたのか?」
「……うん、ごめん」
「気にすることはない。おもちゃなんか壊れるものなんだから」
カナンから手渡されたおもちゃを眺めながらシンは答える。
これは孤児院の子供たちのためにとシンが作ったものだ。これまでにも定期的にこういったおもちゃを含めて様々なものを孤児院のために差し入れている。
それについてカナンが新しく作ってくれ、ではなく直してくれと言ったのには理由がある。
「壊したのは……イルガ、か?」
「わかるの!?」
「合ってたか。まぁ、なんとなくそんな気がしただけだ」
つまり、イルガがうっかり壊してしまったものについて、カナンが自分に任せるようにと言ったのだ。イルガの性格上、自分が壊したせいでシンに新しいものを作ってもらうのは気が引けると考えていたものを、カナンがひそかに持ち出して直してもらうことにしたのだ。
その方がシンには負担がかからない、少なくともイルガからすればそう見えるだろうと考えたからだ。
「……まぁ、なんとかなるとは思う。ちょっと待ってろ」
「ありがと!」
そう言ってシンは作業をするべく奥の部屋へと向かう。
正直に言うならば、シンにとってはこれを直すよりも新しく作る方が楽なのだが、カナンの意を汲んでそれを修理することにした。それに、新しいものよりもこれに愛着があるかもしれない。
「―――できたぞ」
それから数十分後、無事に直し終えたシンはそのおもちゃをカナンに手渡す。
別に不安だったわけではないだろうが、カナンはそれを念入りに確かめる。そして、納得したように一つ息をつく。
シンもまた、それを見てひそかに安堵の息を漏らす。自分としてはうまくできたと思ってはいたが、修理はそれほど得意分野とは言えないからだ。
「……まだ何かあるのか?」
いつもであればこれで帰っていくカナンだったが、まだ何か言いたげに顔を伏せているのが目に入った。おそらくは何か言いにくいことなのだろう。
しばらく逡巡し、何度かちらちらと視線を上げた後に、カナンは思い切った様子で切り出す。
「シンってこういうおもちゃ、みたいなのじゃなくても作れるんだよな?」
「……ああ。作れるよ。お前だって知ってるだろ?」
シンはこれまで何度もこういったおもちゃを子供たちのために作り、届けていた。それと同時に子供だけでなくブライデたち修道女などのためにも色々なものを作っていた。
そして、それとは別にお金になりそうなものを作って商売をしていることもカナンは知っている。
「あのさ……剣、って作ってもらったりできない?」
カナンは上目遣いでシンの顔色を窺うように尋ねる。
だが、シンは黙ったままわずかに眉を顰めるだけだった。
「だめ、かな……」
カナンが剣を欲しいと言う理由はなんとなくわかる。
カナンは大きくなったら冒険者になるのが夢だというのを知っていた。
それが、お金を稼いで孤児院の暮らしを楽にさせてやりたいという目的でのことであること、そして、ただ冒険者という格好いいものに憧れていることも。
「それは、おもちゃの剣じゃなくて、本物に見えるようなちゃんとしたやつってことだよな?」
「うん……」
カナンもさすがにシンが本物の剣を作れるとは思っていない。だから偽物でも構わない。ただ、本物を持った気分になれる格好いい剣が欲しかったのだ。
シンもそれ自体を否定するつもりはない。子供の夢というものを大切にしてあげたいという気持ちは強く持っているからだ。
「悪いな。剣はだめだ」
「そっか。……俺がまだ子供だから?」
「まぁそういう意味もなくはないんだけど、な……」
カナンは頭が悪いわけではない。物事の分別だってつくし、そうそう馬鹿なことはしないだろうというのはわかる。
孤児院の兄として立派にやっていると思う。
だけど、シンの目から見ればやはりまだ子供なのだ。だから、武器を持たせるのはまだ少し早いと思う。
というのも理由の一つであることは間違いない。
「俺はもう、剣を売ったりはしないことにしてるんだ。だから子供だろうと大人だろうと……王様だろうとな」
「そうなの?」
「ああ、ちょっと前に……いろいろとあってな」
「そっか……」
そう言われて納得したのか、カナンは諦めたように頷く。
「はぁ……しょうがないな。……ちょっと待ってろ」
そう言うと、カナンをそこに残し、シンは店の奥へと引っ込んでいく。
やがて、たっぷりと時間を掛けた後にそこから出てくると、その手の中には一振りの短剣が握られていた。
「……普段から片付けはしとかないとな……。ほら。これをやるよ」
「これは……本物?」
「違う違う。完全な偽物だから何かを切ったりしようとはするなよ。刃が欠けるだけだからな」
「すっげぇ……。本物にしか見えねえよ」
目を輝かせながらカナンは呟く。
その短剣はカナンが今まで見てきたどんな短剣よりも鋭く見えた。だが、その切っ先を触ってみると、シンの言ったとおりにこれが偽物だということははっきりわかった。
なるほど、これでは何も切れないだろう。
「ありがとう! シン!」
「……いつも言っていることだが絶対に悪用はするなよ」
「わかってる。約束だからな」
何も切れない短剣。だけど使いようによっては本物の短剣と同じように使うことができる。これはただ切れないだけなのだから。
これが短剣であり、他人に恐怖を抱かせるものであるのは間違いない。武器を持っていると見せかけるだけであれば何の不具合もない。
そして、これだけよくできたものであれば誰かに売ったりすることも容易い。本物そっくりに見えるそれを本物だと偽り、誰かから大金をだまし取ることもできるだろう。
そんなことを絶対にしてはいけないと約束をしているのだ。
それは、全て保護者であるブライデの責任となるのだからと。
「あ、そういえばさ、ブライデがたまには顔を出せって言ってたぜ」
「あーそうだな。……確かに最近は会ってなかったな」
「なんだよ。嫌なのか?」
「そういうわけじゃないさ。……そういうわけじゃないけどなんとなく用事もないのに会いに行くのは気恥ずかしくてな」
「ふーん。なんかよくわかんねえけどシンが来たらブライデも喜ぶと思うぜ」
「……そうだな。近い内にお邪魔するよ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『03.アイシス』09/03 21:00投稿となります




