18.トリンキュロ山
街を出て数日後、三人は森を抜けた先の山を登り始めた。
それほど小さい山ではないものの、あまり高くはないため登ることにそこまでの危険はなかった。ただ、時折襲い来る魔獣たちを打ち払う力を持っていればの話だが。
「暑い……」
まだそれほど時間は経っていないが弱音を漏らしたのはミリカだった。
とはいえそれはただの愚痴のようなもので、その表情からはまだまだ余裕が窺えた。恐怖を誤魔化そうとしているのか、あるいは緊張感を緩和させるためか、どちらにせよ特に意味のないただの軽口ではあった。
「私は錬金術ってのあんまりよくわかってないんだけど」
「はい?」
「実際のところどうなの? ……フレアワイバーンってほんとに倒せるの?」
シンとアイシスは顔を見合わせる。
その不安はわかる。
これまでの道中、それなりに魔獣との戦闘はあったが、二人は全力を出すことはなかった。いくらかの錬金道具は使用したものの、ミリカが驚くほどのものではなかった。
だから、その程度の威力で本当にフレアワイバーンを仕留めることができるのか疑問なのだ。
「亜竜ではあるけど、やっぱりフレアワイバーンは強いからね。……正直言うと正攻法では難しいかな」
「……じゃあだいじょうぶってことだね? 何か方法があるんでしょ?」
「まぁ、そういうことかな。一応いくらか手はあるよ」
ミリカの懸念どおり、これまでと同じように戦ったのではフレアワイバーンを倒すことはできないだろう。
だから、ここからは本当に錬金術士としての戦いになる。
「―――グォォオオオオオオッッl」
近づいてくる咆哮にミリカは身を竦ませる。
「もう来たぁ」
悲鳴のような声を上げる。
まだここは山の中腹程度だ。さすがに山頂にまで登るつもりはなかったが、こんなにも早く遭遇するとは思ってもいなかった。
その振動にミリカの声も震えている。
「隠れていて」
シンがそう指示すると、ミリカは即座に頷き近くにある大きな岩の陰に隠れる。
動いてからすぐに、これで身を守れるものかとの疑念を抱くが、他にどうすることもできず、その場で身を縮こまらせる。
やがて、巨大な羽ばたきの音とともに、ゆっくりとフレアワイバーンが空から降りてくる。
一番に感じたのは熱気。
ただそこにいるというだけで灼熱の気配を周囲にばらまき続けている。これが火山という場所にあるフレアワイバーンの力なのだ。
その熱気にシンも思わず顔を歪める。
「くっ、まずは……その厄介な鎧をなんとかしないとな」
ただでさえ強固なその体を高熱で守られている以上、そもそもまともに攻撃することすらできない。この炎の領域の中で強化されたこれと戦うのは自殺行為に他ならない。
シンは一つの錬金道具を取り出し、高く掲げる。
「限界解放―――移ろう万象、アイユークの水息吹」
発動する。その瞬間に世界が変化する。
周囲の気配が染まっていく。
「う、うそ……」
絶句したのはミリカだ。
すでに気温は寒いくらいだ。凄まじい力を持って世界が塗り替えられているのだ。
ここはもはや火山ではない。水が支配する世界だ。
火の属性を持ち火の加護を得るフレアワイバーンにとってこの場は敵地となった。
「―――グァアォオオオオオ」
先程と変わらぬ咆哮も、今のミリカにとってはただの騒音に聞こえた。
フレアワイバーンが首をもたげる。炎を吹き出すために魔力と空気を集中させる。
その瞬間を狙ってシンが首めがけて魔力弾を連打する。
妨害、そして首が跳ね上がった瞬間にアイシスはその懐に潜り込む。そして一閃。
強固な鱗に阻まれるはずのそれは、容易くその体を切り裂く。
「―――ギィヤォォオオオオオオオン」
悲鳴を上げながらフレアワイバーンは焦ったように羽ばたき空へと浮かぶ。
ただの獲物だと舐めていた相手から手痛い攻撃を受けて上空へと舞い上がったのだ。
「逃さないっての!」
シンが次の錬金道具を発動させる。
先程の連打した魔力弾に紛れ込ませてあらかじめ上空に展開させていたのだ。
フレアワイバーンの頭上で発生する重力の檻、それが空へ逃げ出したフレアワイバーンを地上に引きずり落とす。
想定外の重圧に体勢を崩したフレアワイバーンは着地することもできず、不格好な姿勢で墜落する。
「アイシス!」
「うん!」
その混乱から正気を取り戻す、それよりも早くアイシスはフレアワイバーンの顔めがけて構える。
「限界解放―――貫け、白の槍。氷雪のスピカ」
アイシスの手から放たれた氷の杭が、フレアワイバーンの頭を貫く。
そして、フレアワイバーンが動くことは、もうなかった。
「う、うそでしょ……。こんな簡単に? いやありえないって……」
顔を引き攣らせながらミリカは呆然とする。
フレアワイバーンはこんなに簡単に倒せていい相手ではない。亜竜とはいえ、亜竜の中でも上位種なのだから。この火山という領域を考えたならば、本物であっても幼竜すらその厄介さでは上回るかもしれない。
それをたったの二人、それもいとも容易く討伐してしまったのだ。
しかも、その事実を前に平然と、そして淡々と素材を確保しようとしている二人の姿には畏怖すら覚える。
それも当然、だってミリカはさっきまでそのフレアワイバーンに本当に恐怖していたのだから。
「―――よし、帰ろうか。さて、と。これを下るのはけっこう大変だな……。案内はお願いな、ミリカ」
「やっぱり、私たち山道は慣れていないですからね……」
「え? え、あ、うん。まか、せて……よ?」
素材を採り終え、フレアワイバーンの死骸を浄化した二人は、これから下山することに顔を曇らながらミリカに任せる。
帰り道について不安そうにする二人のちぐはぐさに何と言ったらいいかわからず、こくこくと頷く。
道中、口数は減ってしまったが、ミリカは案内役を的確にこなし、数日後、何事もなく街へとたどり着いた。
「後のことは任せてしまってもいいのですよね?」
「俺たちその辺のことはよくわからなくてな」
「うん、それはやっとくよ。じゃあ待たねー」
さすがにここまで帰ってきて心の整理がついたのか、ミリカは明るくそう言うと去っていった。
冒険者としての報告などの雑事についてはシンやアイシスは正直よくわかっていないので、それらはミリカに全て丸投げしたのだ。
そして、後は竜秘玉を創るだけ、ということになった。
「シン、大変だと思うけど……任せるね」
「ああ。……まぁけっこうかかるだろうなぁ」
シンはしみじみとぼやくように口に出す。
フレアワイバーンの素材は予定どおりのものが手に入ったものの、やはり亜竜では竜素材としての力が足りない。
そこについてはシンが念入りに調整する必要がある。
予想ではあるが、その作業には二、三週間、あるいは一月くらいはかかるかもしれない。
その労を考えてシンはげんなりというようにうつむく。
「あ、そうそう。その間アイシスに頼みがあるんだ」
「え、なに?」
なのでその間、アイシスは特にやることがない。その素材をもとに錬金、竜秘玉を創るのはあくまでアイシスであるものの、その下準備が終わるまではアイシスにできることはないのだ。
だから、その空いた時間で何かできることがあるのであればそれをするのはやぶさかでもない。
「ちょっと個人的に創ってほしいものがあってね」
「創ってほしいもの……?」
怪訝そうにアイシスは復唱する。
これまでシンに言われて創ってきたものはある。だけどそれはたいていは仕事上のものだ。
もしくはお互いにとって必要なものであったこともある。たとえば戦闘に使える攻撃用の錬金道具や、何かあったときに傷を治す薬などはシンに何度も頼まれたことがある。
あるいは、特に意味はなくてもアイシスの力を伸ばすために、というものもあった。
だけど、わざわざ個人的に、と頼まれるのは珍しいことだった。
「もちろん、それはかまわないけど」
「そっかありがとう。……いちおう、アイシスの力試しって意味もあるけどね。竜秘玉の前の肩慣らしって感じかな」
言われて思い出す。
竜秘玉を創るというのはとても難しいことなのだ。
ミネヴァたちが訪れたとき、自分にそんなものが創れるのか不安になったこともあった。
だけど、今は。
できるはずだ、きっとできると思っている。創ってみせると。
「わかった。任せてよ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『19.暗躍』09/19 21:00投稿となります




