16.芸術品
「これは……なるほど、たいしたものだな」
エイグペンは眼前の壺を見て思わず息を呑む。
それは家の中に飾られているどんな高価な美術品よりも美しい。本来であればこれだけのものを手に入れるために一体どれだけの対価を強いられことだろうか。
だが、それを手に取った瞬間、そのほころんでいた顔が曇る。
「なんだこれは……?」
先程までとは異なる動揺。その手から伝わる予想外の感触に理解が及ばない。
もちろん、説明は受けていた。受けていたにもかかわらずその視覚と触覚の齟齬に脳が混乱してしまっているのだ。
「注文どおりの品になります」
「あ、ああ。わかっている。もともとそういう話だったな」
エイグペンは若い貴族だ。
先日、父が病気で亡くなり、急遽その子爵家のあとを継ぐことになったのだ。それから慌ただしい日々を送っていたが、家の整理をしているときに重大な事実が発覚したのだ。
それはお金がないということ。
もちろん、ただちに困窮するというほどに貧しているわけではない。一般的な貴族としての生活を送る分には何も問題ない。
ただ、貴族というのは見栄を張るものだ。常に虚勢を張り続けなければならない。
そうして立派な当主だと示すために古くなった家具などを一新した。
だが、玄関や応接室など、他人の目の届くような場所を優先したため、エイグペンの私室はほとんど空ということになってしまった。そこにお金を回す余裕がないのだ。
さすがにそれは寂しすぎると思い、見栄えだけでもなんとかならないかと考えたのだ。
そして、昔からの父の知り合いである貴族に軽く相談してみたところ、ここを紹介された。
「この三点になりますが、私室に置くということでよろしいですね?」
「……そういう話、だったと思うが?」
「はい、念の為の確認になります。……これは守っていただかなければ困りますので」
わかっている、というようにエイグペンは大きく息をつく。
安価で見た目のいい美術品を作ってくれる。その代わりにいくつかの細かい条件が課されることになった。
その一つが他人の目にさらさないこと。
「絶対に誰にも見せるな。とまでは言うつもりはありませんが、それでも自室での観賞用以外には使わないでくださいね」
「ああ、ただ自分が見るためだけのもの、という約束だったな。理解している」
「……まぁ、見せるとあまりいいことにはならないでしょうからね……」
その呟きにエイグペンは不思議そうに眉を顰める。
「ええっとですね。俺の店にはそれなりの貴族が来てるんですよ。実は。……あなたもそういった方の紹介で来たと聞きました」
「ああ、そのとおりだ」
「つまり、ですね。他の方にも同じ約束をしているんですよ」
そういうことか、と頷く。
ここに並べられた三種類の壺、その見た目はどれも異なるが、その三つにはどれも同じ文字が刻まれている。
どこの国の言葉かわからず、エイグペンにそれは読めなかったものの、おそらくは店主の名前かあるいは店の名前あたりだろうとは思っていた。
だが、問題なのはそれがなんと書いてあるかではない。
その文字が刻まれているということはこの店で買ったということであり、それが刻まれているものを見せびらかすということはその約束を破っているということなのだ。
それを他の貴族に見咎められるのは非常に都合が悪い。特に若い貴族であるエイグペンにとって信頼は重要だからだ。約束を守らない人間だと思われてしまっていいことなど一つもないのだから。それも極めて軽率な人間だと。
それについて直接言われるならばまだましだろう。最悪の場合、それに気付かれて密かに見限られるかもしれないのだ。なぜなら、誰がこの店の商品を入手しているのか知るすべはないのだから。
売る側も、そういった自体は望むものではないため、こうして念入りに注意しているのだ。
それが条件のもう一つ。本人が直接受け取りに来るということだ。
エイグペンも注文の段階では使いのものに任せた。そして、それが完成したということを聞いて、こうして商品を受け取りに来たのだ。
最初はエイグペンも渋っていたものの、エイグペンよりも上位の貴族もそうしていると聞いて仕方なくそれに従うことにしたのだ。
「話はわかった。扱いには気をつけることにする。……それで、もう一つ頼みがあるのだが」
「……なんでしょうか?」
「剣を売ってもらうことはできないか?」
「剣、ですか……」
エイグペンがそう言うと険しい表情が帰ってきた。
そういう話も聞いていた。武器の類については売ってもらえないと。エイグペンもそれは理解しているためこれは駄目でもともと。
「武器は売らないことにしています」
「……そうか」
「武器、という程ではないもの、例えば護身用の短剣程度であれば構いませんが、そういったものは実際に使えるものを身につけるべきでしょう」
それはそのとおりだろうとエイグペンも頷く。
自分のような貴族が武器を使うというのは差し迫った危険が訪れたときだ。そんなときに使えもしないようなものを持っていても何の意味もないのだから。
「では、盾はどうだろうか?」
「盾、ですか……。それは……それも使うことはできませんが、観賞用という意味でよろしいのでしょうか?」
「ああ、それも私室に飾っておくだけだ」
エイグペンがそう言うと、店主はしばらく迷ったような表情を見せるが、飾るだけならば、と納得した。
「盾、か。盾なら……少し待っていてもらえますか」
そして、一度店の奥へと姿を消すと、すぐにややこぶりな、派手な装飾のついた盾を持って現れた。
「今あるものは、これくらいですね。……どうでしょうか?」
「ほう、なかなかのものだな。これももらうことはできるか」
「はい、問題ありません」
その出来に感嘆の息を漏らすが、それを手に取った瞬間に、やはり先程と同じような失望が訪れる。
これでは子供の攻撃すらも防げないだろう。
もちろん、観賞用ということで納得はしているのだが、どうにも見た目とのずれにどうしても困惑を隠しきれないのだ。
「代金はいくらほどか。この壺と同じでいいだろうか?」
「そう、ですね……。いえ、代金はけっこうです。ただ、ご存知でしたら教えていただきたいことがあります」
「……なんだ?」
そう言われたエイグペンは警戒感をあらわにする。
これだけ格安の店だ。表向きはそうであっても良からぬことを企んでいるのではないかと心のどこかで疑っていた部分があるからだ。
貴族の何かを探ろうとしているのかもしれない。あるいは弱みでも握ろうとしているのか。
だが、身構えていたにもかかわらず、その質問は拍子抜けたものだった。
「ドラゴンについて最近何か話を聞いたことはありませんか?」
「……ドラゴン?」
どういう意味だろうか、とエイグペンはその目を覗き込む。だが、そこからは何も読み取れなかった。あるいはその言葉どおりなのだろうか。
何かあっただろうかと記憶を手繰る。
有名な話であれば最近のあれだろうか。
「……ドラゴンゾンビの話か?」
それならばそれなりに有名な話だ。だが、ここのような王都から離れた土地であればあまり伝わっていないのかもしれない。
ただ反応は芳しくなかった。
「……できれば、それ以外であればありがたいのですが」
「それ以外、か」
確かにドラゴンゾンビの話はすでにそれなりに広まっている。もしもそれについて知りたいのであればそう尋ねるはずだ。であるならばあまり広く知られていない情報ということだろう。
とはいえドラゴンとは希少な存在だ。そうそう耳に入ることはない。。
と、最近小耳に挟んだ話を思い出す。この街を訪れる途中の話だ。
「ふむ、ドラゴンとは少し違うが、ワイバーンの話なら少し聞いたな」
「ワイバーン、ですか?」
この街に近づいた頃、近くの山にワイバーンが出たという話を冒険者たちがしているのを聞いたことを思い出した。
ワイバーンはあくまで亜竜に分類され、本物の竜種であるドラゴンとはある意味別物だ。だが、完全に別かというとそうでもない。様々な説があるが、一応はドラゴンの一種でもあるという説もある。
聞いたその話が、少しばかり印象に残ったことがあったので覚えていたのだ。
ドラゴンそのものではないためどうかとも思ったが、思いのほか店主の興味を引けたようであったためそのまま続ける。
「ワイバーンが出たらしく、それについて偵察の仕事があったらしい」
「偵察、となると少し妙ですね」
「ああ」
亜竜であるとはいえ竜は竜、ワイバーンはそれなりに強力な魔獣に分類される。それでも、倒せないほどの敵ではない。それが街に危害を加える可能性があるなどの有害な存在だとみなされたときはすぐに討伐の任務が出されるのが普通だ。
だけど、そこまで慎重にならなければならないという存在でもないはずだ。
それについてわざわざ偵察がなされるということは何かがあったのかもしれない。
「……参考になりました。ありがとうございます」
「こんな話でいいのか? ……まぁお前がいいならそれでいいが」
「ええ、代金はそれでけっこうです。……またのお越しをお待ちしています」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『17.ミリカ』09/17 21:00投稿となります




