15.帰還
第二章『偽物の竜秘玉』
アイシスから完成したスラファトの闇滴という錬金道具を受け取ると、ミネヴァとネリアの二人はすぐに王都へと帰還した。
「母上、お加減はいかかでしょうか?」
ミネヴァが声を掛けると、アスナはゆっくりと横たえた体を起こす。
「変わりはないわ。まだ大丈夫のようね」
ミネヴァはわずかに目を細める。
その言葉が嘘だということはすぐにわかった。まだ時間が残されているのは間違いないだろうが、体の負担は以前よりも大きくなっているはずだ。
その声色から体が弱っていることは明らかだ。
だからこそ迷う。これに体が耐えられるのかと。
「……残念ですが、母上の呪いを解くものを用意することはできませんでした」
「そう。……そういうこともあるでしょうね」
アスナはさして落ち込んだ様子もなく平然と答える。
期待をしていなかったわけではない。それでも自身の体を蝕んでいる呪いの強さを考えると、並大抵の手段では解呪できないというこも理解していたからだ。
「……ですが、こういうものを手に入れました」
そう言いながらミネヴァが提示したのはアイシスから受け取ったスラファトの闇滴だった。
呪いの進行を抑え、アスナの命の期限を引き伸ばすもの。
だけど、ミネヴァはこれを渡していいものかと迷う。
なぜならこれは呪いを解決するものではないのだから。
「母上に伝えなければならないことがあります」
それは副作用のことだ。
この錬金道具は呪いの進行を抑える。そして、それは実は副次効果なのだ。これの本来の効力は能力を減少させるもの、つまり、体を弱体化させるものなのだ。
その効果が呪いにも及び、その進行を抑えることになる。
その結果、これまでよりも体は楽に動かせなくなり、さらに、その苦痛はあまり緩和されることもなく、ただ長いものになる。
もしも、これからも母を救う手段が見つからなければ、それはいたずらに苦痛を長引かせるだけのものになるのだ。
「それだけですか?」
だがアスナは笑う。それだけかと。
アスナ自身、聖騎士としてこの国を守るものだ。側妃の立場でありながらも国のために命を掛けて戦う覚悟はある。だから命を失うこともあると理解している。
このような呪いを身に受けてしまった以上、自身が極めて死に近い場所にいることもわかっている。
そして、この呪いの性質もわかっている。
だから、この国にとって一番良いのはすぐにでも自分の命を絶つことだ。そうすれば国を襲う危機の一つを排除することができるのだから。
だけど、アスナはそれを選ばない。
その理由は一つ。娘が悲しむからだ。
娘を悲しませたくないという母として当たり前の理由、それだけがアスナの体を支えている。
「……よろしいのですか?」
「もちろんよ。少なくともあなたはそれが良いと思っているのでしょう?」
「……」
本当にそうだろうか。
これが最善だと本当に言い切れるだろうか。これはただの自分のわがままではないだろうか。
「―――ミナ様」
背後にいたネリアがミネヴァの名を呼ぶ。その背中を押すように。
「はい。私はきっと母上を助けてみせます」
「ええ、お願いするわ」
そうだったと思い出す。
これが母を助けたいというただのわがままだったからこそ、アイシスはその力を貸してくれたのだということを。
「きっとこれからも苦しい日々は続くと思います。ですが、生きてください」
「そう……。なら生きるわ。あなたがそう望む限り」
ミネヴァがスラファトの闇滴を渡すと、アスナはそれを一気に飲み干す。
「……美味しくないわね」
「実質的には毒薬ですからね。我慢してください」
効果が現れたのはすぐだった。
全身に力が入らなくなり、これまで呪いによって体にかかっていた圧力のようなものが減少しているのだ。
ただ、体の抵抗力そのものも減少しているため、体感的には苦しみは大きくなっていると言ってもいい。
その体の負担を抑えるために、すぐさま体力を回復させる薬を飲む。
「……ふぅ、少し落ち着いたみたいね」
そのまましばらく経つと、やがてその状況に慣れたのか、アスナは大きく息をつく。
ミネヴァとネリアもそれを見て、安堵に胸を撫で下ろす。
「これが錬金術というものなのね」
アスナは錬金術について何も知らないと言ってもいい。アスナは優秀な聖騎士ではあるものの、結局は戦士であるため、そういった分野については明るくないのだからそれも当然である。
そのうえ、そもそもこの国で錬金術が何なのか知っている人間などほとんどいないのだからそれも仕方ない。
ここまでアスナはミネヴァを信じていたからこそ言いなりになって得体の知れない薬を飲んだ。何もわからないままに。
だからミネヴァは自分の知識、そして、アイシスやシンと出会って知った錬金術の話をすることにした。
「特にリアは色々と教えてもらってたよね。アイシスにもシンにも」
あれからネリアは二人に錬金術について教わっていた。
特にネリアは錬金術の才能があり、簡単にではあるがその錬金術をうまく使うためのシナヴァの眼の扱い方も教えてもらっていた。
「わたしは魔法が使えないから、錬金術を学ぶこと自体はできるって言ってた」
とはいえシンたちに弟子入りして錬金術を学ぶ、ということにはならなかった。いかにネリアが才能を持っているとはいえ、実際に錬金をなすためにはどうしても数年の修行が必要となるため、その期間は騎士から離れなければならないからだ。
「魔法、というのはどういうこと?」
そう尋ねたのはアスナだった。
魔法と錬金術。それが違うものであるのはわかるが、どちらも魔力を使用して行使するものだ。
であるならば本質的には近いものであるはずなのだ。
そのアスナの考えは正しくもある。だけど決定的に間違ってもいる。
本来、魔力の扱いに長けた魔道士であれば錬金術もうまく扱えると考えるのは自然である。だけど、魔道士には錬金術は使えないのだ。
「魂の抵抗値が強いからってアイシスは言ってた」
魔道士は基本的に精霊と契約をすることで魔法を行使する。それにより魂がその精霊の力で満たされるのだ。四大元素、火、地、風、水の力で魂の容量が埋まってしまうことにより、錬金術を使うための魂の隙間がないのだ。
その魂の空間が大きければ大きいほど錬金術は扱いやすいとシンは言っていた。
だから聖なる力こそ扱うものの、魔法を使わないネリアは錬金術を使うことは理論的には可能である。
「だから、私には錬金術は使えないと言われました」
だけど、ミネヴァは魔法を使うことができる。むしろ、ミネヴァは魔法に対する適正が高く、魂がより綺麗に埋まってしまっているため、とても錬金術を使うことはできないという。
ただ、錬金道具を効率よく使う方法は教えてもらうことができた。
これももちろん錬金術の才能があればあるほど効果的に使うことができるが、ミネヴァのように魔力の行使に長けたものであれば、何も知らないものが使うよりもより錬金道具の力を引き出すことができるのだ。
それでも、錬金道具の力を限界まで引き出すという限界解放、は錬金術に精通することだけでなく錬金術の才能が必須であり、それはミネヴァには不可能なことだろうとも言われた。
「そう、そんなことが……。その二人のことを信頼しているのね」
アスナはそっと笑みを湛える。
二人は話を続けた。錬金術のことだけでなく、そこで出会った不思議な二人のことを。
その語りようからミネヴァとネリアが気を許しているということがアスナにもよくわかった。
二人は立場上、交友関係もあまりなく、特にネリアも聖騎士としての任に就いているとき以外はいつもミネヴァの傍にいて、他との関わりを持とうとしなかった。
そんなネリアに友人と呼べる人間ができたことをアスナは嬉しく思った。
「だから、二人の力があればきっと母上を助けることができます。……信じていてください」
「ええ……あなたたちに任せるわ」
ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。
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次話『16.芸術品』09/16 21:00投稿となります




