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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第一章 『二人の錬金術』
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12.偶然

 アイシスに素材を渡して後を任せると、その翌日にミネヴァとネリアの二人は孤児院を訪れていた。


「どうかなさいましたか?」


 予想もしていなかった二人の訪問に、ブライデは驚きながらも丁寧に出迎えた。


「もうすぐ街を出ると思いますので、それまでに貴女に挨拶をしておきたいと。……お世話になりました」

「いえいえとんでもない。私は何もしていませんよ」

「それに、少し話したいこともありましたし。……貴女の家のことも」

「それは……」


 ブライデにとってそれこそ、という話だ。

 自分の家の話にミネヴァは関係ない。それは自分の家の力が弱かっただけという話であり、誰かが責任を感じるようなことではない。

 それにもう終わった話だ。


「私は今こうして幸せに暮らしています」


 笑顔でそう答える。


「そう、ですか。では……いえ、そもそも私が何かを言うようなことではないのでしょうね。ええ、それなら良かったです」


 きっとそれだけで終わるような話ではないはずだ。

 今こうしているといっても辛いことだってあっただろうし、不安になることだってあったはずだ。だけど、その彼女の過ごしてきた日々に今さら自分が口を挟むのはきっと違うのだろう。

 だから、これでいい。


「いつ頃この街を発つのですか?」

「アイシスさん次第にはなりますが、聞いたところによるとおそらくは明後日あたりになるかと」

「そうですか。私には詳しいことはわかりませんが、殿下の幸運をお祈りしています」

「ありがとうございます」


 そう言ってミネヴァは小さく頭を下げる。そして、気になっていたことを切り出す。


「ところで、あなたはあのお二人とは長いのですか?」

「二人、シンくんとアイシスさんのことですね」


 ブライデが二人と知り合ったのはおよそ三年前になる。

 ブライデ自身もこの街、そしてこの孤児院に来てさほど間もない頃に二人はこの街に流れ着いてきた。もともと明確な行き先があったわけでもない二人はたまたま孤児院の子供たちと知り合い、そこでブライデを含めた修道女たちの世話になることになった。

 ブライデから見ても善良に見えた二人であったが、それ故にその常識のなさも際立っていた。

 特にシンはそれが顕著だった。

 アイシスはまだいい。ブライデの目から見て貴族の子女であることはなんとなく察することができたため、箱入りのお嬢様であることにそれほど違和感はなかった。経験不足であるゆえの未熟さこそあったものの、知識自体は決して乏しいものではなかったため、教えれば理解も早かった。

 だが、シンはそうはいかなかった。シンにはそもそも常識がなかったのだ。その様はまるで何も知らない子供のようだった。

 出会った頃からブライデは二人のそういった部分を助けてきた。

 その代わりというわけではないが、二人はしばしば孤児院の子供たちの世話をするようになったのだ。


「そういうこともあってでしょうか、正直私にとっては年の近い子供のような感じですね」


 はにかむようにブライデは言う。

 年齢で考えればシンは孤児院の子供たちよりも自分に近い。傍目に見ればブライデの弟のような存在に映るのかもしれない。それでもブライデにとってはその子供たちのお兄さんという感覚に近く、どうしても保護者目線で見てしまうのだ。


「もしかして、お店も?」

「はい、それも私がお手伝いしました。もっとも、最初は二人で一つの店だったのですが。一年ほど前にアイシスさんが別のお店を構えることになりました」

「別の……それはどうして?」

「……詳しくはわかりません。ただ、二人の目的のためだと言っていましたが」


 その詳細まではブライデも聞いていない。

 二人にはそれぞれ別の目的があり、それを叶えるためにそうする方がいいということは聞いていたが、具体的に彼らが何をなそうとしているのかはわからない。

 それでも、それが彼らにとって本当に大切なことだというのはなんとなく理解している。


「ところで……その、お二人は恋人なのでしょうか?」

「うーん、それはですね……」


 ミネヴァから見て二人はとても親密に見えた。だけど、その関係は恋人同士というには少し違うようにも見えた。そこまでの関係ではないようにも見えるし、あるいはそれ以上の関係であるようにも見えた。

 直接ではないが、ブライデも一度尋ねたことはある。二人の扱いや距離感を考える上でそれが必要だと思ったからだ。知っていた方がやりやすいと。

 ただ、シンからの答えは芳しくなかった。

 難しい、と。

 それが何を意味するのかブライデにはわからなかったが、おそらく深く立ち入るべきではないとそれ以上踏み込むことはしなかった。言葉どおり、難しいのだろうと。

 そう答えた上で、シスターは疑問の目を向ける。ミネヴァがただの興味でそんなことを聞いているとは思えなかったからだ。


「ええ、少し不思議で。彼は一度も顔を出しませんでしたから……」


 呪いで寝込んでいるアイシスのお見舞いにとブライデは何度か彼女のもとを訪れた。だけど、結局シンが姿を見せることはなかった。

 それがミネヴァにもネリアにもわからなかった。

 確かに、シンにもやることがあったのだろう。自分たちが渡した素材などで何かをしているということはわかっていた。だけど、それでも少しくらいは時間があったはずだ。


「それは、まぁ……気持ちはわかりますが、薬を作っていたので仕方ないかと」


 シスターは苦笑を浮かべて呟くように言う。

 ただ、薬を作っていたというのがどういう意味なのかわからず、二人は首を傾げる。


「……シンさんは錬金道具を作れないと聞いていたのですが?」

「なるほど、そういうことですか。殿下は錬金術がどういうものかというのをあまりご存じないのですね」

「それは、そうですね」


 私もそれほど詳しいというわけではないのですが、と前置きを入れてブライデは席を立つ。そしてすぐに大きな道具を抱えて戻って来る。

 それは大きな円形の何かだった。


「よいしょ……っと」

「……これは?」

「私も知らないのですが、これはルーレットというものらしいです。シンくんが作ってくれたおもちゃの一つで……本来は賭け事などで使うとのことですが、ご存知ですか?」


 ミネヴァは首を横に振ると目をネリアに向ける。だが、ネリアも知らなかったようで同じように首を振る。

 ブライデもであるが、三人は貴族の子女であるためそういった場所への出入りはなく、多少の話は聞いたことがあるものの、その内情についてはほとんど知らないのだ。

 だけど話の流れがわからない。

 怪訝そうな視線を向けるとブライデは小さく頷く。


「これは、こうやって使うらしいです」


 その視線には答えずブライデは話を続ける。

 そのルーレットを回転させると一つの小さな玉をそのなかに転がす。三人がじっと黙ったたまま見届けると、やがて回転は止まり、その玉は十一という穴に落ちた。


「どうぞ」


 ブライデに促されてミネヴァはおずおずと手を伸ばす。そして先程ブライデがやったようにそれを回す。ミネヴァが転がした玉は十七に止まった。

 ネリアもまた同じことをすると、それはやがて五に止まった。

 それを見届けたブライデはゆっくりと頷く。


「では、もう一度お願いします。……今度は先程と同じように十一に入れてください」

「え?」


 ミネヴァは戸惑いながらも言われたようにもう一度回す。そしてどうすればいいかわからないままに、それでも一応は狙うつもりでゆっくりと玉を転がす。

 当然、というべきか、それは十一の穴に落ちることはなかった。


「普通はそうなります。ですが、錬金術が使える者であれば……」


 ブライデはルーレットを回転させると、それが止まる前に玉を手に取ると、今度は転がすことなく十一の穴に直接手で入れる。

 そして、それを繰り返す。

 次は十七に、そして五に。


「こうして正しい順番に入れることで錬金道具は完成する、ということらしいです」


 あくまでたとえですけどね、と断りを入れて説明する。

 なるほど、とミネヴァは納得する。シンが言っていたように、錬金術の才能があるものだけがそれをできるというのだろう。

 ただ、それが何を意味するのかはわからない。才能がなければ錬金術を使えない、それを示して何だと言うのだろう。


「つまり、錬金術は誰にでも使えるということです」

「……どういう意味です?」


 しかし、ブライデの言葉は全くの逆だった。

 その意味がわからず二人は眉を顰める。

 その反応は想定内だったのか、ブライデは落ち着かせるように微笑みながら小さく頷く。


「簡単ですよ。出るまで回せばいいのですよ」


 二人ははっと目を見開く。

 確かにそれは正しい。正しいがそんなことができるのかという疑問がある。言うのは簡単だが、いったいどれだけ同じことを繰り返さなければならないのだろうか。どれだけの労力がかかるのだろうか。

 そして気付く。つまりはそういうことなのだ。


「そう、そうですか。……彼はずっと作っていたのですね」

「―――っ」


 そのミネヴァの呟きにネリアは息を呑む。

 理解したからだ。彼がどうして一度もアイシスのもとに顔を出さなかったのかを。

 その時間を惜しんで彼女のために薬を作っていたのだ。寝る時間を削り、ずっと繰り返していたのだ。その薬が偶然完成するまで。

 その瞬間、ネリアは無意識に立ち上がる。


「行ってきてもいいよ」


 ミネヴァにそう言われてネリアは逡巡する。

 無意識の動きではあったが、ミネヴァのその言葉は正しかった。それでもすぐにそうはできなかった。いくら平和な街であっても護衛である自分が私事を優先するわけにはいかないからだ。

 だけど、そうしなければならないと思い、ミネヴァに深く頭を下げるとネリアは孤児院を後にする。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『13.メルクーア』09/13 21:00投稿となります

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