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なんでも創れる虚飾の錬金術士と本物の賢者の石  作者: 荒雪柳
第一章 『二人の錬金術』
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10.毒薬

 ブラックドッグの素材を採取したアイシスは、ミネヴァとネリアの二人の助力を得ながらなんとか無事に家にまでたどり着いた。

 傷こそアイシスの薬の効果で治っているものの、ブラックドッグの攻撃によって負ってしまった呪いまでは完治させることができなかったからだ。ブラックドッグ自体はそこまで強力な魔獣ではないものの、その呪いの力は脅威であり簡単に解呪できるものではないのだ。

 ネリアも、聖騎士としての能力は一流であり、その聖なる力はそれらに劣るものではないものの、その力はあくまでも戦闘に特化しており、多少の回復であればまだしも、そこまでの解呪はできないのだ。そのためには高位の神官や司祭、それに準ずるものが必要となる。

 このような田舎の街にそのような者はおらず、アイシスの店でも解呪ようの強力な錬金道具は用意していなかったため、それを治す手段はなかった。

 ただ、呪いこそ厄介で体を苦しめるものではあるものの、それは命の危険のあるようなものではなく、一月もすれば自然治癒する程度のものである。


「申し訳、ありません……。ありがとう、ございます」


 家に運び込まれたアイシスは二人に感謝を述べる。

 ミネヴァは問題ないというように首を横に振るが、アイシスからしてみれば一国の王女に自信の世話をさせているわけであり、どうしてもいたたまれない気持ちは隠すことができない。

 そして、さらに申し訳なさそうに目を伏せる。


「もう一つ、お願いがあるのですが……」

「なんでしょうか?」

「その、ブラックドッグの素材を、シンのところまで届けてもらえますか?」


 その頼みに頷いたミネヴァはアイシスが眠りに就いたのを見届けると、ネリアと二人でシンの店を訪れていた。


「お帰り。問題はなかった?」

「それが……」


 ミネヴァは起こった出来事を説明する。そして、今もアイシスが苦しんでいることも。

 シンは難しそうに眉を顰めると、納得したように頷く。


「……これは俺の責任かな……」


 険しい顔でシンがそう呟く。

 何の話かわからない二人は不思議そうな顔でそれを見つめる。


「ああ。いや、まさか君が聖騎士だとは思わなくてね。それがわかっていれば、いや、確認をしていればそんなことにはならなかっただろう」

「……え?」


 その言葉は正しいようにも聞こえる。確かに、アイシスに同行するように言ったのはシンであるし、そうであるならばある程度の能力は把握しておく必要があったのかもしれない。

 このネリアという少女が実力者だということはシンにはひと目でわかっていたが、その先に踏み込んで尋ねることを怠った。そこまで聞いていいものかためらってしまったのだ。アイシスを任せると決めたのはシンであるにもかかわらず。


「ご存知ではなかったのですか?」


 ミネヴァは戸惑ったように尋ねる。


「え? そりゃそう、だろ?」


 今度はシンが疑問の表情を浮かべる。

 だが、ミネヴァからすればその方が意外だ。

 ミネヴァはこの国の王女である。であるならば護衛である騎士のネリアは聖騎士であると予想がつくのは常識だ。

 まして、ネリアの身に着けている剣や防具には聖騎士の印が刻まれている。そのうえ、ネリア自身もそれなりに有名だ。

 そこまで考えて、ミネヴァは一つ勘違いしていたことに気づく。


「ということは、私が誰かというのも……」

「……悪いね。ということはやっぱり君は有名なのかな」


 シンは知らない。ただおそらく貴族のお嬢様あたりだろうと予想をつけていただけだ。

 だとすればこの辺りで名の知れた人間だというのも納得できる。

 ミネヴァは僅かに苦笑を浮かべると小さく礼をする。


「改めまして、私の名前はミネヴァ・ソル・ミスラ。……このトーラス王国の第三王女となります」


 その挨拶にさすがにシンもぎょっとしたように目を見開く。

 そして、視線をネリアの方に向ける。


「わたしはネリア・マル・アルエス。……ミネヴァ様の護衛騎士、で聖騎士」

「あー、なるほど……」


 シンも突然のことに驚きはしたものの、さすがにこの二人が嘘をついていないということはわかる。


「……申し訳ありません。アイシスさんが私のことをご存知だったので、てっきり貴方もそうなのかと」


 アイシスとシンが親しい仲だということはミネヴァにもわかっていた。それがどの程度かということまではわかっていなかったが、それなりに情報も共有しているものだと。

 だが、こうして改めて見てみれば、シンにはアイシスにはあった貴族の匂いが感じられない。


「……俺はそういうことには疎くてね。アイシスとは違って。……ひょっとして、敬語とかを使った方がいいですか?」

「いいえ、これまでどおりで構いません。そこで気を遣わせることは本意ではありませんので」

「助かるよ。……さすがに王族に対する言葉遣いなんかはわからなくてな」


 言いながらシンは肩を竦める。

 そして、ミネヴァが小さく頷くのを見ると、話を切り替えるように咳払いをする。

 今聞かなければならないのはアイシスのことだからだ。

 ミネヴァは森でのこと、アイシスの状況について詳しく答える。


「―――傷、は治ってるんだよね?」

「はい、アイシスさんの作った薬で。ですが……」


 傷自体はもう治っている。ただ呪いが残っていてそれに苦しんているだけだ。


「話を聞く限り、白のミアプラキドス、かな?」

「……ミアプラキドス?」


 アイシスが尋ねるとシンは首肯する。

 白のミアプラキドスとは錬金道具であり、傷を治すための特殊な薬だ。

 戦闘中に使うための薬であり、傷を治す効果があるのは当然のことながら、毒や呪いを抑制する効果がある。ただ、これは一時的なものであり、治療のための薬というよりは戦闘を継続するための薬にすぎない。毒や呪いはあくまで抑えるだけでそれらを治すような効果はないのだ。


「なるほど。だから、ですか……」


 ミネヴァの知識ではブラックドッグの呪いはそれなりに厄介なものだ。その苦痛もあり、基本的にろくに動くこともできないはずだ。それなのにアイシスが家に帰るまで身動きが取れなくなるようなことがなかったのはその薬を使ったからだ。

 そういうことかとミネヴァは納得する。

 だが、これには副作用がある。

 苦痛を一時的に抑える、というのは無効化するという意味ではなく、その苦痛を後払いにするということなのだ。つまり、薬の効果が切れたときの苦痛はその分を上乗せしたものとなる。

 アイシスがそうまでしてすぐに帰ることを優先したのは、当然ミネヴァたちのためである。


「話はわかったよ。とりあえず、俺はやるべきことをやるから、一週間くらい待っててくれ」

「一週間、ですか」

「およそね。採ってきてもらった素材を使わなきゃいけないからな」


 ミネヴァは眉を顰める。

 話がわからないわけではない。もともとそういう話だった。素材を採ってきてから一週間程度かかるというのも聞いていた。

 だが、疑問はいくつもある。

 ただ、それをどこまで聞いていいものか、どこまでを聞かなければならないのかの判断がつかない。


「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

「結局のところ、ブラックドッグの牙を使って何を作るのでしょうか? ……竜秘玉ではないのですよね?」


 そう尋ねると、シンは驚いたような表情を浮かべる。


「聞いてはまずかったでしょうか?」

「いや、そうじゃないんだけど……」


 シンにとってそれは聞かれて困るものではない。

 だけど、それを知らないということが意外だったのだ。森への道中にでもアイシスに聞いているものだと思っていたからだ。そのくらいの時間や余裕は十分にあったはずだ。

 そして、それをアイシスが説明しなかった理由もわからない。


「あ、そうか。そもそもそういうことは俺が説明していると思ってたからか」


 そもそもミネヴァたちに話をつけたのはシンなのだから、そういった部分についてはあらかじめ話がついていると思っていたのだろう。

 だからアイシスはわざわざ説明しなかったのだ。


「ブラックドッグの牙を使って創るのは、スラファトの闇滴っていう錬金道具だ」

「スラファト……それはどういう道具なのでしょうか?」

「簡単に言っちゃうと毒薬、なんだけど、それだとちょっと誤解が生じるかな」


 毒薬、という言葉にいち早く目を細めたのはネリアだった。

 その反応を見て、ミネヴァは視線でネリアの動きを制止する。とりあえず最後まで話を聞くべきだと考えたからだ。


「あーっと、まず、竜秘玉を創るにあたって一番の問題が何なのかはわかってるよな?」

「それは素材、ではないのですか?」

「ああ、それであってる」


 それについてはこれまでに何度も話を聞いている。

 竜素材という希少なものを手に入れることが難しいという話だ。


「ただ、それは絶対に手に入れられないという話じゃないんだ。問題は、それを手に入れるまでに非常に時間がかかるってことなんだ、ってのもいいよな?」


 ミネヴァとネリアは頷く。

 すぐには手に入らない。だけどいつかは手に入る。

 ただ、それでは間に合わない。素材を入手する前に呪いに限界が来る。その前に生命が尽きてしまうのはほぼ確実だろう。

 だから、アイシスは断ったのだ。不可能だと思ったから。


「で、これは正確には毒じゃない。毒だと解毒されちゃうからね」

「毒ではない、とは?」

「感覚的に言うと身体強化、それの反対ってとこかな。能力を弱体化させる薬というのがわかりやすいかな」


 なんとなくはわかる。

 感覚としてそれが毒とは違うものだというのも理解できる。

 ただ、それを使う理由についてはわからない。


「その弱体化という力を利用するんだ。その副作用を使って呪いも一緒に弱体化させるってこと」

「……そんなことが、できるのですか?」


 それができるのであればとても有用だ。

 それが直接解決に繋がらなかったとしても、少なくとも呪いによる苦痛が和らげばそれは喜ばしいことなのだから。


「悪いけどそうじゃない。残念だけど呪いそれ自体を弱めるのは難しい。多少はましになるかもしれないけど本質は別。できるのはその進行速度を遅くすること。……つまり、寿命が延びるってこと」

「それは……どのくらいでしょうか?」

「たぶん五倍以上には。だから、まぁ、一年くらいは余裕ができるはず」


 その言葉に無意識に安堵の息が漏れる。

 ミネヴァの調べた限りにおいてはもう母の命の時間はあまり残されていない。二月、せいぜい三月がいいところだろう。

 だから間に合わない。

 それが一年となると余裕ができる。竜秘玉も間に合うかもしれない。あるいは他の方法が見つかるかもしれない。


「ただ、いいことばかりでもないからそこには気を付けてくれ」


 呪いが遅くなるというのはあくまで副作用であり、本来の効用は身体能力の弱化だ。

 日常生活くらいはなんとか送ることができるように調節するようには考えている。そうでなければ最悪、内臓機能までが弱体化され、ろくに食事すら摂ることができなくなってしまうのだから。それでは本当にただの毒だ。

 だから、その効果を偏らせる必要がある。

 その結果、この薬によって戦闘能力は皆無となってしまう。つまり、誰かに襲われた場合にはほぼ抵抗すらできないということだ。


「だから護衛とか身を守る手段は必須になる。あと、日常生活は送れるとは言っても世話役も絶対必要になるから」

「……わかりました。そういったことはなんとかします」

「うん。……そういうことで、準備ができたらまた連絡する。それまでは……まぁ、好きにしておいてくれ」

ここまで読んでいただいてありがとうございました。楽しかったと思ってもらえたなら幸いです。

よければブックマーク、評価をよろしくお願いします。


次話『11.回復』09/11 21:00投稿となります

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