第六章 灰の季節・参
朝、工房主が小さな箱を指した。「まず二十冊だけ。試しで流そう」。
入口に「調律中」の札をかけ、板の○△×をリセットする。雪巴は三分会議を一回。〈目的=二十冊を安全に流す/困りごと=通路の詰まり/一手=相談を入口へ〉と一行で書き、赤いもどる矢印を各工程の見える所に立てた。
「役割は?」とアジェル。
「私は入口と検品。あなたは打ちの前で音を聞いて」
「……仕方ねーな。跳ねたらすぐ合図する」
断裁(工程1)は静かに通る。穿孔(工程2)で紙粉が舞い、通路に人が寄る。雪巴は手を上げて短く言う。「先に一言、ここで」。提出前の相談を扉の手前で受け、順番を紙に○△×で記す。工程2はきのうと同じく工程4のあとへ回す。打ち(工程3)前でアジェルが耳を澄ます。「いまは低い。通せ」
半分を過ぎたころ、背貼り(工程4)で布がずれる。雪巴は即座に退く。「もどる矢印まで戻る」。作業は一歩さかのぼり、三つ数えてから進め直す。焦りが布の上で消えていく。
昼前、板に印を付ける。〈中断=△/再作業=△/事前相談=○〉。工房主が数字を見て首をかしげた。「速さは?」
「二十冊で十五分短縮。やり直しは三件減、入口の一言が効いてます」
午後も同じ型で流す。唸りは水車の回る音に近い低さでそろい、通路の声は短くなる。終業前、板に追記した。
「きょうの結果。中断 17、再作業 10%、事前相談 15」
「明日からは四十冊でやってみよう」と工房主。「札と板は出しっぱなしに」
扉を閉めると、風見はゆっくり回っていた。雪巴はノートに一行書く。〈小さく流すと、全体が軽くなる〉。数字と一行で道は開く。
・試し流し(二十冊)……小さく流して全体を軽くするやり方。
・工程の入れ替え……「2→4のあと」のように順番を一時変更して詰まりをほどく。
・板の○△×……午前・午後で印を動かす簡単な見える化。