第三章 図書室の港
港へ向かう前に、島の図書室へ寄った。小さいけれど窓が広い。朝の光が机にすべり、紙の白が月白に見えた。雪巴は『工房案内』『見習いの心得』『首都ルクスナ』を借りて席に置く。目的は一つ。仕事を面白くする“やり方”を探すことだ。
ページをめくる手が止まったのは、「止まって考える時間の作り方」という章だった。三分だけ静かに観察→一行メモ→次の一手を一つ――まさに院師の言っていた三分会議に近い。雪巴は余白に「朝に一回/昼前に一回」と書き、横に赤いもどる矢印を描いた。失敗したらここまで下がる、という印だ。
そのとき、隣で白い布をたたむ音がした。旧街区の仕立屋が、本の修理を手伝いに来ていたらしい。
「その布、よく使っているね。三分結びを教えるよ」 仕立屋は糸を一本取り、ゆっくり見せてくれた。 「まず小さな輪を作る。指一本が入るくらいのゆるさ。次に糸を一回くるりと回して、軽く留める。固くしない。ここを引きしろにしておく」 仕立屋は心の中で三つ数え、糸の端をすっと引いた。結び目はするりとほどけた。 「これが合図。結ぶ→三つ数える→ほどく。気持ちを切り替えるための、短い手順だ」
つづいて細い針を見せた。 「これは刻針。作業を小さな点に分けるための針だ。布の端に浅い印をトン、トン、トンと三つ付ける。今日はここまで、という目印ね。印を一つ進めるごとに呼吸も一つ。全部やろうとしない。三つ進んだら一息戻る」 「たとえばこの本の修理なら?」 「表紙→背→角、の三か所だけ。残りは明日。そう決めると、焦らずに進める。今日はこの『三つの目印』で十分。」
雪巴はノートの端に、図書室の音を書いた。〈水車の回る音/紙の擦れ/鉛筆のかさかさ〉。音がそろうと、胸の中の風もそろう。決めた。夏の首都行きでは、三分会議と三つの数字(中断・再作業・事前相談)を小さく試す。
閉館の鐘が鳴る。雪巴は本をまとめ、時の布を小さくたたんだ。図書室は、出航前に寄る港みたいだと思う。ここで地図をひろげ、三つ数えてから外へ出る。次の船の時刻も、もう調べてある。
朝霧が消えた窓の外、柱には相変わらず「余白は浪費」の張り紙がある。雪巴はノートの端をなで、砂時計を返した。三つ数える――ひとつ、ふたつ、みっつ。紙が強い日こそ、三分は計測。数字と一行で道は開く。
靴ひもを結び直し、鞄の重さを確かめる。ノート、砂時計、時の布。深呼吸をひとつ。扉の前で立ち止まり、もう一度だけ三つ数える。胸の中の風向きがそろった。扉を開けると、通りの空は月白から薄い青へ変わりつつある。港へ向かう足取りは、もう迷わない。
・三分結び……結ぶ→三つ数える→ほどく、の合図。気持ちの切り替えに使う。
・刻針……作業を小さく区切るための針。三つの点で「今日はここまで」。