表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/20

第十八章 星桟橋へ(帰郷)

 夜行の船が、群島リタの星桟橋にすべるように入った。霧はうすく、波は背中を押すみたいにやさしい。雪巴は甲板で掌の砂時計を返し、三つだけ数え、ふうと息を吐く。鐘が二回、遠くで鳴った.


 港務所の前に小さな机を出し、「提出前点検」と札を立てる。持ち帰った手引きを二枚(道具と合図/点検三分)だけ机に置き、見にきた人に短く説明する。〈初め三分=点検/終わり五分=提出前点検/赤い矢印=退き道〉。道具は最小。片手大の板、○△×の刻み、赤いもどる矢印。合図は鐘を二回。出立前のハイタッチは、うちの工房だけの内作法だと最初に言っておく。


 港の通路はせまい。荷車と人が交差する角に、白い腕章の境界線を守る人が立つ。幅は二歩。迷ったら合図で止め、退き道へやさしく戻す。罰ではなく、距離を保つための役だ。雪巴は板に○△×で印を付ける(※事前相談は増えれば○)。〈中断=△/再作業=△/事前相談=○〉。


 午前。魚籠の列が一度だけ跳ねた。雪巴は点検三分。〈交差点=樽を半歩寄せる〉と一行で書き、赤い矢印を見える所に立て直す。鐘が二回鳴ると、唸りは水車の回る音に近い低さへ戻った。


 昼。図書室に寄る。机の端に砂時計を置き、三分だけ静かに読む。窓は相変わらず広く、紙の白は月白に近い。受付の人が笑って、修理した本を差し出してくれた。「遠くまで行ったね」

「ええ。少し遠回りして、また戻ってきました」

 机に座り、ノートに一行ずつ書く。〈目的=帰郷の点検/困りごと=過去の影/一手=三分会議〉。まず音を聞く。廊下の足音、紙の擦れ、海からの風。胸の中の風も、少しずつそろっていく。


 帰り道、旧い市場の角で影を見た。かつての家に通じる路地へ、黒い背中が消えていく。呼吸が跳ね、指が冷たくなる。雪巴は立ち止まり、時の布をそっと押した。戻る速さに合わせて、吸う、止める、吐く。三つでいい。胸の波が静かになるまで待つ。


 ベンチに腰をおろし、赤いもどる矢印を小さく描いてから、一行だけ書く。〈会いに行かない=今の型を守る〉。断絶の儀はもう済んだ。家族との訣別は、法のうえでも確かめられた。影は影のままでいい。近づかないことも、守るべき境界だ。


 午後。星桟橋に戻ると、荷車の列は長くなっていた。境界線を守る人が指先で空に二本の線を描く。〈幅二歩〉の合図。雪巴は机の上で三分会議を一回。〈交差点=看板が低い/坂=荷の間隔が詰まる〉と一行で書き、看板を半歩上げ、間隔を二歩に戻すよう声をかける。


 数字を読む。〈中断 12→10/再作業 8%→8%/事前相談 9→13〉。大きくは動かない。けれど、列の声は短くなり、子どもの手は大人の手に正しくつながった。


 夕方。港の風は霧白から月白へ。水面が静かに光る。雪巴は図書室で借りた小さな本を胸に当て、三つ数える。ノートに一行。〈帰郷は、距離を決め直すこと〉。


 桟橋の端で、鐘が二回鳴った。港務所の人が言う。「次は、島の工房にも見に来てほしい。札と板だけでいい」

「明日、午前の半分だけ一緒にやりましょう」雪巴はうなずく。「合図は鐘二回。退き道は、見える所に」


 夜。宿の窓を少し開ける。潮のにおいはやわらかい。砂時計を返し、紫の砂の落ちる音を胸で聞く。手首の紐をゆるく結び直し、三つ数える。影は遠く、風は近い。数字と一行で、道はまた少しだけ開いた。

・帰郷の点検……最小セット(2枚の手引き+板+矢印)で島の港に合わせて試すこと。

・距離を決め直す……会いに行かない選択も境界の守り方。

・星桟橋……群島の港。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ