第十七章 風の方角
翌朝、隣の工房の見習いと職人が三人、見に来た。入口の壁には「今日の型」。雪巴は最初に短く指で示す。〈初め三分=点検/終わり五分=提出前点検/赤い矢印=退き道〉。道具は入口の小机にそろえた。片手大の板、○△×の刻み、〈調律中〉の札、赤いもどる矢印。合図は鐘を二回。手首の紐と出立前のハイタッチは雪巴の工房だけの内作法。来客はまねしない。
「一回だけ、一緒にやる。午前の半分だけでいい」雪巴は役割を配った。「私は入口。アジェルは打ちの前で音。来客のひとりは背貼り、もうひとりは境界線を守る人。白い腕章を渡す。やることは三つだけ—〈幅二歩〉〈退き道へ戻す〉〈迷ったら合図で止める〉。最後のひとりは板に○△×」
「……仕方ねーな。跳ねたら止める」アジェルは耳を澄ます。
鐘が鳴る。止めない三分=点検三分。手は止めず、目と耳だけを動かす。断裁のシャク、打ちのトン、通路の交差。雪巴は一行で書く。〈入口の箱を半歩寄せる〉。終わりの五分、提出前の相談を入口で受ける。迷いはここで吐き出す。
来客の職人が小声でたずねる。「人が足りない日でも回る?」
「回る。三分は止める時間じゃない。点検で、迷いを出口に寄せる時間」
「紙が強い日は、札は外すのか」
「言い方を合わせる。〈安全標識〉と〈提出前点検〉。やることは同じ」
午前の数字。板に○△×で記す(※事前相談は増えれば○)。〈中断 16→14/再作業 9%→8%/事前相談 10→13〉。来客の見習いが目を丸くした。「速くなった気がしないのに、やり直しが減る」
「速さは型のあと」アジェルが短く言う。「音は低い。通れ」
もう一度だけ、同じ型で流す。境界線を守る人が、はみ出した荷を静かに戻す。退き道の矢印は、誰の目にも入る高さに貼り直した。雪巴は板の端に小さく印を足す。〈交差点=箱なし/坂=間隔二歩〉。
昼前、工房主が来客に言った。「二週間、午前だけ常設でやる。板は入口、札は扉。数字は日ごとに写して出す。やり方は手引き一枚目と二枚目だけ」 「うちも、同じ鐘で合わせたい」隣工房の職人が言う。「合図は?」 「鐘を二回。それで始める」
外に出ると、風見は同じ方角を指していた。星桟橋からの風が、通りをいっせいに抜けていく。雪巴はノートに一行で書く。〈風は見えない。けれど、音で向きをそろえられる〉。数字と一行で道は開く。
・見学導入(一緒に一回だけ)……午前の半分だけ同伴でやってもらい、型を体験してもらう。
・外作法/内作法……外は鐘二回。ハイタッチは内作法(雪巴の工房だけ)。
・幅二歩……通路の基準。人が安全に行き来できる最小の幅。




