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天然ホームズの必然推理  作者: もとき未明
序章 必然的遭遇と覚醒
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心理操作と心理捜査

 有田は、刑事に事情聴取されている間も刈谷という男子学生からずっと目を離さないでいた。警察が到着する前にホームズが、オークション同好会の水野部長から、生物学部に在籍しているメンバーを聞きだし、刈谷修と名古屋一平のふたりがいることを知った。そこで、有田とホームズとでひとりずつ手分けして、監視することにしていたのだ。

 刑事が学生への聞き取りを開始しても刈谷の態度に変化はなかったが、ホームズが担当している名古屋に動きがあったようだ。ホームズは有田に目配せすると、名古屋に続いて校舎へ入っていった。

 刈谷への事情聴取が始まったことを確認し、ホームズを見失わないように後を追って校舎に足を踏み入れた。ふたりが向かった方へ静かに走り、トイレ手前の曲がり角にさしかかったとき、静かな校舎内にホームズの声が響き渡った。

「残りのタリウムをトイレに流して証拠隠滅するつもりなのね」

 張りつめた気配を感じて、有田はそっとトイレに忍び寄った。

「ちくしょう。お前が居なければ、こんなに慌てて処分しなくても良かったんだ。不破が倒れたって警察を呼ぶこともなかった。そうすればタリウムを飲まされたなんてことは、早くても数日後にしかわかりゃしないんだ」

 陰から覗いてみると、名古屋は右手に小さなケースを握りしめてホームズを睨みつけている。有田は名古屋の死角を通ってホームズの後ろにそっと回り込んだ。

「あのね、罪を犯したら償わなくちゃいけないの。私が刑事さんにタリウムのことを話せば、犯人が証拠隠滅を急ごうとするのも必然的な行動なのよ。でももう逃げられないわよ」

 有田の存在を感じ取ったのであろうホームズは、名古屋の注意を引くためか強気な発言をしている。

「うるさい! こうなったらお前も殺して逃げてやる」

 名古屋は頭に血がのぼっていて、有田の存在に気づいていないようだ。

「どうやって? 私がタリウムで死なないことは、名古屋君も見てたでしょ」

 突然、自分の名前を呼ばれた名古屋が大きく目を見開いた。

 見るからに先輩の名古屋に向かって「君づけ」で呼びかけるとは、必要以上に挑発しているようだ。

「お前の首をへし折るくらいは、俺にだってできるさ」

 名古屋は顔を真っ赤にしてホームズに飛びかかろうとした。

「今よ! 未明君」

 叫ぶと同時にホームズは後ろに跳んだ。有田はホームズと入れ替わるように名古屋の前に立ちはだかると、次の瞬間には名古屋をねじ伏せていた。有田が得意とする柔道や合気道の技を使うほどでもないくらいにあっけない出来事だったので、ホームズを責める気持ちすら生まれなかった。あの挑発的な言葉も、ホームズの言う「必然的な行動」を導くためのものだとわかっていた。

 騒ぎを聞きつけてやってきた刑事に名古屋を引き渡し、学園祭を騒がせた毒殺未遂事件は、ホームズの推理と有田の活躍であっという間に幕を下ろしたのだった。

 犯人逮捕と被害者の救命に貢献したお礼として警察から知らされたのは、名古屋と不破のふたりによる、リサを巡って恋の鞘当てが発端だったらしい。最近、リサと不破の仲がいいことに嫉妬心を募らせた名古屋の、ゆがんだ恋愛感情が引き起こした発作的な事件だった。


 事件から一週間後に不破が無事に退院して、オークション同好会が催した退院祝いの宴席に有田とホームズも招かれた。

 大学生の宴席にしては、大衆的な居酒屋の大部屋ではなく、寿司屋の座敷を借り切っての豪勢なものだった。なんでも、不破の実家は結構な資産家であるらしい。

 同好会メンバーは、名古屋を除く二十数名全員が参加しており、それ以外にも不破の友人らしき学生が十人程居て、賑やかな会話があちこちで繰り広げられていた。

 ホームズは、最初こそ有田の横に座っていたが、「飲みっぷりがいい」と盛り上がり、何人もの学生と飲み比べをしている。いまや宴席の中心に居て、主役の座を完全に食ってしまった雰囲気だ。有田は、前の席に座った水野部長にビールを注いでもらいながら、美味しい料理を堪能していた。

 体格のいい男子学生を数人ダウンさせたホームズが、有田の横に戻ったのを見計らったように、ビール瓶を持った不破がふたりの前へやってきた。

「結城と有田。お前たちがいなかったら俺は死んでいたかもな。本当にありがとう」

 先輩であるにもかかわらず頭を下げながらビールを注いだ。

「私のことはホームズって呼んでください。皆さんそう呼んでいますから」

 既にかなりの量の酒を飲んだであろうに、頬をピンクに染めた程度のホームズは機嫌が良さそうだ。

「ホームズか……。名前負けしない名探偵らしい活躍だったそうだな。俺もお手並みを拝見したかったよ」

 それを聞いたホームズはグラスを一気に煽ると、笑顔で話を切り出した。

「少し推理してみましょうか」

「やってみてくれ」

 不破も興味津々で膝を乗り出してきた。

「不破先輩は金属アレルギーですよね」

「そうだけど、どうして知っているんだい? 知っている人間は少ないはずだぞ」

「不破先輩はアクセサリー類を身に着けていないし、暑い中やきそばを作っているときにも軍手をしてコテを使っていましたからね」

「そうか……ホームズの洞察力には恐れ入るよ。だから救急車の中や病院でも、金属の器具を使わないで処置してくれていたんだな。重ね重ねありがとうな」

 不破は、隣に居る水野にも笑顔でビールを注いでいた。

「あと、不破先輩はリサちゃんと付き合っているわけじゃないですよね」

 不破が入院している間、リサが毎日お見舞いに行っていたことは、有田も知っている。少なくともリサは不破のことが好きなんだろうなと思っていたが、なぜこのタイミングで話題にするのか違和感があった。

「そうだな。じゃあホームズは俺が誰と付き合っていると思う?」

「簡単ですね。さゆりさんでしょ」

「え! なぜ知ってるんだ?」

 真っ赤な顔をさらに赤くした不破が慌てた声をあげると、隣に座っていた水野が不破の背中を平手で叩いた。

「なんで誘導尋問に引っかかってカミングアウトしてるのよ!」

 そう言う水野も顔を真っ赤にしている。話を耳にした周囲からも歓声が上がった。

「誘導尋問じゃないですよ。推理です」

 ホームズはしたり顔で頷いたが、有田にはさっぱりわからない。

「なに、なに……、どういうこと?」

 間の抜けた声を出す有田に、ホームズが説明した。

「未明君の鈍感さにも呆れるわね。さゆりさんっていうのは水野部長の名前なの。先週、不破先輩が倒れたときの抱え起こす姿を見て、水野先輩にとっては大事な人なんだろうなってわかったわ。水野先輩も金属製のアクセサリーを身に着けてないですよね。それに……今も隣同士の席ですけど、その密接距離は『友達以上』のものですよ」

 ホームズが水野に向けて軽くウインクすると、ふたりは慌てて距離を取った。

「えっ? じゃあ……」

 有田がリサの姿を捜すと、末席近くで沈んだ表情をしてウーロン茶を飲んでいた。不破とさゆりの交際を知って落ち込んでいるようにも見えた。

 有田の視線を追って、ホームズもリサの姿を見つけたようだ。

「リサちゃん。こっちに来ない?」

 ホームズが明るい声で呼ぶ。

 有田は、「そっとしといてやれよ」との思いを込めてホームズの顔を見たが、何食わぬ顔をしている。

 俯いたままのリサは「心ここにあらず」の表情でホームズの隣に座った。

「リサちゃんは、さっきからあまり楽しそうじゃないわね」

「そんなことないです! 不破先輩が無事に帰ってきてくれて安心しました!」

 慌てて明るく答えたが、有田は「安心」の言葉に微かな違和感を覚えた。

「リサちゃんには、もっと心配な人がいるみたいね」

 ホームズがリサの肩を抱いて優しく言うと、リサは堪えきれなくなったように泣き出した。

「はい……本当は名古屋先輩が心配で心配で……不破先輩がもし死んでいたら殺人犯になっちゃうから大変なので、無事に退院してきて安心したのは本当なんです……。それでも殺人未遂だから無事では済まないだろうけど……名古屋先輩が、今もひとり寂しく拘置所にいるのかと思うと素直に喜べないんです」

 泣きながら告白したのを聞いて、さゆりが息をのんだ。

「一平君が好きなの?」

 リサは目を伏せたまま小さく頷いた。

「そっか……一平も根は優しくていい奴だもんな」

 しんみりと言ったのは不破だった。

《このまま死刑とかになっちゃうのかなあ……》

 空気を読まない誰かが呟いたのを聞いて、リサがまた泣き出した。

 さゆりが声の主を睨んだあと、不破の顔をのぞき込んだ。

「一平君に恨みとかないの?」

 不破の真意を確かめる口調だ。

「俺は恨んでなんかないよ。だって、そもそもの発端は俺がリサと仲良くしていたからなんだろ? 俺も一平に見せつけるような態度をとっていたんだろうしな。さゆりと付き合っていることを隠していたのも原因だよな……。悪いことしたのは俺かもね」

 自分が殺されそうになったことなど忘れたかのように神妙な声で答えた。

 さっきまで大騒ぎしていた宴もいつの間にか静まり返り、リサのすすり泣く声だけが響いていた。

「そうね。一平君もついこないだまで仲間だったんですもの。彼のために何かできることはないかしら……リサのためにも……」

 さゆりが真剣な顔で呟くと、それまでリサの背中をさすっていたホームズが突然口を開いた。

「減刑嘆願書という手段がありますよ」

『減刑嘆願書??』

 不破とさゆりが同時に声を上げた。

「そうです。被害者から減刑嘆願書が提出されれば、大きく減刑される可能性があります。場合によっては起訴されないことだってあります」

 ホームズがリサに微笑みかけながら言うのを見て、この流れを作るためにリサを呼び寄せたのだと有田はやっと気がついた。

 早速、法学部一の才女ホームズの指導により完璧な減刑嘆願者が作成され、不破自身の手によって検察へ届けられた。初犯で反省している情状も酌量され、起訴猶予による不起訴処分となった名古屋一平は、無事に大学へ復帰することができたのだった。




これにて序章終了です。

次からはいよいよ現在の事件にはいります。

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