表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然ホームズの必然推理  作者: もとき未明
一章 時効が呼ぶ必然
26/27

決定的な証拠

山科が犯人だと追及の手を緩めないホームズ。

「そんな……いったい、いつから僕を疑っていたんだ……」

 肩を落とした山科が、弱々しく呟いた。

「初めてお会いしたときからですよ。普通の人間は、警察をあんな風にリビングへ招き入れるなんてことしませんよ。私は真鍋さんが見つかった品川埠頭で土の味見をしていたんです。その後、山科さんのお宅で同じセダムが増殖されていたので、その土も味見して同じものだと確信しました。それなのに山科さんが『海の見える所には行ってない』なんて嘘をつくものだから、その時点で私の中では山科さんが犯人としての必然性を満たしてしまったんです」

 野沢が驚いて声を上げた。

「だからあのとき、山科さんの家で土を食べていたんですか。それにしても鑑識が何日もかけて分析してやっと同じ土だとわかったというのに、ホームズさんは食べただけで成分分析していたんですね」

「そうね、『私が味見して同じ物でした』と言っても裁判の証拠にならないだろうから、鑑識さんの分析結果も必要だったのよね。私の事務所で品川埠頭にあるセダムの写真を見た山科さんが顔色を変えたと未明君から聞いたので、きっと自宅のセダムを処分するだろうなと思ったわ。だから名古屋先輩とリサちゃんに山科さんの自宅近くに公園がないか探してもらったら、練馬中央公園があるってわかったので写真を撮ってもらっていたの」

「え? あのふたりも今回の協力者だったのか……。知らなかったから呼んでないよ」

 関係者を集めるように言われた有田が頭をかいた。

「それは仕方ないわ。あのふたりがいない方が静かに話せるからかえっていいけどね」

 ホームズが話を中断して軽くウインクした。

「山科さんがセダムの半分を持ち帰ってくれてたおかげで、これだけのことがわかりました。珍しい多肉植物を見つけても全部を持ち帰らないなんて、さすがに山科さんは『タニラーの鏡』みたいな習性ですよね。でもこれで山科さんが品川埠頭に行っていたことは誤魔化しようがありませんよ」

 ホームズが突きつけると、山科はびっしょりと汗をかいていた。

「それらの証拠は、僕が品川埠頭に行ったことがないという嘘をついていたと証明できるだけで、殺人の証拠にはならないですよね」

 山科は最後の悪あがきをするようにホームズに詰め寄った。

「さっき、ホームセンターでナイフを買う山科さんを見つけたと言いましたよね。わざわざ『海の見える所に行ってない』とおっしゃっていることから、凶器はどこかの海岸線に捨てたと考えるのが必然的ですね。警察が近くの海辺……そうですね、Nシステムのない地域を徹底的に探せばすぐに見つかると思いますよ」

 ホームズは相変わらず冷静だが、

「ホームズ……その画像っていうのは、事務所のパソコンに保管していたんだよな」

 有田が腫れ物に触る思いで尋ねた。

「ええそうよ。いつでも証拠として提出できるように日付と時間も一緒に記録しているの。アップにしているから山科さんの顔がはっきりわかるわよ」

 ホームズの言葉を聞いて、山科はまた冷静さを取り戻したように見えた。

「あのな……実は三日前にホームズの事務所が荒らされて、資料やパソコンを盗まれているんだ……」

「あらそうなの? まだ事務所を見てないけど、そんなこともしてたのね」

 ホームズは横目で山科を見やったが、全然焦っていないようだ。

「何を呑気なことを言っているんだ。資料だけじゃなくて大事なパソコンも盗まれているんだぜ」

「大丈夫よ、大切なデータは雲の上だから」

 また、ワケのわからない『大丈夫』だ。

「しかも今日で事件も解決するみたいだから、資料を処分してくれたのなら手間が省けて助かるわ。パソコン本体が無くなったのは痛いけど、買い直せばいいだけよ」

 ホームズは、ことの重大さに気づいてない。

「大切なデータベースが消えてしまったんだぜ。ホームセンターの画像データも無くなったってことだろ!」

 ホームズの呑気さに地団駄を踏むように有田が言った。

「だからそれは雲の上だって……大切なデータをパソコンだけに保存しておくなんてことしませんよ。クラウド型のデータベースといえば、理系の山科さんには何のことだかわかりますよね」

 ホームズの言葉に、再び顔を真っ青にした山科は、言葉にならない呻き声を上げていた。

「クラウドというのは、インターネット上にデータを預ける仕組みのことです。だからパソコンが無くなってもデータは残ってるのよ」

 ホームズが皆に向かって説明した。

「だから雲の上って言っていたのか……」

 有田の言葉にホームズは軽く頷き、コーヒーをひと口飲んだ。

「それと……私のコーヒーにタリウムが混入されていた四日前の事件ですが、私を殺さなければならない必然性は、この連続殺人犯にしかないんです」

 ホームズは山科をじっと見据えた。

「私のコーヒーにタリウムを入れたのは、間違いなく山科さんでしたよ」

 山科が何か言いかけたが、それを制するようにホームズは話を続けた。

「さっきも言いましたけど、コーヒーに違うものが入っていれば私にはすぐにわかるんです。四日前のコーヒーもひと口飲んだだけでタリウムが混入していると気づいたので、口に含んで倒れてから床に吐き出しました。だから実際に飲みこんだのは最初だけなんですよ」

 さも大丈夫な言い方だが、普通の人間からみればそれだけでもじゅうぶん危険な状態だ。

「だから、倒れる瞬間や倒れた後も皆さんの行動をすべて観察していました」

「でもな……」

 ホームズの話を遮ったのは有田だった。

「山科さんには、ホームズのコーヒーにタリウムを入れることができなかったんだ」

 有田が申し訳なさそうに言うと、ホームズが怪訝そうに首を傾げた。

「山科さんは、ホームズがコーヒーにシュガーを入れた後に、このベイカー街に来たんだよ。それはホームズも知っているじゃないか」

 有田が順を追って説明すると、山科は満足そうな表情を浮かべたが、ホームズはガックリと肩を落とした。

「未明君……そんなことで名探偵の相棒が務まるわけ?」

 有田は、「自分で名探偵とか言うか?」と思った言葉を飲み込んだ。

「あのね……私が飲んだタリウムは、ブラウンシュガーのタリウムじゃないのよ」

「だって、飲みかけのコーヒーと同じ成分の殺鼠剤がブラウンシュガーから検出され……」

 と、言いかけて有田は自分の思い込みの浅はかさに気づいた。

「やっと気づいたようね未明君。さっきも言ったように私は倒れる瞬間も倒れた後も皆さんの行動を観察していたんです。私が床に倒れるとき、山科さんがシュガーポットにブラウンシュガーを置くところをしっかりと見ましたよ。大袈裟に倒れたので、皆さんの視線が私に向いていましたからね」

 山科は汗を拭おうともせずにホームズを睨みつけている。

「山科さんは、先週の木曜日にひとりでベイカー街にいらしたみたいなので、そのときにブラウンシュガーを持ち帰って、それを見本にタリウム入りシュガーを用意しておいたんですよね。入れ替えるわけではなく、シュガーポットの上に三個置くだけだったら、そんなに怪しい行動にも見えませんからね」

 美里が思い出したように、手を挙げた。

「そう言えば、先週来たときに何か容器を取り出してゴソゴソやってました」

 山科は美里の言葉には反応せず、ずっとホームズを睨んだままだ。

「山科さんが一週間前に殺鼠剤を購入した薬局も見つけました」

 美里に続いて、野沢が得意そうに捜査報告をした。

「山科さんがシュガーを置いた後に立ち上がりながら倒れた私を覗き込むふりをして、出窓のカーテンレースの折り目部分にスポイトを隠すところも見ていましたよ」

 ホームズが自分の頭の横にあるカーテンレースを指さした。

「スポイト?」

 突然出てきた言葉に、有田が声を上げた。

「さっき確認したらスポイトは既に回収済みのようだけど、山科さんは昨日もベイカー街に来ていたんでしょ?」

「昨日だけじゃなくて、ホームズさんが居なかった三日間ずっと来てますよ」

 無言になった山科に替わってマスターが答えた。

「じゃ、そのときにスポイトは回収したんですよね。それでも鑑識さんに調べてもらえばタリウムの痕跡や山科さんの指紋が検出されるでしょうね」

「どうやってスポイトを使ったんだ?」

 有田が質問すると、山科は苦々しげに顔をゆがめたが黙ったままだ。

「四日前、山科さんが奥の席に移動するとき……コートを脱ぎながら袖の中に隠したスポイトを使って、私のコーヒーカップにタリウムを垂らしたのよ。いくらシュガーポットの上にタリウム入りシュガーを置いたとしても、私がそれを使う保証はないから、確実な方法でタリウムを私のコーヒーに入れたんですよね」

「何を根拠にそんなことを……」

 山科はやっとの思いで、声を絞り出しているようだ。

「だからさっきから言ってるじゃないですか。私がすべて見ていたと……」

 ホームズの言葉に、山科は業を煮やしたように大きな声で反論した。

「嘘だ! 僕が席に着くとき、あんたはマスターに僕の分のコーヒーを注文してくれていて横を向いていたし、倒れるときだってあんたは眼鏡を飛ばしていたじゃないか。テーブルの上で何をしていたかなんて見えているはずがないんだ。また嘘の言葉で僕の心を操作しようとしているんじゃないのか!」

「そうですね。今のところ順調過ぎるくらいに山科さんを操作できていますよ。それは別に今日に限ったことではないんですけどね」

「どういう意味だ?」

 山科の興奮が最高潮に達している。

「第一、私の視力は悪くないんですよ。この眼鏡はシャーロック・ホームズさんを演じた役者さんに憧れて買った伊達眼鏡なんです」

 ホームズは眼鏡をずらしてウインクした。こんな緊迫した中でも茶目っ気たっぷりに余裕がある。

「なんだと……」

 山科が絶句した。

「山科さんが先週の水曜日に事務所で赤のサインペンを胸ポケットに入れるところも、しっかり見ていましたよ。おそらく私の視力……というか、私が眼鏡をかけているときの視界範囲を確かめていたんですよね」

 既に山科は顔色を失っていた。

「蓋付きスポイトとタリウム入りシュガーをあらかじめ用意しておいて、私の目を盗んでコーヒーに入れる機会を探すつもりだったのでしょう。シュガーを入れ替えたように偽装することで捜査を撹乱するのが目的ですね。そして四日前のあのとき、テーブル席をひと目見てチャンスだと考えたんですよね。彩花さんと未明君はブラックで飲むと知っているし、唯一会ったことのない麻紀さんがオレンジジュースを飲んでいたから……」

 山科は大きく肩で呼吸をしている。

「タニラーである山科さんが、珍しいセダムをゴミとして捨てるはずがないので、自宅近くの公園に移植しようと考えるのも必然的だし、事務所を荒らして証拠を隠滅しようと考えるのも必然的なものなので想定の範囲内ですよ。だから大切な証拠物件だけはミサトさんに預けたのです」

 有田は、ホームズが一気に攻め込んでいる気配を察した。

「四日前は三鷹での出来事から彩花さんと山科さんの関係を披露すれば、私の捜査力を恐れた犯人が罪を重ねるのを控えるかと思っていたんだけど、先手を打たれちゃった。まさかあそこで命を狙われるとは想定外だったけど……でも私の得意分野の方法で狙ってくれて助かったわ。スポイトを使うなんて、さすがタニラーらしい手口だったけど、私がタリウムでは死なないってことを知らなかったのが山科さんの致命的なミスでしたね」

 ホームズの言葉が終わらないうちに、山科は鬼の形相になっていた。

「じゃあ今度は確実に死んでもらおう!」

 勢いよく立ち上がる山科の様子に危険を感じた有田は、とっさにホームズを庇う態勢をとった。

「全員動くな! この店に爆弾をしかけた」

 勝ち誇ったように言うと、山科は出口に向かってジリジリと動き始めた。

 そのとき、ホームズがケープを翻して立ち上がると、

「無駄ですよ! 未明君、構わないから山科さんを取り押さえてちょうだい」

 ホームズに言われて山科の前に立ちはだかった。しかし、山科がポケットから取り出したものを見て一瞬だけ躊躇してしまった。

 ――起爆用のリモコン装置――

 有田も実物を見るのは初めてだが、警察学校や昇任試験の参考書などで見ていた手製の起爆装置に間違いないと、本能が危険信号を発していた。

 さすがに山科も柔道の有段者だけあって、その隙を逃さず有田を投げ飛ばして出口へと駆け出した。

「逃さないで!」

 ホームズの言葉に、美里が反応した。

「翼君お願い!」

 美里の言葉に、条件反射で飛び出した野沢が山科の両膝にタックルしていた。

 それでもすぐに起き上がった山科がドアに向かおうとしたとき、態勢を取り戻した有田は再び山科の前に立ちはだかっていた。今度は隙を見せるわけにはいかないという決意をみなぎらせたが、左手に持っているリモコンを奪い取ると同時に抑え込む方法が見つからずに、攻撃できないでいた。

「大丈夫よ。未明君の方が段数も多いし、実践を重ねているでしょ。リモコンなんか気にしないで捕まえて」

「何が大丈夫なんだい。今は段数の問題じゃないだろ」

 抗議しながらも、ホームズを信じるしかなかった。山科の懐に一瞬で飛び込み、脇腹に当て身を食わせると、そのまま投げ飛ばして抑え込んだ。

「こうなったら、道連れだ!」

 山科が叫んでリモコンのボタンを押した。有田が阻止しようと手を伸ばしたが間に合わなかった――――。


 ――――しかし、何も起きなかった。

「無駄だと言ったじゃないですか……。山科さんが多肉じゃなくてお花を持ってきた時点で、この鉢に爆弾を仕掛けましたって白状したようなものですよね」

 ホームズは出窓に置いていた福寿草の鉢植えを指さした。しかし、それはラッピングごと黒いケープで覆われていて見えなくなっている。さっき、ホームズが立ち上がるときにケープを翻したように見えたのは、あの鉢植えを覆うためだったのだ。

「普通なら私が喜ぶはずの多肉の鉢を退院祝いに選ぶのが必然的ですよね。多肉に爆弾を仕掛けることができれば、まだ誤魔化せたかもしれないけど、それができなかったのは、タニラーとしての必然性ね……。しかも私はお花を受け取ったときに『甘い匂い』って言いましたよね。福寿草は鮮やかな色だけど匂いはほとんどしないんですよ。甘い匂いがTNT火薬の匂いだとすぐにわかったわ。火薬も毒物と同じなので味も知っているし、匂いだってすぐにわかるの。TNT火薬は信管がないと爆発しないし、起爆装置が絶対に必要ですよね。それなのに山科さんが手元から離したってことは、リモコン式の起爆装置を使っているんだってことも必然的にわかりましたよ」

 山科はそれでも狐につままれた顔をしているが、有田にも理解できなかった。

「だからケープを福寿草に掛けているのよ。このケープの中には鉛とチタンの合板が入っていて、至近距離からのライフル狙撃にも耐えられるらしいの。もちろん赤外線なんか通さないわ。犯人がタリウムの次の手段として、ナイフやピストルで私の命を狙いに来るかもしれないと用心して準備していたんだけど、こんな風にも役立つのよね」

 ホームズが話し終えると同時に剣崎が合図を送り、野沢が山科に手錠をかけた。有田は山科の手からゆっくりとリモコン装置を奪い取った。


 パトカーが到着して、ホームズの横を連行されるとき、山科は穏やかな表情だった。

「あんたがどんどん俺に近づいてくるから消そうと思ったんだ。まさか、土を食べるような天然ガールが、ここまで優秀な探偵だとは思わなかったよ。もっと早く気づくべきだった」

 山科は静かな笑みを浮かべ、観念したように連行されて行った。

 爆発物処理班が福寿草の鉢植えを処理している間、ビルの外で美里と麻紀がしっかり手を繋いで肩を寄せ合っていた。その姿を眩しそうに眺めているホームズに、

「無茶をするなよ」

 有田が声をかけた。

「ごめんなさい。今回はみんなを危険に巻き込んでしまったわね」

「そうじゃなくて……毒入りコーヒーとわかっていて飲んだだろう?」

「あ、そっちか……。ありがとう。これからは、ほどほどにしておくね」

 眩いほどの笑顔で振り向いたホームズが有田に近寄り、背伸びをしたかと思うと有田の頰にキスをした。

「!」

 有田が固まっていると、ホームズはいたずらっ子のようなウインクをして事務所へと駆け上がって行った。

「どういう意味だろう……」

 有田はしばらくその場に立ち尽くしていたが、キスの場面を美里に見られてなくて良かったと胸をなで下ろした。



あと一話で一章が完結です。(本日中にアップ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ