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天然ホームズの必然推理  作者: もとき未明
一章 時効が呼ぶ必然
13/27

美里の探偵入門

なんだか山科の存在が気になり始めた有田の捜査は続きます。

 十月二十一日、金曜日。尾行三日目も、彩花に特段変わった行動は見られなかったようだ。ホームズの報告によると、午前九時に家を出てから山手線で上野に向かい、デパートで買い物をした後、新宿まで戻って友達とランチ会をしたらしい。

 一方、有田の聞き込みで、さなえの壁に貼られていたリフォーム会社の名刺を渡した担当者は、さなえの常連ではなく、早苗からリフォームの見積もりを依頼されていた営業マンだった。調理器具を含めた内装の全面改装だけでなく、外観までリフォームする大掛かりな工事を計画していたとわかった。ホームズが名刺の新しさと雑誌を見て推理していた通りであった。

 さらに、ふたつの事件の夜には、山科の車がどこのNシステムにも補足されていないことと、車の運転ができない彩花がタクシーを使った記録もないことがわかった。

 それともうひとつ、さなえの常連から『キノコスープ』に関する情報があった。メニューとして復活したのは一年前の今頃で、夏でも冷やして提供されていた。その常連は十年くらい前から通っているが、昨年初めて味わったらしいので、少なくとも九年間はメニューから消えていたことになる。

 もっと前から通っていて、今はほとんど見かけなくなった人物を紹介してもらえることになり、有田が翌日訪問する約束を取り付けていた。


 翌日、さなえに通っていたという十年以上前の常連への聞き込みで、有力な情報を得ることができた有田は、意気込んでホームズの事務所を訪ねた。

「ずっと前にさなえの常連だったという人物に明日会えることになったんだ。一緒に静岡まで行ってくれないか」

「明日? 明日はマスターから尾行依頼されている最終日だってことは未明君も知っているでしょ。明後日なら付き合えますけどね」

 ホームズの答えはそっけない。

「そう言わないで頼むよ。その人は明後日には海外に行ってしまうらしくて、明日しか話を聞くことができないんだ」

「そんなこと言われても困ったわねえ」

 と、ホームズが呟いたとき、

「私に任せて!」

 声のする方を見ると、事務所の入り口に美里が颯爽と立っていた。

「明日は日曜日だし、試験も終わって暇なんです。お手伝いをさせてください」

 美里の目が輝いている。ホームズが難事件を調べているときと同じ目だ。

「ミリちゃん、聞いてたの?」

「へへへ、さっき未明君がいかにも特ダネを持っているみたいな顔で駆け上がって行くのを見て、何か動きがあったなってピンと来たわ」

 片目をつぶって得意げに言う美里は、既にいっぱしの探偵気取りだ。

「ミサトさん、尾行できる?」

 心配そうにホームズが覗き込んだ。

「大丈夫ですよ。気づかれないように行き先を確かめるだけでしょ? しかも相手は犯罪者とか怖いお兄さんとかじゃなくて、彩花さんっていう女性なんでしょ」

 美里は、マスターに報告している断片を聞いていて、依頼されている調査の概要を把握しているらしい。

「ミサトさん、凄い。もう立派な探偵さんね。じゃあ最後の一日は、お願いしようかな」

 ホームズも危険な尾行ではないと安心しているのだろう。有田としても美里の申し出は渡りに船だった。

「ミリちゃん、くれぐれも危険な行動はしないようにね」

「子ども扱いしないでよ。未明君より頼りになるんだからね」

 どうやら「ホームズさんの相棒は私なのよ」と言いたいようだ。

「あ、そうそう。明日、彩花さんがどこに行くかは不明だけど、この四日間の行動でわかったことがあるの。明日もこの原則どおりに行動するなら、尾行するのもやり易いと思うから聞いて。未明君も一緒に考えてちょうだい」

 ホームズがパソコンを操作すると、壁に東京二十三区の地図が投影された。部屋の灯を調整しなくても細部までくっきりと見える高性能なプロジェクターは、ホームズ自慢の装備でもある。

「ここが彩花さんのお宅で世田谷の小田急沿線なの……。これが一日目に行った雑貨屋さんとカフェと映画館。二日目のフィットネスクラブがここ。三日目に行ったデパートとランチ会をしたレストランはここ……。今日は自宅近くでゴルフの練習に汗を流しただけだったわ」

 と、彩花が訪れた場所を地図上にプロットした。

「でね、彩花さんが移動した経路に線を引くと……、一日目は新宿で小田急線から山手線に乗り換えたんだけど、外回りで巣鴨に向かったの。ところが次に有楽町まで行くのに、今度は内回りに乗ったのよ。二日目の日暮里まで行くのには、新宿から内回りを使って、帰りは外回りだったの。三日目に上野へ行くのも、内回りで行って外回りで新宿まで戻っているの……。どう? 何か気づかない?」

「中央線を使わないのは、乗換えの回数を減らしたいのかな」

「そうみたい……彩花さんは歩くのがゆっくりだし、人ごみが嫌いなようね」

「あっ! 彩花さんって山手線で巣鴨と日暮里の間を通らないように移動していますね」

 美里が手を挙げて、学生が発表するかのように発言した

「そうなのよ。一日目に巣鴨から有楽町へ行くのに内回りに乗ったのは、単に乗り間違えただけなのかと思ったんだけど、二日目に日暮里へ行くのにも、新宿から外回りで行けば早いでしょ。それなのにわざわざ内回りに乗るって……遠回りしているとしか思えないのよね」

「依頼人も奇妙だけど、尾行の対象者も奇妙だな」

 有田は、ホームズがマスターに初日の尾行報告をしていた際の違和感を思い出した。

「とにかく、ミサトさんは危険を冒しちゃダメよ。私は顔を知られているから見つからないように尾行する必要があったけど、ミサトさんはコソコソしなくていいから自然にしていてね」

 美里に彩花の写真を見せて、ホームズが念を押した。

「それから、マスターにも了解をもらっておきましょうね」

 今日の尾行の報告を兼ねて三人はベイカー街へ行き、マスターの了解を得た。マスターは元々危険な尾行を依頼したつもりはないので、探偵の仕事に張り切っている美里の姿に目を細めていた。


 翌、日曜日は爽やかに晴れた秋空で、暑くもなく寒くもなく絶好の『尾行日和』になりそうだった。

 美里を倉見邸の前まで送った後、有田とホームズは新幹線で静岡へ向かった。

「今から会いに行くのは、どんな人なの?」

「さなえがオープンした頃からの常連で、週に三日は通っていたらしいんだ。名前は古谷源太ふるや げんたさんといって七十歳。十年前に定年と同時に静岡に引っ越してから、ほとんど東京には来てないらしい。昨日、聞き込みをした別の常連からの情報で、十数年前を知っているとしたら古谷さんしかいないだろうとのことだ。ところが古谷さんは今、シンガポールに生活拠点があって、明日行ったら半年は帰ってこないんだ」

 静岡駅に着くと、有田が携帯電話で連絡を取った。

「古谷さんは駅前の喫茶店に来ているそうだ」

 指定された喫茶店に入ると、ベイカー街の三倍以上の広さがあり、洋風の装いで落ち着ける喫茶店だった。ほぼ満席に近い客がそれぞれに会話をしているが、全体的なBGMのようにお互いの会話が邪魔になっていない。

「警視庁の有田さんかね?」

 有田が探していると、古谷の方から声をかけてきた。七十歳の割には精悍な雰囲気を持っていて、海外生活などを経験しているからだと思える余裕すら感じた。

「さなえの女将が殺されたらしいね」

 テーブルにつくと早速、古谷が口を開いた。

「そうなんです。もう三週間前になります。その後、関係者と思われていた真鍋という男も死んだのですが、古谷さんはご存じないですかね」

 有田が真鍋の写真を古谷に見せた。

「この男なら随分前にさなえでよく一緒になっていたよ。名前は知らなかったけどな」

 写真を見るなり、古谷は答えた。

「本当ですか。何年くらい前ですか」

「そうだなあ、ワシがこっちに引っ越す何年か前だったと思うが……」

 古谷が記憶を呼び起こすように考え込んだ。

「真鍋さんも、さなえがオープンした頃からお店に来ていたんでしょうか」

 有田が質問の方向を変えた。

「いや……オープンしたての頃は来ていなかったんじゃないかな……。女将が美人で有名な店だったけど、常連はワシくらいの年代が多かったからな」

 懐かしむように古谷が答えた。

 それまで黙って聞いていたホームズが口を開いた。

「さなえのキノコスープを古谷さんはいただいたことがありますよね」

 ホームズが自信たっぷりに断定的な聞き方をした。

「おお、せやった。ワシもその男も、さなえのキノコスープが大好物でな。夏でも最後にはキノコスープを飲まんと帰れないほどじゃった。あれは確か十六年前の今頃だったかの、女将が突然キノコスープをやめてしまって、残念で仕方なかったのを覚えているよ。そうそう、その男にもそれ以来会うことがなくなったから、キノコスープが飲めんなったけん、来んようになったんじゃないかと他の常連たちと話したことがあったわい」

「それじゃ真鍋さんとさなえで会っていたのも、キノコスープがメニューにあったのも十六年前までなんですね」

 知りたかった証言が取れてホームズの顔が明るい。

「なぜキノコスープがメニューから消えたかご存知ですか」

「なんでも女将の話では、いちばん肝心の国産干しキクラゲを仕入れることができなくなったと言っていたな。ま、しょんないことやけどな」

 残念そうに古谷が答えた。

「さなえの入口付近にある焼き鳥屋さんの『鳥やす』は、昔からあったのでしょうか」

「いや、あの路地に焼き鳥屋はなかったよ。入口の所には『チエちゃん』というホルモン焼き屋があって、そこにも時々寄っていたな」

 古谷は、遠くを見るように目を細めた。

 真鍋が昔からの常連だったことと、さなえがキノコスープを中断していた期間もわかったので、ふたりは古谷に礼を言って静岡を後にした。



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