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天然ホームズの必然推理  作者: もとき未明
序章 必然的遭遇と覚醒
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出会いは必然に

じっくり練ったミステリ仕立てです。

第一章まで執筆完了しています。

 今日この大学に入学したばかりの有田未明ありたみめいは、突然金縛りにあったかのようにその場に立ちすくんだ。

 入学式直後のキャンパスは渋谷のスクランブル交差点かと見まがうばかりに混沌としている。気恥ずかしそうに、どこか眩しげな表情をたたえ、まだビジター気分でいる多くの新入生に向けてサークル勧誘の声を張りあげる先輩たち。さまざまに工夫されたキャッチフレーズは新宿の繁華街のそれと同じかもしれない。

 息苦しい入学式の会場から解放された新入生たちは、心地よい暖かさを帯びた風や満開を過ぎた桜の木々から運ばれてくるほんのりと優しい香りを堪能する余裕を与えられないほど勧誘の渦に巻き込まれている。

 その喧騒の中をひとり颯爽と歩いている女子学生の姿は有田から見ると輝いていた。後光ともオーラとも違う。有田の目をくぎ付けにする『何か』があった。人の流れを無視して立ち止まったために、他の新入生からも先輩からも「邪魔だ」という鋭い視線の集中砲火を浴びていたが、そんなことは些事だといわんばかりにその女子学生を目で追っていた。

「絶対に見逃してはいけない!」

 勘の鋭さだけには自信のある有田の本能がそう告げている。

 その女子学生は、派手な衣装や化粧を纏っているわけではない。どちらかといえば地味な服装の彼女は、目的地へ向かうという決意を全身で表現していた。小柄なのに周囲を行きかう学生の中からくっきりと浮かび上がっていたのだ。

正直言って第一印象は「彼女にしたい」という恋愛対象ではない。彼女いない歴十八年の有田だからこその『理想の女性像』があり、彼女のそれはほぼ対極に位置しているといってもよかった。それでも充実した大学生活を送るために必要な存在だという指令が、有田の脳に直接飛び込んできたのだ。

 大事なことなのでもう一度言うが、彼女いない歴十八年だからこそのインスピレーションだと何の根拠もなく確信できた。

 女子学生が人の波に消えそうになったところでやっと再起動をはたした有田は、慌ててあとを追った。通常であれば見逃してしまいそうな距離なのに有田にとっては容易いことだった。なにせ瞬きすらせずにその姿を視界に入れ続けていたのだから。


 女子学生に追いついたところは、なにやら怪しげなサークルのブースだった。『心理学研究会』というサークル名の怪しさに新入生は誰も寄り付いていない。受付をしているのであろう先輩も新入部員が入ることなどまったく期待していないかのようにやる気なく椅子に座ってスマホを見ている。

「私! 心理学研究会に入るためにこの大学に入学しました!」

 受付の前ではっきり告げた女子学生に、一瞬ギョッとした受付の先輩が「ここに名前と学部書いて」と受付簿を指さした。

「はい!」

 いちいち感嘆符が付きそうな返事をして申し込みをしている彼女の後ろに、なるべく自然な態度で並んだ。

「じゃあ明日ここに来て」

 受付の先輩が活動場所や注意事項を書いているであろう紙を渡すと、両手で受け取って大事に胸に抱える姿は天使のようだった。心なしか上気しているように顔をほころばせた彼女が立ち去ると、入れ替わるように有田がテーブルの前に立つ。

「君も?」

 受付の先輩が怪訝そうにたずねた。

「はい」

 有田が答えると先輩は無言で受付簿に視線を向けた。

 有田が名前を書き終えるとまた無言で紙を差し出してきた。

扱いが違う!

 でもしかし、おかげで彼女の名前を確認することができた。

 『結城巣逗 法学部』

明日からの大学生活に希望ができただけでも今日一番の収穫だ!


 有田の中では、最初から特別視していた彼女だが、新入生挨拶をきっかけに一躍有名人となった。結城巣逗ゆうき すずというかわいらしい名前でありながら、『巣』の部分だけ英語の『ホーム』に変換して、「ホームズと呼んでください」と自己紹介したのだ。その場にいた全員が退いていたが、その後のホームズらしい行動と共に自然と皆が「ホームズ」と呼ぶようになっていった。

 並外れた観察力や抜群の記憶力はもちろんのこと、最もホームズらしい行動といえば毒物の研究を趣味にしていることだった。本家本元のシャーロック・ホームズは、コカイン溶液を自分で注射し、脳を刺激していたとの逸話をもっているが、結城ホームズも同じような言動で周りを驚かせていた。


 学部は違うので授業で会うことはないが、ホームズはほぼ毎日サークルに顔を出していたので必然的に毎日顔を見ることはできた。

 しかしいかんせん彼女いない歴……(以下略)の有田だけあって、気にはなっていても話しかけることができないまま時間だけが過ぎていく。

そりゃこっちから話しかければいいことくらいわかってるけどさ。


 入学から二週間ほど経ったよく晴れた日のこと。学食でランチを食べた有田がキャンパスを散策していると、花壇脇のベンチにホームズが横たわっているのを見つけた。昼寝でもしているのかと思って近づくと、眉間に皺を寄せて真っ青な顔をしている。

 いきなり話しかけて不審者扱いされないだろうかという不安はよぎったけれど、心配のほうが上回り思いきって声をかけた。

「大丈夫? 顔色が悪いよ」

 ホームズは薄目を開けると、無理やり口角を上げるように微笑んだ。

「私は大丈夫…………。有田君はそこの土を食べちゃだめよ」

 蚊の泣くような声で言いながら、そばの花壇を指さして、すぐにまた目を閉じた。

 何が大丈夫で、何を忠告してくれているのかまったく理解できなかったが、名前を覚えてくれていた感激をかみしめているよりも緊急事態だということは理解できた。

 迷うことなくホームズを抱えると、五分後には医務室に到着していた。

 翌日には元気になったホームズから聞いた話では、花壇の土を味見していたら、かなり強力な殺虫剤が含まれていたようで、舌に乗せただけで気分が悪くなったとのことだ。気になる土を食べるのはクセになっているらしい。常識的には考えられないことだが、有田にとってはお近づきになれたラッキーな事件だった。

「私を抱えて走っているとき、全然揺れなかったわ。すごい腕力ね」

 ホームズの独特な感性には戸惑うばかりだが、この一件をきっかけにふたりの関係は急接近した。有田を「未明君」と名前で呼ぶようになったホームズから、正義感と体力を頼りにされるようになったのだ。

 有田もホームズのことを知れば知るほど興味をかき立てられたし、充実した大学生活を送れていることはもちろん、ホームズに魅了されていくのを感じていた。

 ホームズは、好奇心旺盛という言葉では言い尽くせないほど謎めいた話が大好きで、事件と聞けば痴話喧嘩だろうが猫の行方不明だろうが、すべてに首を突っ込みたがる。しかも、どんなジャンルに関しても知識が豊富で、道端に生えている雑草の名前や特徴はもちろん、味や調理方法にまで詳しかった。有田から見ると『ただの雑草』が、食べられるようになるだけでなく、薬草になったり、毒になったりもするのである。

 噂によると、シアン化カリウム……一般的には青酸カリと呼ばれる化合物なども味見しているらしかった。有田はその現場を見たことはないが、問いただしても本人はさほど大したことではないと認識しているようで、とぼけられるだけだった。

 雑学だけでなく全教科を通して成績も優秀らしく、法学部の首席合格だとの噂は真実だろう。女子大生といえば華やかなイメージを思い浮かべていたが、ホームズの外見は極めて控えめなものだった。短めの髪の手入れもあまりしているようには見えず、少し太めの眉で化粧っ気もない。毎日決まって白いブラウスをジーンズにシャツインしていて、派手な色合いの服装を見たことがない。普段はすまし顔なのだが、とき折見せる笑顔が魅力的なので、いつも行動を共にしている有田が傍にいなければ、言い寄る男子学生も少なくないはずだ。

 あるとき、ホームズに言われたことがある。

「未明君って私のボディガードみたいよね」

 小学生の頃から剣道を習い、柔道や合気道の有段者である有田としても、か弱いホームズを守っているナイトの響きがあり悪い気はしなかった。それでも、いつの日か「彼氏」と呼ばれる日も来るのではないかとの期待がないともいえなかった。有田はその気持ちを出さないようにしているが、鋭い観察力を持つホームズが気づいていないとは考えにくい。

 か弱いといっても、ホームズの飲酒量は、見た目からは想像できないものだった。有田は体格的にも酒に強い方だと思っていたが、ホームズはそれを遙かに上回っていた。小柄で色白なホームズの頬がほんのり桜色になるところまでは可愛げがあって女の子らしい。しかし、そこからがいわゆる『ザル』なのだ。ホームズを落とそうとした男子学生がいくら酒を飲ませても、大抵が先に潰れてしまう。有田も何度か飲み比べに挑んでみたことはあるが、意識を失うのはいつも有田の方だった。

「お酒も毒と同じで、飲み方次第では薬になるのよ」

 すまし顔でさらりと言うホームズにとってみれば、毒物の味見も酒も同じ経験値になっているようだった。


 初めて見たときに感じた通り、ホームズは目的を持って『心理学研究会』に入会したようで、しょっちゅう部長と論争をしていた。

「これだけ熱心に心理学を研究しているんだから、本人ですら気づいていない必然性を導き出してあげられるよう、心理操作の手法についても追究したいんです」

 ホームズの主張に対して、部長は真面目な学者肌の先輩で、フロイトやマズローなど先人たちの心理学を読み解き、皆で議論することに主眼を置いていた。ホームズの考えは一歩間違うと危険な思想に繋がりかねないとして却下されていた。

 結局、研究するだけでは物足りなくなったホームズは、一年半在席した『心理学研究会』を飛び出し、『心理操作実践サークル』と名付けた新しいサークルを立ち上げた。このとき、有田がいつの間にか設立メンバーになっていて、しかも初代部長を務めることになった裏には、ホームズによる心理操作がすでに発揮されていたのではないかと思われる。

 ホームズの目ざす心理操作とは、相手を意のままに操るのではなく、自分や相手の行動を理解しようとするものだった。

 新サークルの発足を前に、有田がホームズとディスカッションしたときのことだ。

「自分はともかくとして、他人の行動を理解したり制御したりすることはできないと、ホームズがリスペクトしているアドラーも言ってるじゃないか」

「でも、世の中には自分の行動すら理解してない人が多いのよ。他人のほうが冷静に理解できると思うの」

「他人の行動を理解してどうするんだい」

「その行動の本質がわかれば、上手く誘導することで行動そのものを制御することができるじゃない」

「行動を制御するって、催眠術みたいで危険じゃないのか」

「間違った方向に誘導すれば危ないけど、すべての人が幸せになれる方向に心理操作できたら素敵なことよね」

「『すべての人が幸せに』とは大袈裟だな」

「誰も罪を犯したくて犯罪に手を染める人は居ないと思うの。何かのきっかけで人生の歯車が狂ったときにどんどん悪い方へ流された結果、最後には罪を犯さなくてはどうしようもなくなるんじゃないかしら。そんな不幸の悪循環で罪を犯した人に、二度と同じ過ちを繰り返してほしくないの」

「犯罪者も幸せにするってことなのか」

「だって……犯罪はもちろん悪いことだけど、犯罪者がみんな悪人だとは限らないでしょ? 善人だって必然的な理由で罪を犯すってこともあるわ」

 ホームズの言っていることは、突飛な発想ではあったが正論だったし、「絶対に実現するんだ」という決意が真剣なまなざしから見てとれた。

 そんな折、心理操作の研究を始めたばかりのホームズが、研究成果を実践するのにあつらえ向きな事件が起きた。


一応本格的な推理小説なのでしつこい後書きや前書きを書かないつもりですが、毎日更新の新作発表時だけ前書きに前回のことを書きます。

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