第七話「その花の名前は「ポピー」。花言葉は「思いやり」」
一方、その頃。
スイメイ国の都市の一つ「華美の集い」。
ここの領主であるフルール侯爵の執務室に、息子のポピーが訪れていた。
「どういう事でありますか!?」
バン! と、力強く机を叩き、ポピーは父親を責める。眉は吊り上がり、目は熱を帯びていた。
だが、父親のフルール侯爵は至って冷静だ。
「何がだ?」
「アガベ=ブルーム令嬢の事です! あんな人前で、婚約破棄を言い放つ事もなかったのではありませんか!」
「お前の為だ。大勢の前で宣言した方が変に勘ぐりされなくていい」
「しかし! ……あれでは、アガベが可哀想だ……」
元婚約者の事を想い、ポピーは胸を痛めた。
アガベは聡明で美しい女性であった。成績はいいのに、決してひらかすことはせず、陰で何を言われても笑顔を絶やさなかった。
「可哀想? お前、そこまであの女を好いていたのか?」
「……僕の婚約者だった方ですよ。不当な扱いを受ければ、面白くはありません」
父親の質問に、ポピーは肯定も否定もしなかった。
それに気付いた父親は、その話題を深堀しようとする。
「ん? お前、もしかして……」
「今日、僕は裁判所に行きました」
だが、それ以上に気になる話題を出され、侯爵は口を閉じた。
ブルーム辺境伯の謀反について、息子が動いているとは思わなかった。
「そこで証拠の密約書、読みましたよ」
「余計な事をするな。お前が疑われる」
「綺麗な密約書でした。まるで、逮捕してくれと言わんばかりに大きく辺境伯のサインがしてあった」
「……」
侯爵は、息子の言葉にトゲを感じた。
辺境伯の反逆行為を、素直に受け取ってはいない言い方だ。
「何が言いたい?」
「僕はこの事件、何か裏があると思っています。エーデルワイス王子も探りを入れているようです」
「エーデルワイス王子が?」
少し侯爵の声に、焦りの色が見えてきた。
まさか、王族が頭を突っ込んで来るとは思っていなかったようだ。
ポピーはうなずく。
「裁判所を出た時に、お目にかかりました。卒業パーティであんな事を起こしたのです。王子も気になっていた、と」
「なんと……」
「エーデルワイス王子も独自で、いろいろ探っているようです」
「裁判所は王室とは切り離された機関だからな。第二王子殿であっても、難しいであろう」
「はい。でも、もうすぐで事件をひっくり返すものが見つかりそうだ、とおっしゃっていました」
「……ほう」
一瞬、侯爵の声が低く唸った。
だが、それはすぐに元の声に戻る。
「下々の人間の事件にまで気にかけて下さるなんて、素晴らしい方だな」
「見つかり次第、僕にも連絡をくれると約束してくださいましたよ」
「ポピー」
その時の侯爵の顔は、父親の顔をしていなかった。
どちらかと言うと、邪魔者を見るような敵意に満ちた目だった。
「王族の方々を巻き込むとは、感心せん」
正論かもしれない。
いくら貴族でも王族とは身分に雲泥の差がある。もう学生ではないのだから、王子と約束を交わすなんて無礼極まりない。
だが、ポピーも馬鹿ではない。
そんな事は重々承知だ。
それを承知の上で、王族であるエーデルワイス王子に約束を取り付けたのだ。
「婚約者であった人を見捨てるような事、僕は出来ませんので!」
吐き捨てるように言うと、ポピーは踵を返した。
彼は、本当にアガベを心配していた。
今頃、辺境の地において、心寂しく、涙を流して、日々を過ごしているに違いない。
そう思うと、胸の奥が痛むのであった。