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第二十二話 「その花の名前は「四つ葉のクローバー」。花言葉は「復讐」」

 早く逃げなくては。

 どこでもいい。

 この国にはもういられない。


 フードを深くかぶった男が、大股で港町を闊歩していた。

 潮風が吹くと、フードが少しめくれ、中のマスクがチラリと見える。

 デルフィニウム教授だ。

 魔法のトランク……ではないが、大きなトランクを持っている。中にはたくさんの書類や実験道具が収納されていた。

 フルール侯爵が逮捕されたと聞いて、教授は慌てて自分の邸宅にある、大事な資料を荷物にまとめた。

 あくまで一部だ。あまり大荷物になって、目立つ事はしたくなかった。


「……」


 もうすぐで、肥沃の国タイリク行きの船が到着する。

 そこに乗り、しばらく身を潜めていよう。


 桟橋では、たくさんの船から大小さまざまな荷物が降ろされていた。値段の交渉をしている商人達や検品している労働者たちの中をかいくぐる。

 タイリク行きの船を見つけ、いざ乗り込もうとした時。


「お待ちください。教授」


 女性の声が、自分を呼び止めた。

 「教授」と呼ばれた事に戸惑いを覚えながらも、ゆっくりと後ろを振り向く。

 そこには、チャーコールグレイのドレスを着た、見覚えのある女性がいた。


「アガベ=フルール辺境伯令嬢……」


 辺りを見れば、兵士らしい姿はいない。

 お供もつけず、ここまで一人で来た事になる。

 不用心だが、尋ね人である自分にとってはありがたい状況だった。

 口元に笑みを浮かべ、優雅に頭を垂れる。


「これはこれは……。私の見送りですか? 光栄な事です」

「教授。私は貴方を尊敬しております」


 海鳥が鳴き、アガベの言葉を遮ろうとする。

 だが、アガベの口調が強いので、はっきりとよく聞こえた。


「シャガにどんな酷い事をしていても、やはり尊敬しているのです。貴方のおかげで、私は本を読む楽しさを知りました。知識を得る喜びを知りました」

「……」


 デルフィニウム教授の眉がピクリと動く。


 「シャガにどんな酷い事をしていても」


 という事は、シャガはこの令嬢に自分の境遇を告白したのだろう。

 孤独を紛らわすとは言え、シャガに酷い事をしていたのは事実だ。


「でも、貴方はシャガを殺そうとした」

「……!」


 教授は目を大きくして、アガベを見返した。


「殺そうとした? 生きているのか!? あの子は!」


 死んだと思っていた。

 生きていると分かった途端、「会いたい」気持ちに駆られる。

 だが、それを拒絶するように、アガベはきっぱりと言い放った。


「尊敬している気持ちは変わりませんが……それでも、人を平気で傷つけていると知れば、ファンは失望するものです」


 そう言って、一つの花を差し出した。

 長細い白い花びらがいくつも集まって、丸い形を作っている。

 シロツメクサだ。

 花言葉は「幸運」。


「はははは……。何を差し出すかと思えば……シロツメクサ」


 教授は笑いながら、その花を受け取ろうと腕を伸ばす。

 まだアガベは花を掴んだままだ。


「私への旅の幸運でも祈ってくれるのですか?」

「ええ。でも、これはファンとしての私の気持ち」


 アガベがわざとらしいまでに笑顔を浮かべる。

 そして、すぐに真顔に表情を変えた。


「ここからは、シャガからです」

「シャガ?」

「受け取り下さい」


 教授が花を受け取ると、アガベはすぐに手を離した。

 すると、シロツメクサの葉の部分が姿を現す。

 それを見た途端、教授の表情が一変する。

 視線の先にあるのは、ただのシロツメクサの葉ではない。


「四つ葉のクローバー……!!」


 シロツメクサの葉は普通、三つ葉である。

 ところが、成長段階で四つに分かれる事がある。

 滅多にない事から、四つ葉を見つけた人間は「幸運」だとも言われている。

 が。

 花言葉は全くの真逆の意味を持つ事は、世間の人にはあまり知られていない。


「その花の名は「四つ葉のクローバー」。花言葉は……」


「復讐!!」


 魔法が発動。

 一瞬、眩い光りが桟橋を照らす。


 船乗りや商人、乗客たちは何事かと、アガベ達を見つめる。

 しかし、すぐに目を反らした。

 スイメイ国国王直属の兵士団が、その場にいるからだ!


「デルフィニウム=ツヴァトーク公爵ですね?」

「……!」


 今まで桟橋にいなかった兵の存在に、教授は目を見張った。

 確かに、さっきまでいなかったはずだ。

 これが魔法による力なのか。

 考えても、答えが出るわけでもない。

 たくさんの兵達に囲まれている。その事実だけが目の前にある。


「フルール元侯爵と共謀し、国を転覆しようとした件でお話があります」


 兵達は有無を言わさない雰囲気で、教授の両腕を掴んだ。

 デルフィニウム教授は力なく頭を下げる。


「ぐっ!」

「教授」


 連行される前に、アガベが声をかける。


「……」


 振り向く教授の顔はマスクで覆われて、よく見えない。

 それでも、敗北したことを実感しているのか、顔色は悪い事がわかる。


「シャガからの言伝です」

「……」

「「身体に気を付けてください」と」

「……!」


 「身体に気を付けて」


 昔、シャガから別れ間際に、毎回、言われていた言葉だ。

 最後は言われなかったが。

 でも、シャガとの思い出が一気にあふれ出るのに、充分な一言だった。


「シャガ……」

「教授?」


 マスクの下からでもわかる。

 デルフィニウム教授は泣いていた。

 自分よりもはるかに年上の……しかも、尊敬していた人が泣く姿に、アガベは戸惑いを隠せない。


 そんな特別な言葉ではなかったはずだ。

 それでも、デルフィニウム教授の心を激しく揺さぶった。

 それは、ただの偶然なのか。

 魔法の力なのか。


「シャガ……シャガ……」


 真相はわからないままだが、あまりの悲痛な教授の姿に、「シャガ」という名前は、何か特別な意味があるのではと、推測してしまうほどだった。



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