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 第二十話 「その花の名前は「キンセンカ」。花言葉は「別れの悲しみ」」

「シャガ!!」


 何が起きたのか、わからない。

 教授が自分に向かって、魔法を放った。

 それが分かった途端、眩い光が放たれ、視界が白に染まった。

 光の魔法にしては強すぎる気がする。

 魔法の発動が終わり、視力が戻ってくる。

 そんなアガベの目に最初に飛び込んだのは、倒れたシャガの姿だった。


「シャガ! 隠れているように言ったでしょう!」


 慌てて、抱き起こす。

 だが、シャガはピクリともしない。

 顔は真っ青で、息をかろうじてしているだけだ。これから立ち上がるようには見えない。

 瀕死の状態である事を知り、アガベはシャガの身体を抱き寄せた。


「シャガ! シャガ!!」

「……シャガ……」


 教授が門扉の向こうから、二人の様子を見ていた。

 まさか、スノードロップの魔法がシャガに当たるなんて。


 ツルがまだ襲ってくる。

 教授は花を使わず、普通に火の魔法でツルを燃やした。

 シャガが倒れているのだ。

 すぐに、アガベ令嬢が魔法を発動させるとは考えづらい。


「シャガ、死ぬのか……?」

「死なせるものですか!」


 教授の独り言に、アガベは強く反論した。

 しかし、その目には涙が浮かんでいる。

 小さな命が失われようとしているのが、嫌でもわかった。


「シャガ……! シャガァァ!!」

「……」


 死にかけの平民と、それを介抱する貴族。

 まるで昔の自分を見ているようだ。

 教授は闇の中に堕ちた、在りし日に想いを馳せる。

 大切な人が、自分の力不足で命を落とした絶望。


 自分と同じ境遇に遭いそうな人に会った時、人間の行動は二つに分かれる。

 一つは、自分と同じ苦しみを他の人に味わせてはいけないと、手を差し伸べる人間。

 もう一つは、自分と同じ苦しみを他の人にも味わって欲しくて、とどめを刺す人間。

 デルフィニウム教授は……後者だった。


「これでいい。お前も大切な人を失う辛さを、味わえ」

「……」


 教授の雰囲気が変わっている事に、アガベはゾッとした。

 今まで上面だけでも優しい笑顔を浮かべていたのに。

 目の前にいるのは、身も心も闇に浸蝕された一人の男でしかいない。


 ドス黒いオーラを纏い、トゲの氷像に手を触れる。

 そこから火の手が上がった。

 火の魔法を使ったのだ!

 氷はあっという間に解ける。アザミのトゲに火が移り、次々と灰へと変わっていった。


 なら、再びアジサイの花を使えばいい。

 だが、瀕死のシャガを目の前に、アガベは冷静さを欠いていた。

 今は怯える事しか出来ない。


「その花の名前は「イベリス」。花言葉は「甘い誘惑」」


 同情する事もなく、教授は白い花びらに魔法を込める。

 とたんに、再び奇妙な甘い香りが漂い始めた。

 最初に、闇ウルフ達を誘い出した時に使用した魔法だ。


「っ!」


 アガベはシャガを抱きしめて、身をすくめた。

 門扉の向こうは、唸り声と咆哮で満ちている。

 闇ウルフが戻って来たのだ!

 門扉を鋭い牙で叩き、今にも食い破ろうとしている。

 だが、アガベの頭は真っ白で、次の手が打てない。


 その時だ!


「お姫様!!」

「おい! 姫様が襲われているぞ!」

「助けに行くよ!!」


 村の人達だ!!

 皆、松明を片手に屋敷の方へ向かってくる。

 闇ウルフ達もその気配に気づき、標的を村人達へと変更した。

 今までの村人達なら怖気づいていただろう。

 しかし、もう彼らは昔のままではない。


「退け! 退け!」

「お姫様に触れるな!」

「容赦するな!」


 村人たちは勇ましい声を上げると、次々と水の魔法を放った。

 アガベ達の勉強会が、実を結んだのだ!

 まさかの攻撃に、闇ウルフ達は次々と悲鳴を上げていく。


「くっ……!」


 大勢の人間が出てきて、魔法を使っている。

 教授にとっては分が悪い。

 まだまだ実験したい事はたくさんある。

 シャガを連れて行きたかったが、どうも助かりそうにはない。

 トランクの性能も分かった。

 とっとと逃げた方がいいだろう。


「……」


 デルフィニウム教授は村人達が闇ウルフ達にかかりっきりになっている間に、そっと闇の中へと溶けていった。


「お姫様、大丈夫ですか!?」

「シャガちゃん、どうしたんだい!?」

「顔が真っ青じゃないか!」


 闇ウルフ達を追い払い、村人達が門扉を開けて、入って来た。


 アガベとシャガの安否を確認する。

 アガベは無傷だが、シャガの様子がおかしい事に気付く。

 虫の息で、目の焦点が合っていない。


「シャガ……シャガ……!」


 アガベは懸命にシャガに声をかける。

 気を失わせてはいけない。

 アガベの直感が、そう告げていた。


「学校……」

「え」

「学校に……行きたいな……」

「シャガ……」


 瀕死の状態でも、シャガは学校に通う事を夢見ている。

 アガベは目に涙を浮かべながら、笑顔を向けた。


「そうよ。学校に行きましょう、シャガ。私が行かせてあげるわ。身分が何ですの。貴女はその辺の貴族よりもよっぽど賢いわ……きっと、学年で一位ですわ……」

「アガベ様……」


 シャガはゆっくりアガベの方を向いた。

 何かを話しているのが、もう声が出ない。

 それでも、シャガは力を振り絞って、笑顔を浮かべた。


「……」

「シャガ……」


 アガベも釣られて、最高の笑顔で返す。


 それを見届けて。



 糸が切れたように。



 シャガは全身の力を失った。


「……え」


 人形のように、シャガは動かなくなってしまった。


「シャガ……」


 震える手で、アガベはシャガの身体を揺らす。

 頭ではわかっているのに、心は現実を受け入れず。

 アガベはシャガを起こそうと必死になった。


「いや……いやよ……シャガ……」


 震える手で、アガベはシャガの身体を揺らす。


 闇ウルフ達を追い出した村人達が、次々にアガベ達の周囲に集まってくる。

 シャガの様子を見て、誰もがうつむいた。

 誰が見ても、分かる事だった。

 シャガはもう……。


「シャガ……シャガァァァァァ……!!」


 大勢の人がいる中で、気にせずアガベは大声で泣きわめいた。

 大粒の涙がシャガの頬に当たる。

 それでも、二度とシャガは起きない。


「……」


 ふと。

 アガベの胸元から何かが出てきた。

 青いバラの花びらだ。

 シャガに一枚花びらをもらってから、毎日、胸元に入れておいたのだ。神秘の花だけに「お守り」になるかと思って。

 アガベはすがる思いで、花びらに魔力をこめる。


 存在する事はないと言われていた青いバラ。

 そこから青いバラの花言葉は、ずっと「不可能」だった。だが、魔法技術が発達した事で、青いバラは見事に生まれた。

 だから、花言葉も変化した。


「その花の名前は「青いバラ」。花言葉は……」


 「奇跡」、と。


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