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第一話「その花の名は「スカビオサ」。花言葉は「私は全てを失った」」

 現在、アガベ=ブルームに世界の価値観をひっくり返す余裕はなかった。

 なぜなら、己の人生がひっくり返されようとしているからだ。


「アガベ=ブルーム! お前と我が息子ポピー=フルールとの婚約を破棄させてもらう!」

「……え」


 アガベは言葉を失った。


 卒業式が行われた夜の事である。

 その夜は、毎年恒例の「卒業パーティ」が開かれていた。

 この国の貴族の令息令嬢は、学校卒業と同時に結婚するのしきたりがある。ゆえに、ほとんどの生徒が卒業までに婚約者が決まっており、このパーティで一緒に踊る事になっていた。


 勿論、アガベ=ブルームにも婚約者がいる。

 それがポピー=フルールだ。

 その父親であるフルール侯爵に、婚約破棄を宣言されてしまった。しかも、パーティに参加している大勢の前で。


「な、なぜ……?」


 今までの自分の行いをフルスピードで思い出す。

 何か粗相を犯しただろうか?

 内心、悪態をつくことは大いにあった。が、それを声に出した覚えはない。

 ドレスは明るい色ではなく、常にくすんだ色を着用したし、アクセサリ―には宝石をつけず、シンプルなデザインのものを愛用した。

 この国の男性が好む「地味で大人しいけど、愛嬌のある女」そのものであったはずだ。


「父上! どういう事でございますか!?」


 フルール侯爵に問い詰めるように、一人の青年が入ってきた。

 明るい茶色の髪が赤いダブルブレストとよく似合っている。決して美青年ではないが、人が良さそうな優しい顔が印象的な青年だ。


「嗚呼、ポピー様」


 昔から、アガベはこの青年ポピー=フルールに好意を持っていた。

 他の学生達と違い、彼は性別で人を差別しない。いや、そもそも、どんな人間でも、例え身分の低い平民であっても、彼は分け隔てなく接していた。

 魔力も座学の成績も悪くなく、アガベとは馬が合った。


「アガベ、大丈夫か?」

「ええ」


 己の肩を抱くポピーの手が温かく、アガベは安心を覚える。

「この世界で幸せになるためには、彼との結婚は必須だ」と、改めて思った。

 己を殺して、この国の男性が望む女性を演じて、フルール侯爵に好印象を与え続けた。その甲斐あって、身分の垣根を越え、ポピー=フルールとの婚約までに漕ぎ着けたのだ。

 その「アガベの幸福計画」が、今、闇に閉ざされてようとしている。


「フルール侯爵。これは一体、何の騒ぎですか? 今は、卒業パーティの最中ですよ」


 騒ぎを聞きつけて現れた人物に、周囲の人間も、フルール侯爵も、そしてアガベも深く頭を垂れた。


 この国の第二王子であるエーデルワイス=スイメイの登場だ。

 彼はアガベやポピーと共に学ぶ同級生でもあった。気楽に声をかけていい相手ではないが、その顔を知らない者は誰もいない。

 「王子様」にふさわしい整った顔に、均衡のとれた体格。魔力はもちろん、勉強もスポーツも他者より優れ、謙虚で思いやりのある美丈夫だ。着用している白いジュストコールには金色の刺繍が飾られ、誰よりも高い身分を表わしていた。


「申し訳ございません。エーデルワイス王子。実は、ブルーム辺境伯が逮捕されまして、無礼と承知の上で、卒業パーティにお邪魔したのでございます」

「逮捕!!?」


 アガベはめまいを覚える。

 自分の父親が罪を犯したというのか!? 

 とても信じられなかった。国境沿いを守る辺境伯にしては、父親は大人しい性格だ。温和で、若干抜けている所があって……。犯罪に手を染めるような人物ではない。


「これを……」


 フルール侯爵が丸めた紙を王子に渡した。

 正式な公文書だったのだろう。王子の綺麗な眉に皺が寄った。


 書いてある事は以下の通りだ。


「ブルーム辺境伯は、隣国ニチリンと結託し、我が国スイメイを転覆させようとした疑いがある。ニチリンはスイメイを手に入れ、その見返りとして、ブルームは「公爵」としての地位を得る約束をしていた。その際に交わされた密約書が、すでに裁判所に渡っている」


 読み上げるごとに、アガベの顔は青ざめていった。

 冷たい白い目が、自分を取り囲んでいる。心無いヒソヒソ話が、自分の心を凍らせていくのが、嫌でもわかった。


「その文章をお見せください」と、王子から公文書を奪い、この目で読みたかった。

 だが、それはこの国では許されない。

 男性の、しかも身分の高い人間の行動を妨げる事は「不敬罪」に当たるし、そもそもこの国では女性が文章を読む事をあまり良しとしていない。

 デルフィニウム教授の本を愛読しているアガベだが、人前で読まず、寝室で月明りを頼りに読んでいたくらいだ。


「ブルーム辺境伯は反逆罪で捕まり、裁判が終わるまでの間、その妻と息子もどこかの屋敷に軟禁される身となりました。アガベ嬢、あなたもタダでは済みませんぞ」


 フルール侯爵が合図を送ると、外で待機していた兵達がパーティ会場になだれ込んできた。華やかなパーティが一気に不穏な空気になり、学生達の悲鳴が響き渡る。


「アガベ=ブルーム! 今より、お前を謀反人の娘として拘束する!」

「父上!」


 突然、婚約者を犯罪者のように扱われ、ポピーは父親の言動を制止しようとする。

 しかし、フルール侯爵は聞かず、兵達に指示を出した。


「しばらく、黄昏の丘の屋敷で住んでもらいましょう。さ、捕まえろ!!」


 兵達が剣を抜き、アガベに刃を向ける。

 今まで華やかな生活を送っていたアガベ=ブルームは、この日を持って、地位も自由を失くしてしまったのである。


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