第十七話 「その花の名前は「ニチニチソウ」。花言葉は「楽しい思い出」「友情」」
「今夜だけ外出禁止? 何で?」
「今日、屋敷に奉仕に行った人達が村中に伝えているよ。お姫様からの伝言だって」
「何かありそうだね。手伝った方がいいんじゃないのかい?」
「いや、そう申し出た人もいるみたいだけど、断られたみたいだよ」
黄昏の丘の屋敷で。
アガベは広間に座り、天井を仰いだ。
今夜は外出しないように、村に指示を出した。
きっと村の人達を不安にさせてしまったはずだ。
だが、相手は侯爵。
しかも、筆頭公爵がオマケ付きだ。
村人達が勉学に励んでいるのは知っている。が、相手が悪すぎる。
すぐに吹き飛ばされてしまうだろう。
出来れば、今回の件に巻き込まれず、いつも通りの平和な日常を送って欲しかった。
「今ごろ、村は大騒ぎでしょうね」
アガベは広間で、村の様子を想像する。
村人達の性格上、今頃、「無理矢理でも手伝いを!」「いや、押しかけるのは良くない」と口論をしているに違いない。
思い上がりかもしれないが、思わず、笑みがこぼれる。
自分の為に時間を割いてくれる村の人達が、愛おしかった。
「でも、勝てるのでしょうか?」
夕飯の準備をしながら、シャガが不安そうに尋ねる。
テーブルクロスを敷き、食器を並べる。もちろん、その側にはランクがいた。
「何を今更。それに、これはあなたを守る為の戦いですわよ」
あの時。
シャガの背中の傷を見た時、アガベは迷いを断ち切った。
絶対に、この子を教授の元に返さない! と。
「まあ、確かに、まともに戦っては勝ち目がありませんけどね」
「何か策が?」
「うふふふ。ちょっと罠を」
人差し指を口元に持ってきて、アガベは意地悪な笑みを浮かべる。
その楽しそうな様子に、シャガは思わずにはいられない。
「本当に、アガベ様は悪い事を考えている時が一番楽しそうですね」
「あら、誉め言葉として受け取っておくわ」
「もちろん。誉め言葉ですよ」
「どうかしら?」
「信用してくださいませ」
「すごい嘘っぽいわ……」
誠意のないシャガの言葉に、アガベは笑みをこぼす。
出会った時から変わらないシャガの態度が、最近はクセになっていた。
夕飯の準備が整うと、シャガは一礼して踵を返す。
「それでは、失礼します」
「シャガ」
「はい」
「今夜は一緒に食べましょう」
「え」
アガベからの提案に、シャガは戸惑った。
身分が違う者が食事を一緒にすることは、原則禁止だ。
学校なら許されたが、ここは学校ではない。
だが、ここに来てからのアガベの心境の変化は、著しい。最近では、貴族という存在にまで疑問に感じ始めているくらいだった。
「アガベ様とあろう御方が、「最期の晩餐」ですか?」
「オホホ。私がそんな事をすると思って?」
そう言って、アガベは水の入った盃を高く掲げた。
「祝杯の練習よ」
「なるほど」
身分制を廃止出来るのは、夢のまた夢だろう。
簡単に、貴族が権力と財力を手放すわけがない。
だからせめて、この時だけは身分を超えて、テーブルを囲みたかった。
勝とうと負けようと、このような機会はもう無いのだから。
「それでは、私の分を用意いたしますね」
その晩。
十八歳と十歳の少女達はテーブルに向かい合い、言葉を交わし、食事を共にした。
あと数時間後で、決戦だ。




