第十二話 「その花の名前は「アルストロメリア」。花言葉は「未来への憧れ」」
「まあ。青いバラまで育てているの?」
夜。
屋敷の隙間から見え隠れしていた月は、今では窓からのみ覗く事が出来るようになった。その窓も斜めに曲がっておらず、綺麗にガラスがはめられている。
夜風が吹き込む事もなくなった屋敷の隅で、シャガはトランクの中にある鉢植えの面倒を見ていた。いくら魔法のトランクでも、人の手を加えなければ、花は生き長らえない。日中には水と日光を与え、夜は剪定を行っていた。
「お嬢様」
シャガは前で手を揃えて、一礼する。
それから、再び剪定にとりかかった。
彼女の前には、青いバラが咲いている。
青いバラは、自然には咲かない花だ。異国の魔法研究者が様々な花に魔法を施して、作ったと言われている。
「そうですね。これを作った人は、後先考えず、いろんな花を集めていましたので……」
「そう」
アガベは興味津々で、魔法のトランクの中身を見つめる。
見れば見る程、不思議だった。
トランクから飛び出た棚は全部で三段あり、一段ずつ四つの仕切りがある。シャガが「次」と声をかけると、全く違う花が並んだ棚が下から出てきて、前の棚は上へと消えていった。
誰が作ったのだろう?
よほど魔力の強い貴族でないと、ここまでのものを作り出すのは……。
「気になるのでしたら、一枚、差し上げますよ」
シャガは無造作に青いバラの花びらを一枚とると、アガベに渡した。
珍しい花の花びらに、思わずアガベはため息を漏らす。
「不思議な花……」
魔法で出来た花なんて。
この世の神秘に釘付けになっているところに、シャガが声をかける。
「お嬢様」
「なに?」
青いバラの花びらを胸元にしまい、アガベは顔を上げる。
我が目を疑った。
シャガが珍しくスカートの裾を弄りながら、うつむいているのだ。
「え、どうしたの?」
「お嬢様は、学校に行った事がありますか?」
「はい?」
アガベは首をひねった。
貴族に生まれたからには、学校に通うのは当たり前である。
「何をわけのわからない事を……。私は貴族の娘。学校には毎日、通っていました」
「そうですか」
「???」
何のオチもないまま、話が終わってしまった。
今の会話の意図がわからず、アガベは考える。
「ん? あなた、もしかして、学校に行きたいの?」
「……!!」
「まぁ」
アガベは思わず目を見開いた。
シャガの顔は、真っ赤に染まっていた。
子供らしくないシャガは、いつだって沈着冷静だ。抑揚のない話し方をし、あまり感情的にはならない。
しかし、今はどうだ。目を泳がせ、眉を下げて慌てふためている。
「お、お忘れください」
「……いいえ。いいえ、シャガ。学校に通いましょう!」
今まで一緒に住んでいて、情が移ったのか。
アガベはシャガの希望を無碍に捨てなかった。
それに、だ。
「魔法が使えるのは貴族のみ」という根拠のない嘘が、信じられている世の中だ。それをひっくり返す為にも、シャガの入学は世間にとっていい薬になるだろう。
平民が魔法を使えると分かれば、平民も学校に通う事ようになるかもしれない!
身分の隔たりが無くなれば、性別の隔たりだって無くなるかもしれない!
自分も魔法の授業を、たくさん受けられるようになるかもしれない!!
いい事づくめだ。
「あなたの入学を薦めてあげるわ」
「本当ですか!?」
頬をピンクに染め、シャガは興奮したように主人に近づいた。
子どもらしい愛嬌のある笑顔に、思わずアガベの庇護欲が疼いてしまう。
「まあ、お父様の裁判が終わってからになってしまいますけど……!」
ときめく胸を抑えながら、アガベは大きな声で気持ちを隠した。
シャガはわかりやすいくらい、肩を落とす。
「そうでしたね……」
それを見て、アガベは「しまった」と後悔する。
これでは、「なかなか裁判は終わらない」と自分で言っているようなものだ。
「大丈夫よ! うちのお父様は無実ですわ」
自分の気持ちを奮い立たせるべく、アガベはわざとらしい笑顔を作った。
「私は解放されて、ポピー様と結婚! シャガは入学! いい未来が待っているはず! ……いいえ、待っていますわ!!」
ポジティブな事を言えば、気持ちが明るくなると思った。が、無理をしているのが自分でもわかる。
環境は良くなったものの、不安はここに来た時とそれほど変わっていない。
むしろ、悪くなっているような……。
「ブルーム辺境伯令嬢!」
突然、見張りの兵の一人が、白鎧をガチャガチャ鳴らしながら入って来た。
いつも騒がしいので、たまには落ち着て登場できないかと思う。
「何かしら?」
「明日、予定はありませんか!?」
「軟禁の身で、どんな予定があるのよ? 夕方、いつものように村の人達に読み書きを教えるだけよ」
少し嫌味を言ってやるが、兵は特に気にした様子はない。
「では、明日の午後。時間を空けていただきたい」
「はい?」
「フルール侯爵がいらっしゃるのです! ご子息のポピー様と一緒に!」
「まあ、ポピー様が!」
アガベにとって、元婚約者のポピーの来訪は嬉しいものであった。
久々に貴族に会える事と大好きな人に会える事で、アガベは思わず浮足立つ。
「大変! 明日はオシャレしないと! シャガ、頼むわね。……いやだ~! 今日は眠れなーい!」
「かしこまりました、お嬢様」
スキップして自室に戻るアガベとは逆に、シャガは冷静に返事をした。




