第九話「その花の名前は「イヌホウズキ」。花言葉は「真実」」
「シャガ、この間の返事をしたいと思うの」
シャガの衛生的な姿に、満足したアガベは改めて椅子に座り直した。
目を輝かせて、シャガは顔を上げる。
「魔法を教える話ですか?」
珍しいシャガの表情に、アガベはゆっくりと首肯した。
しかし、その目は鋭く真剣だ。
「そうよ。でも、その前に教えて頂戴」
アガベは扇子を広げ、ここ数日ずっと聞きたかった事を質問した。
「あなた、なぜ、魔法が使えるの?」
「……」
「魔法は貴族のみが使える神業。でも、シャガ、あなたは使える。それどころか、村人達に教えてくれと言った。どういう事なのかしら?」
「……」
しばし、沈黙が部屋を支配した。
シャガは目を閉じて考え込み……、
それから、ゆっくりと目を開いた。
「神業、ですか」
やっと口を開いたかと思ったら、その言葉は嘲笑を含んでいた。
「逆に聞きますが、何故、貴族だけが使えるのですか?」
「え」
「おかしくないですか? 同じ人間ですよ。飲食を必要とし、排泄だってする。良い事があれば笑い、悲しい事があれば泣きます。怪我をすれば血を流し、無理をすれば体調を崩します」
「……同じ人間……」
それはアガベが、ここ数日で痛感していた事だ。
最初こそ拒否反応を示していたアガベだったが、ここ最近、一緒に過ごしてきたせいか、今では村の人達を家族のように扱っている。
「それはわかるわ。……でも、実際、平民達は魔法が使えない。でしょう?」
「使えないようにしている、と言ったら?」
「何ですって?」
「この世界では、平民と貴族で決定的に違う事があります」
「え……」
「更に言えば、男性と女性でも違う事を強いられている、とか。私は貴族の暮らしは知りませんが、アガベ様に心当たりはありませんか?」
「そんな事あるわk…………あっ」
アガベは思い出した。
学生の討論会の時。
男爵令嬢に伯爵令息が放った言葉を。
「女性は魔力が弱い。魔法学の授業だって受けられないじゃないか」
そうだ。
男性と女性では、授業回数が違う。特に、「魔法学」の授業を女性は受けられなかった。
という事は、平民と貴族で決定的に違う事というのは……。
学校!!?
平民は学校には通っていない。禁止されているわけではないが、学校に通うのは貴族のステータスであり、平民には関係ない事だと思い込んでいた。
「まさか、勉学によって……?」
アガベは少し身体が震えていた。
魔力が勉強で決まるなんて、想像した事なかった。
「正確に言えば、語彙力です。実は、魔力というのはそれぞれが持つ語彙力で決まるのです。身分でも性別でもありません」
シャガは当たり前のように淡々と話す。
初耳のアガベは、混乱していた。
もし、それが本当なら。
女性が強力な魔法を放つ事が可能になる。
平民達は自分達の力で、モンスター達から仲間を守れるようになる。
貴族に縋る必要が無くなる。
……この世の価値観がひっくり返ってしまう。
「そ、そんな……」
信じられず、何か否定する材料はないかと頭をフルに使う。
だが、思い当たる事ばかりだった。
「では、女性が本を読むのはみっともない、というのも……」
「そんな事まで言っているのですか、貴族は」
「貴族」という言葉に、シャガは悪意を込めて言った。
「そんなの、嘘です。いえ、正確に言えば、そう思い込んでいるだけです。全国民が魔法を使えると困る人達が、大昔、そう言いふらしたのでしょう」
「不都合な人達?」
「例えば、王族や貴族達。女性の授業数を減らしているところをみると……男性」
「……」
「というか、アガベお嬢様は素直に従ったのですか? いつもの根性曲がりは、どうされました?」
「っ!」
真面目に話を聞き入っていたのに、思わぬツッコミに、アガベは姿勢を崩してしまった。
椅子に座り直しながら、シャガを睨む。
「何なの!? そのちょくちょく出る「根性曲がり」って!」
「一見、大人しそうですのに、感情が高ぶると口が悪くなるところです」
「うっ!」
「普段から、笑顔を浮かべつつ、心の中では毒を吐いているのでしょうね」
「ぐっ!」
アガベは耳が痛かった。
まさか両親でさえ気付いていない事を、知り合って数か月の少女に見破られるとは思わなかった。
闇ウルフと戦う前に、シャガに暴言を吐き、暴力を振るおうとした事でバレてしまったのだろう。
あれはアガベにとって黒歴史である。
「あ、あの時は、申し訳ないと思っていますわ……」
恥ずかしそうに、アガベは頬をかくと、申し訳なさそうにうつむいた。
「本はね……陰でこっそり読んでいました」
今まで誰にも、ポピーにすら内緒にしていた秘密を、この少女に告白する事になってしまった。
内心、焦っていたし、悔しくて仕方がない。
そんなアガベの気持ちを逆なでするように、シャガは大きく頷いた。
「あ~ぁ。それでこそ、アガサ様です」
「……なんか腹立たしいわね……」
アガサはポツリと毒を吐いたが、シャガは聞こえているのか聞こえていないのか、話を元に戻した。
「社会的地位の高い人間がそう言えば、大勢の人の耳に入ります。やがて、それは国中に広がり、共通の認識になり、そして、「常識」になってしまう。そうなれば、誰も疑わない。「魔法は神業。貴族しか使えないし、男性の方が強い」と。みんなが「思い込む」ようになります」
「……」
ショックだった。
自分が本を読む事は、みっともなくなかった?
「いい子」のフリをしなくて良かった?
自分を殺す必要もなかった?
ただ、昔の強欲な貴族の手の中で踊らされていただけ……。
「な、なんで……?」
何とか己を奮い立たせて、アガベは質問する。
「なんで、あなたは、その事を知っているの?」
その質問に、シャガは身体をピクリと動かした。
あまり触れて欲しくなかったのか、声のトーンが低くなる。
「……私に親はいません。気が付けば、魔法学の研究者に拾われ、育てられていました。語彙力と魔力の関係に気付いた彼は、私に教育を施し、実証してみせたのです」
シャガが右手を広げると、そこから水の玉が湧き上がった。
アガベはつい食い入るように見つめた。何度も見ても、慣れなかった。平民が魔法を使うなんて。
「そして、彼は、もう一つの事実にも気付きます。……ランク」
シャガが名前を呼ぶと、いつも一緒にいる革製のトランクが傍に寄って来た。
「魔力は花によって、増大するということ」
そう言うと、シャガはトランクに向かって「開けて」と呟いた。
シャガの言葉に反応するように、トランクが開く。
「え、ええ!!?」
アガベは度肝を抜かした。
トランクは横に倒れた状態で観音開きに開く。すると、中から三段くらいの棚が飛び出してきた。どう見ても、トランクには入らないような大きい棚だ。魔法がかかっているとしか思えない。一つの段に四つばかり仕切りがあり、それぞれ植木鉢が一つ置いてある。
植木鉢には、それぞれたくさんの花が植えてある。ラベンダー、クロユリ、アジサイ、スノードロップ……。明らかに大きな花もあるのに、きちんと植木鉢に納まっている。まるで、花のミニチュア見本市のようだ。
「な、なに、これ……」
こんな代物見た事がない。
アガベは震えていたが、シャガは無表情で答えた。
「私を育てた先生が作った「魔法のトランク」です。このトランクの中なら季節や気温に関係なく、どんな花でも育てられます。大きさも関係なく、中に納められます。花の名前を呼べば、この筒を通って、どんな花弁でも取り出せるのです」
「……」
アガベは先の戦いに思いを馳せた。
闇ウルフと戦っていた時のシャガを。
「アザミの花を!」とトランクに命令すれば、筒状からアザミの花びらが飛び出た。
美しい花がいつでもどこでも取り出せるなんて、素敵だ。
しかし。
そのアザミがトゲの壁を作ったのも、確かだ。
今でもトゲの城壁は村を守るように建っている。
かなり強力な魔法だ。
そんな不安なアガベの気持ちを察するように、シャガははっきりと言った。
「そして、これは、れっきとした殺戮兵器です」




