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7 血統

 食い入るように炎を見つめるガブリエラは、幼少のころに敬愛する兄が語っていた話を思い出す。


『いいかい、ガブリエラ。空気の中には酸素ってのが含まれていて、それがないと人は呼吸できずに死んでしまうんだ。だから地下迷宮に入るときは、必ず松明や火を付けたロウソクを入れて、酸素があるか確かめるんだよ』


 兄のロイは精霊術で指先に炎を灯す。


『どうして火で確かめられるのですか?』


『簡単さ、火も酸素がないと燃えないからだよ』


『もしも酸素がない迷宮に入ってしまったらどうなってしまうのですか?』


『そうだね、酸素濃度にもよるけど全くなければ一発で即死だ』


 ――それはいつだったのか、なぜその話題になったのか、思い出せないけど会話の内容は明確に覚えている。


「酸素がないと、即死……」


 シルフの加護でもそれに近いことができるとお兄様は語っていた……。


 しかしそれはちょっとした眩暈めまいや一時的な意識消失くらいの効果がやっとであり、即死させるとなれば強力なシルフの加護が必要になる。


 犯行に使われた凶器はわたくしたちが考えていたような即死魔法ではなくて、即死させられるほど酸素濃度を薄めることができるシルフの加護が用いられた……?


 でも、そんなことができるのはギフテッド並みの所業だと、お兄様でさえ出来ないと言っていた。お兄様ができないことができる人間なんて、この学院にはいない……そう、わたくしは囚われていたのかもしれない。


 ――ひとりだけいるのだ。


 頭に思い浮かんでしまった。ギフテッドまでとは行かないまでも強力なシルフの加護を受けられる者が……。それは人工的にギフテッドを生み出そうとする家系に生まれた少女、彼女に与えられた二つ名は――。


「エアリアルリディア……」


 空気が揺らいでキャンドルの炎が震えたそのとき、ガブリエラは咄嗟に踵を変えて両腕を交差する。

 鮮血が迸り、床にいくつもの真新しい血痕が刻まれた。


 ガブリエラの眼前に片手剣を振り抜いたリディアがいた。その一撃は一切の躊躇なく、確実に命の灯を掻き消す一振りだった。

 

 本来なら心臓を確実に捉えていた一閃を防げたのは、身体の一部を硬化するナイトハルト流体術《堅牢要塞》で防いだからに他ならない。


 あの一瞬でそれを成したガブリエラは天才といえる。しかし、それでも左腕の傷は骨まで達していた。もう使い物にならない。残された右手一本で戦わなければならない。


「やはりあなたは気付いてしまったのですね」


 剣を凪いで付着した血を振り落としたリディアは、静かに剣を構え直す。


「……なぜです、リディア委員長。なぜあなたのような方がこんなことを……」


 その問い対し、リディアは感情を削ぎ落した眼でガブリエラを見据えた。

 ガブリエラの全身が粟立ち、寒気が走る。もうそこには尊敬する風紀委員長はいない。目の前にいるのは自分を殺そうと殺意を持った殺戮者だ。


「今の一撃を防ぐとは、さすがはナイトハルトの血統ですの」


 両端の口角を吊り上げた微笑んだリディアにガブリエラは挑戦的な笑みで返す。


「残念ながらそれは勘違いですわ、リディア委員長」


「勘違い?」


「わたくしは父ダリアの二番目の妻の連れ子、わたくしの躰にはナイトハルトの血は一滴も流れておりません」


「そうですか……、それは残念です。ナイトハルトの血統と本気で死合ってみたいと思っていたのに……」


「確かに、わたくしは正統なナイトハルトの血統ではありません。ですが、わたくしの中にはナイトハルトの黄金に輝く意思が流れています。その意思と敬愛するお兄様の名に掛けてあなたの身柄を拘束します!」


「いいでしょう。その綺麗な顔を切り刻んであげますの」


 ガブリエラは残された右腕で剣を鞘から引き抜いた。


 これまでのリディアとのやりとりではっきりと判ったことがある。

 リディアが対象を即死させるには条件がある。それは距離と範囲であり、共に極めて限定的であることは明白。即座に窒息させてしまえばいいのに剣で斬りつけてきたのは、単にできないからだ。

 互いの剣が交わる距離さえ保っていれば即死することはない。


 だが――。


 リディアが足を踏み出した。ガブリエラはリディアの一閃を迎え撃つ。雷のような苛烈な刺突に対して、ガブリエラは剣の腹で攻撃を受け流すも、頬が切れて線上に血が溢れ出す。

 

「素晴らしい反応ですの。さあ、遠慮しないでよろしくてよ。ブリジタリス流とナイトハルト流は共にシルフを崇拝する流派、どちらがより精霊様に愛されているか勝負しましょう」


 左手は使えない。相手は剣術大会で優勝経験もある誉れ高いリディア・オルコット、右手一本では圧倒的不利だ。


 それでもガブリエラは挑発的な笑みで、「いいえ、シルフの加護は必要ありませんわ」と言い返した。


「……なんですって?」


 リディアの瞼がピクリと痙攣する。


「こんなつまらない勝負にシルフの加護を受けるのは不敬です、きっとお兄様もそうおっしゃいます」


「ならば、一方的に斬り刻まれなさい!」


 リディアが一閃を放ち、ガブリエラは紙一重で躱す。間断なく放たれるリディアの攻撃は続く。ガブリエラは防戦一方だ。


「あと……、一人なのです……」


 攻撃の僅かな間隙でリディアが呟いた。


「あと一人殺せば私の復讐は終わる。あいつらを全員殺すまでは捕まる訳にはいかない! たとえ罪なきあなたを殺してしまったとしても!」


「ぐっ!」


 さすがはエアリアルリディアと呼ばれる剣士だ。どの一撃も恐ろしく速くて鋭く正確だ。だけど叔父様の方が、お兄様の方がもっと、もっと速くて鋭かった! それに比べればまだ生温い!


 ガブリエラは剣撃をいなしながら反撃のチャンスをうかがう。独特のステップで円を描くように委員会室を移動していく。


「逃げてばかりでどうしたのですか、ワルツでも踊っていますの?」


 攻撃の手を緩めないリディアに対して、ガブリエラは余裕の笑みを浮かべる。


「ええ、あなた如き踊りながらでも倒してみせますわ」


「生意気な!」


 ついにガブリエラは壁際に追い詰められてしまった。


「さあ、これで終わりですの」


 勝利を確信したリディアは剣を構えなおす。


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