5 ヘンリエッタ=リネット
その日の放課後、ガブリエラは魔法教師専用の研究室に向かう途中で、しゃがみ込んで花壇の薬草を採取するラベンダー色の髪の女性を見つけて後ろから声を掛けた。
「ごきげんよう、ヘンリエッタ先生」
「びぃやぎゃぁぁっぁぁぁぁぁっぁぁぁッ!!」
声を掛けた途端に彼女は心臓が止まりそうな勢いで叫び声をあげた。腰が抜けた彼女はその場にぺたりと座り込んでしまう。
「ガ、ガブリエラさん……」
恐る恐る振り返ったヘンリエッタの涙で濡れたオッドアイがガブリエラを捉えた。
ヘンリエッタ=リネット、ロイと懇意にしていた教師のひとりだ。
年齢は二十七才だか、見た目はもっと幼く見える。保健体育と結界や魔法陣を専門に教える陣界科の教師を兼任しているが、あくまで専門は陣界だ。そんな彼女は専門以外にもあらゆる魔法に精通しており、その実力は宮廷魔導師が舌を巻くほどである。
「ど、どど、どうしたの? な、なにかあった?」
動揺する彼女は手当たり次第に花壇の薬草を引き抜いている。
挙動不審だからといって彼女を犯人と決めつけることはできない。なぜなら彼女は終始おどおどしていて、これがデフォルトの状態なのだ。
「少しお時間をいただけませんか?」
「え、ええ……」
「こちらにどうぞお掛けください」
ガブリエラは近くにあったベンチの上にハンカチを取り出して敷いた。その上にヘンリエッタが腰を掛けたところで話を切り出す。
「お伺いしたいことがあります。先生は即死魔法をお使いになれますか?」
「え? はい、いちおう使えますけど……」
「成功率はどれくらいですか?」
「……一割といったところですね」
十回に一度、それは他の魔導士に比べてかなり高い確率だ。
「ヘンリエッタ先生でしたら、たとえば百パーセント即死させられる即死魔法を開発することは可能ですか?」
「そうですね……、成功率を上げることに生涯を捧げれば百パーセントは無理でも五割くらいは目指せるかもしれません」
「なるほど……」
指で顎に触れたガブリエラに、ヘンリエッタは「ただし」と続ける。
「確率を上げた分だけ、制約も大きくなります」
「詠唱時間でしょうか?」
「その通りです。ただでさえ即死魔法の詠唱は長いのに、さらに長くなれば実戦ではまず使い物になりません。それから魔力の消費だって途方もないものになるはずです。そんな魔法に生涯を捧げるくらいなら別の魔法を開発します」
「……」
考え込むガブリエラにヘンリエッタは、「と、ところでこの問答の真意は……なんなのでしょうか?」とたずねてきた。
ガブリエラはにこりと微笑み、「今年度に入り、学院で三人の生徒が死亡したことはご存知ですね」と告げた。
「え、ええ……。もちろん知っています」
「わたくしたち風紀委員会は、三件の事件を連続殺人事件とみて捜査を開始しました」
「れんぞくさつじん!?」
彼女が驚くのも無理はない。生徒たちが死亡した状況などの詳細は一部の関係者しか知らず、一般の教師や生徒たちに伏せられている。
もっとも、知らないふりをして驚いた演技をしているかもしれないが――。
「そして、遺体に外傷がまったくないことから、凶器に使用されたのは即死魔法ではないかと考えております」
ヘンリエッタの表情が固まった。どんどん青ざめていく。
「えっ……。ま、まさか……、私を疑っているのですか!?」
「そういう訳ではありません。この学院で即死魔法が使える全員に対して同じ質問をするつもりです」
「私はやってません! こ、こここ、ころろしてもいません!」
「無論、わたくしもそう願っていますわ」
「だいたい即死魔法は仲間に守ってもらいながら使うものなんです! 被害者とふたりっきりになれたとしても詠唱が終わるまでなんて待ってくれませんよ!」
「寝ている間に詠唱すれば可能では?」
「学生寮はふたり部屋です! 絶対に気付かれますし寮の入口や部屋を出入りすれば誰かに見られます! それに昨日亡くなった子は用具倉庫で見つかったって言うじゃないですか!」
「頭を打って気絶させてから即死魔法を掛けたのでは?」
「それじゃあ外傷が残るじゃないですか!」
「それもそうですわね」
ガブリエラも分かっていながらわざと会話している。どうにも彼女の反応が面白くて揶揄ってしまうのだ。そんな他愛ないやりとりが楽しくて、兄のロイも彼女のことを慕っていたのだろう。
「と、とにかく! いま述べたように即死魔法で誰かを暗殺するなんてとっても難しいです! だから私は犯人じゃありません!」
「ありがとうございました、ヘンリエッタ先生。とても参考になりました」
ベンチから立ち上がり、礼を述べたガブリエラは委員会室に向うことにした。