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ある作戦

作者: 雉白書屋

 夜。スーパーのレジ。列に並ぶその男の心臓は激しく脈打っていた。

 その理由……。聞けば誰もが『そんなことくらいでそんなに……』と呆れ、笑いもするだろう。しかし、その人にとってはそれが重大な悩み。決して理解できなくとも『気にしすぎだよ』『自意識過剰』『くだらない』『そんなことよりも世界にはもっと不幸な人が』などと切り捨てるべきではない。


 が、彼のそれは実にくだらない……



 俺は……自分が買った物から何を作ろうとしているのか店員に知られたくない。

 たとえば、コーンフレークと牛乳。

『ああ、こいつ、明日の朝かけるんだ。牛乳を』

 またはパンと惣菜のコロッケ。

『へぇー挟むんだぁ。あ、キャベツも買ってるじゃーん!』


 ……思われたくない。いや、思われはしないだろうが、しかし、その可能性が零だと誰が言い切れる?

 もし、ニヤッと笑われたら? なんなら直接指摘されるかもしれない。そうなったら俺の心はどうなる? ……どうにもならないさ。たかがそれぐらいのことで。蚊に刺された程度。

 それはわかっている。しかし、蚊に刺された痕が残る場合も……と、蚊のことはどうでもいいんだ。ただ、嫌な思いはしないに越したことはないって言いたいのさ。



「ハヤシライスのルーが一点」

 

 はい、まずカゴの中から舞台に上がったのはハヤシライスのルー。

 手に取りやすい、カゴの一番上に置いていたこいつが今日の夕飯の主役だと思っただろう? 果たしてそれが正解かな?

 シャルウィーダンス。さあ、店員よ。踊れ、俺の手のひらで踊るがいい。


「カレールーが一点」


 二番手に敬礼。お前の心に迷いを生む撹乱者の登場だ。ゲリラ作戦はすでに始まっているんだぜ?


「鶏肉が一点」


 ……あ、しまった! ハヤシライスに鶏肉は入れない! 牛だ! 牛肉を買うのを失念していた! これでは俺が今夜、鶏肉を使うチキン野郎だということがバレてしまう!


「ニンジンが一袋」


 あ、あ、あ……なんてな。俺の手はこれで終わりじゃないんだぜ。


「クリームシチューのルーが一点」


 これぞ魔のトライアングル。迷え、そして沈むがいい。

 えーっと名札、草野さんね。さあ、どうする草野よ……。カレーかクリームシチューで悩め。ハヤシの影に怯えながらなぁ……。

 ああ、それでもお前は闇雲に手を伸ばすかもしれない。だがな、ふふ、ははは! ……自分が怖いよ。 


「ビーフシチューのルーが一点」


 四聖獣降臨。東西南北の四方から張られた結界は草野、お前を閉じ込める。

 無論、ビーフシチューには牛肉だ。だが、ルーたちは混じり合い、沼のような黒と化し、そのコクによりお前を絡めとりそれ以上先へ進ませはしないのさ。そしてさらに……。


「パンプキンシチューのルーが一点」


 ハローハロウィン。今が十月とはいえ、お早いお着きで。

 作られた五芒星から生まれ出るのは西洋の悪魔か、それとも、悪しきものを封印する陰陽師の御業か。草野、お前はどちらがいい……?


「ジャガイモが一袋。玉ねぎが一袋」


 ふふん、どうした草野。カゴに伸びる手がやけに早いじゃないか。動揺し、焦っているのか? ま、仕方ないよなお前は俺の術中にハマっちまったんだからさ。


「レトルトのコーンスープが一点」


 おおっとこれは蛇足だったな。失敬失敬、オーバーキルってやつだ。

 打つ手なし。だがレジの打ち間違いは気をつけてくれよ? 何せ、出費が多くてね……。

 ま、何はともあれ、これにて閉幕。草野は俺の今日の夕飯が分からずじまいってわけだ南無三。


「福神漬けとラッキョウが一点ずつで、以上ですねお会計は――」

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