三国志演義・暴獣追撃戦~敗戦の勝者~
董卓は何の未練もなく洛陽を焼き払い、長安へ向けて出発。
袁紹率いる反董卓連合軍は洛陽を占領するも、焦土からは何も得るものはない。
曹操は追撃を進言するが、袁紹はなかなか腰を上げようとしない。
苛立った曹操は単独での追撃を決意するのであった。
声劇台本:三国志演義・暴獣追撃戦~敗戦の勝者~
作者:霧夜シオン
所要時間:約30分
必要演者数:5~8人(5:0:0)
(5:0:1)
(6:0:0)
(6:0:1)
(7:0:0)
(7:0:1)
(8:0:0)
割り振り例:5人:曹操
曹洪・呂布・連合軍兵士
夏侯惇・袁紹・董卓軍兵士1
董卓・董卓軍部将・ナレ
李儒・董卓軍兵士2
6人:曹操
曹洪・呂布・連合軍兵士
夏侯惇・袁紹・董卓軍兵士1
董卓・董卓軍部将
李儒・董卓軍兵士2
ナレ
7人:↑の6人の配役から、呂布&連合軍兵士か、袁紹&
董卓軍兵士1を分離させてください。
8人:↑の6人の配役から、呂布&連合軍兵士及び、袁紹&
董卓軍兵士1を分離させてください。
もし、この配役割り振りでも被らずに行けるよ!と言うのを発見しました
ら教えていただければ幸いです<m(__)m>
はじめに:この一連の三国志台本は、
故・横山光輝先生
故・吉川英治先生
北方健三先生
蒼天航路
の三国志や各種ゲーム等に加え、
作者の想像
を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた
め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事
も多々あります。
その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです
。
なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ
て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい
ております。何卒ご了承ください<m(__)m>
なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。
また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします
。
ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、
または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場
合がありますので、注意してください。
なお、性別逆転は基本的に不可とします。
●登場人物
呂布・♂:字は奉先。
五原郡出身。
弓馬に秀で、方天画戟を枯れ枝の如く振り回す。
ヘイ州の刺史・丁原の養子になっていたが、董卓配下の李粛の
誘いを受けて赤兎馬を与えられ、丁原を裏切って殺すと董卓に
付く。三十代。
董卓・♂:字は仲穎。
涼州の長官。
黄巾の乱では大した戦功を挙げなかったが、中央に賄賂を送る
ことで地位を保つ。十常侍の乱に乗じて都・洛陽に乗り込み、
専横の限りを尽くす。
李儒・♂:字は文優。
董卓の腹心にして知恵袋。
この主にしてこの部下あり、を地で行く。
献帝の腹違いの兄である弁王子と、その母である何太后を塔の
上から突き落として殺すなど、残虐非道の限りを尽くす。
大体四十代。
袁紹・♂:字は本初。
漢王朝の最高の役職である三公(大尉、司徒、司空)を一族から
代々輩出している、名門中の名門の末裔。
優柔不断な所もあるが、基本的には優れた人物ではある。
周囲に推されて反董卓連合軍の総大将を務める。
曹操・♂:字は孟徳。
漢の相国・曹参が末裔を名乗る。人相見に「治世の能臣、乱世の奸雄」
と評された、兵法、政治、果ては詩文にまで名を残す事になる、三国志
版の覇王とも言うべき人物だが、この時はまだほとんど力のない状態。
三十五歳。
夏侯惇・♂:字は元譲。
曹操の旗揚げにはせ参じた将。
かつて曹操の家に養われていたこともあり、弟の夏侯淵と共に
反董卓連合軍に参加する。曹操からは絶大な信頼を得ている。
曹操軍の副将的存在。
曹洪・♂:字は子廉。
曹操の従兄。
血気に逸る所もあるが、攻守に優れた将でよく曹操を支えて
いる。
曹操と共に旗揚げし、各地を転戦する事となる。
なお、正史によれば財貨と女色を好み、吝嗇家としても知られる。
連合軍兵士1・♂:反董卓連合軍に参加した各諸侯の配下の兵。
董卓軍部将・♂:↓二役を束ねる悪逆の将らしくお願いします。
董卓軍兵士1・♂:暴虐な兵らしくお願いします。
董卓軍兵士2・♂:残虐な兵らしくお願いします。
ナレーション・♂♀不問:雰囲気を大事に。
※演者数が少ない状態で上演する際は、被らないように兼ね役でお願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ナレ:董卓は洛陽を何の惜しげもなく捨て、帝や民を引き連れて西方の長安
へ都を移す。
一方、連合軍は董卓の動きと共に退き始めた汜水関・虎牢関を破り、
洛陽へと至った。
だがそこは既に黒煙の渦と火焔の海であり、留まっても得るものが
何一つない地となっていた。
その有様を眺め、歯嚙みしている男がいた。
反董卓連合軍設立の立役者、曹操、字は孟徳である。
時間はそれより少し前、洛陽に火の手が上がる直前まで戻る。
連合軍兵士1:申し上げます。
董卓は民達を全て長安に移す模様です。
曹操:長安へ? あの地は廃墟になっているはずだが…。
洛陽を砦として戦うつもりなのか?
帝だけを移すならともかく、民については腑に落ちんな…。
!! まさか!!
連合軍兵士1:? 曹操様?
夏侯惇:我が君、どちらへ?
曹操:馬を引け! 袁紹殿の元へ参る!
連合軍兵士1:は、ははっ!
曹操:まずい…まずいぞ!
【三拍】
袁紹殿!!
袁紹:おお、曹操殿、血相を変えてどうしたのだ?
曹操:ただちに全軍で犠牲をかえりみずに汜水関、虎牢関へ総攻撃をかけて
突破し、その勢いで洛陽へ攻めるべきだ!
袁紹:な、何を藪から棒に・・・?
曹操:董卓は民をも長安へ移しているという報告があった。
おそらく洛陽を焼き払う気だ!
袁紹:馬鹿な事を。
洛陽全体を巨大な城として戦うつもりなのだろう。
曹操:ならば移るのは帝だけで良いはずだ。
董卓は長安へ新たに都を建設するつもりでいるに違いない。
民はその労働力として必要ゆえ、帰る場所を奪う意味で洛陽を必ず焼
く。
袁紹:もし仮に洛陽を焼かれれば、確かに負けだ。
我らは洛陽を取り戻しに来ているわけだからな…が、しかし、そんな
事は起きまい。民を移しているのは、董卓にも人の心があるからだろ
う。
曹操:あの獣にそんな良心があると思っているのか、袁紹殿!?
袁紹:それに、汜水関も虎牢関もまだ破っていないのだぞ。
全軍を動かせなどと軽率な事は言うものではない。
曹操:ッ! 決断のしどころなのだ、本初!!
袁紹:! 血迷うな、孟徳!
洛陽は後漢王朝二百年の都だぞ。
いくら董卓でも焼くはずがあるまい!
曹操:火をつければ誰だろうと焼くことができるわ!
ここで全軍を動かす決断ができんのなら、連合軍の盟主などやめてし
まえ!!
袁紹:!!!
…汝とは昔からの馴染みだ。今の言葉は忘れてやろう。
…一度だけな…!
曹操:…くッ!!!
【二拍】
どうッ! 曹洪、曹洪はいるか!
曹洪:我が君、いかがなされたのですか?
曹操:兵をまとめてすぐに出撃できるようにしておけ!
董卓は洛陽を焼き払う気がする、が、袁紹めはそれを聞かん!
曹洪:心得ました。すぐにかかります!
曹操:用意が出来たら声を掛けろ。
【二拍】
……。
落ち着け…落ち着くのだ、たった五千の兵しかないのだぞ。
十倍近い兵力を持つ袁紹を動かさん限り、何もできんのだぞ…!
夏侯惇:我が君、失礼いたします。
曹操:夏侯惇か。…どうした?
夏侯惇:いつもの我が君らしくもありませんな。
挙兵する時も、時期を狙いすましておられた。
諸侯に対しても我が君の理にかなった言葉は、彼らをうなずかせる
に十分でありました。
わずか五千の兵であっても、我が君が連合軍の中で重きをなしてこ
れたのは、その理が誰にも曲げようのないものであったからです。
曹操:…何が言いたいのだ、夏侯惇。
夏侯惇:袁紹との衝突は、孫堅のような荒くれ者でさえ言わない、理のない
事でした。
今頃は諸侯の噂にものぼっているでしょう。
曹操:夏侯惇、俺はな――
夏侯惇:【↑の語尾に被せて】
良いのです。
そういう我が君も悪くありません。
挙兵に従って、それがしは良かったと思っているほどです。
理を忘れてしまわれる時がある。
そういう我が君で良かった。
曹操:…俺は、とんでもない事をしでかすかもしれんぞ。
夏侯惇:大いに結構です。
ご存分におやりください。
それがしはついて行きます。
曹操:良いのか?
夏侯惇:理だけでは、天下に号令は掛けられませんからな。
曹操:ふ…そうか、わかった。
これからも頼むぞ、夏侯惇。
夏侯惇:ははっ。
ナレ:曹操の予見通り、洛陽の空が黒煙に覆われ始めたのは午後だった。
汜水関や虎牢関を挟んでその煙が見えるという事は、よほど大きな火
であるという証拠であり、前線で敵と対陣している公孫瓚と孫堅を除
いた諸侯が、本陣に集まった。
連合軍兵士1:申し上げます!
董卓が洛陽に火を放ちました!
おそらく長安へ向かうものと思われます!
曹操:ただちに全軍で追撃すべきだ!
おそらく関の敵軍も撤退し始めている。
追いついて董卓を討ち果たすのだ!
それが忠義を旗印として立ちあがった我らが為すべきことだろう!
袁紹:前線では公孫瓚殿と孫堅殿が敵とすでに交戦中だ。我らも続くぞ!
袁紹・ナレ役以外全員:おうッ!!【SE代用可】
ナレ:前線にいた公孫瓚や孫堅の奮戦もあり、ついに汜水関と虎牢関は陥落
した。
その勢いで連合軍は洛陽の城に至り、消火活動と逃げ遅れた者の保護
を始める。
二日、三日と経ち、そのまま動く気配を見せない袁紹に曹操は再び
いらだちを覚えると詰め寄った。
曹操:袁紹殿! ここで足を止めていて何になる!
速やかにこのまま董卓を追撃するべきだ!
袁紹:いや、一ヶ月に渡る連戦で兵も馬も疲れている。
すでに洛陽を占領したのだから、あと数日休養しても良かろう。
曹操:焼け野原を手に入れて、何を誇ることがあるものか!
こんな所に腰を据えている間にも兵達の士気は緩んでくる。
今すぐに董卓を追うべきだ!
袁紹:私を総大将に推したのは君達だろう。
規律は守ってもらいたい。
追撃する時は、あらためて命令する。
曹操:しかし、戦には戦機というものがある。
それを逃しては勝利はありえない。
袁紹:いいや、今はここで兵達を休ませるほうが先だ。
曹操:くっ…!
本初! 汝、共に語るに足らぬわ!
ならば我らだけで追撃する!
たとえ五千の兵であろうと、断じて董卓を追い詰めて討ち取る!
はッ!
袁紹:ま、待て孟徳!
【三拍】
曹操:進軍ッ! 進軍だッ!
董卓を追いまくるのだ!
夏侯惇:ははっ!
者ども、続けッ!!
曹洪:遅れるなよ!
董卓を何としても討つのだ!
ナレ:曹操とその部隊は、飛ぶがごとく追撃を開始した。
一方、洛陽の西・長安を目指す董卓は、日が暮れた為、ケイ陽の城
で休息していた。
董卓軍兵士1:ご注進、ご注進! 一大事でございます!!
董卓:この夜中に何事じゃ!
董卓軍兵士1:曹操の軍が追って参ります!
その数およそ五千!
董卓:なにい!? ええい曹操め!
目を掛けてやった恩も忘れ、あまつさえ追っ手の先陣になるとはな!
李儒、李儒はおるか!
李儒:はっ、おん前に。
董卓:何か策はあるか?
李儒:ご安心なされませ。まずはこちらへ。
【二拍】
このケイ陽の地は兵を隠すに絶好の地形です。
あの山岳をご覧なされませ。
ここに兵を伏せて不意を撃てば、曹操と言えどひとたまりもありませ
ぬ。
董卓:ふむ、ふむ…なるほどな…言われてみればここは天然の要害の地であ
ったわ。
李儒:ましてや、勝ち戦にのっている時は周りが見えなくなりやすいもので
す。
必ず深追いして参りましょう。
董卓:そこをおびき寄せて仕留めるか。
我が知恵袋たるそちと呂布の武勇があれば、何も恐れるものは無いわ
、ははははは!
李儒:さ、相国は今のうちに長安へ向けて出発なされませ。
後から追い付いてくる呂布殿、そしてここケイ陽の太守・徐栄殿とで
、曹操に目にものを見せてやりますゆえ。
董卓:うむ、では任せたぞ。
残りの者は出発じゃ!
民どもを叩き起こせい!
董卓軍兵士1:起きろォ! 出発だ!!
急いで城を出ろ!
ぐずぐずするな!!
董卓軍兵士2:足手まといになる奴はこの場で斬り殺すぞ!!
さっさと歩けェ!
ナレ:一時、ケイ陽の城は急な出発の騒ぎで上下を問わず混乱に落ちる。
やがて董卓達が出発すると、残った者達は防戦の用意にかかった。
李儒:城門は閉じよ!
城の守りは一部の兵だけでよい!
残りは山へ伏兵となって潜むのだ!
董卓軍兵士1:あっ、あれは!?
敵だ! 敵襲ー!!
董卓軍部将:ぬうう、早くも曹操軍が来たか!
者ども、矢を放てェ!!
董卓軍兵士2:野郎ォ、これでもくらえッ!
ナレ:城壁を守備していた董卓軍の兵は、眼前に迫る兵馬の影を見て慌てて
矢を一斉に射かけた。
それより少し前、董卓達に一足遅れて呂布の部隊が、ケイ陽城へ接近
しつつあった。
だが城へ近づくと、いきなり矢の雨が降り注いできたのである。
呂布:ぬうう、ケイ陽の太守・徐栄は董相国の為に道を開き、
ここでしんがりを務めると聞いたゆえ安心していたが…
さては裏切ったか!
おのれ、ならば踏みつぶして通るまでだ!
董卓軍兵士1:はぁ、はぁ、どうだ、曹操軍め!
董卓軍兵士2:おい、ぼーっとしてないでどんどん射ろ!
董卓軍部将:いや、待て! 少しおかしいぞ…。
うっ、あ、あれは味方ではないか!
り、呂布将軍だ!
撃ち方やめッ!やめェッ!!
李儒:馬鹿者! 敵か味方か見分けてから撃たんか!!
呂布将軍、申し訳ない!
兵が敵と見間違えたようだ!!
呂布:むっ、その声は…李儒殿か!
李儒:いま城門を開ける!
しばし待たれよ!
おい、さっさと門を開けんか!!
董卓軍部将:は、ははァッ!!
門を開けよ!
急いで味方を迎え入れろ!
呂布:敵と間違えたという話だったが…もしや追っ手か?
李儒:うむ。
曹操が五千の兵を率いてこちらに迫っているとの話だ。
呂布:そうか。
して、相国は?
李儒:先ほどこの城を出られて長安へ向かわれた。
おお見られよ、まだあそこに行列が見える。
呂布:確かに…。
だが李儒殿。この城は規模も小さく守るには足らん。
貴公はここで曹操軍を迎え撃つつもりか?
李儒:いや、この城はわざと敵に与えておごり高ぶらせるために使う。
しんがりの大半は全て、背後の山に伏兵として潜めてあるのだ。
呂布:やけに守備の兵が少ないとは思っていたが、そういうことであったか
。
李儒:呂布殿も山へ向かってもらいたい。
ここにいては曹操が呂布ありと大事をとってしまい、かえって誘い込
むのが難しくなるゆえな。
呂布:なるほどな、心得た。
ナレ:すでに罠が張られつつある事など露知らず、曹操軍はやがてケイ陽城
へ殺到する。
そして瞬く間に城を突破し、逃げる敵を追って山へと足を踏み入れた
。
曹操:このぶんなら、董卓や帝に追い付くのもさほどかかるまい!
しんがりの木っ端武者どもを蹴散らして追え、追いまくるのだ!!
曹操役以外全員:【喚声・SE代用可】
曹操:うッ!? こ、これは!?
夏侯惇:いかん、敵の伏兵のようです!
曹洪:それも四方から…従兄上、これはまずい!
曹操:くっ、怯むな! 突破するのだ!
夏侯惇:駄目です! 兵の数が違いすぎます!
それに敵の奇襲で味方が動揺しています!
曹洪:支えきれません!
ここはいったん退きましょう!
曹操:く、くそっ、不案内な山道がある時点で気付くべきだった…不覚!
だが、まだ諦めん!
夏侯淵! 曹仁! 兵をまとめろ!
夏侯惇:うっ、今度は左の山手から伏兵が!
五千はいるか…!!
曹洪:!! 従兄上、右の谷からも!
曹操:ぬ、ぬうう…皆、みんなやられていく…!
【二拍】
!? 曹洪! 夏侯惇! いかん、はぐれたか…!
董卓軍兵士1:曹操を討ち取れェ!!
董卓軍兵士2:曹操を逃がすなァ!!
董卓軍部将:奴はこの乱の首謀者だ、包囲しろッ!
曹操:ぬううッ! たやすくやられてなるか!!
ッ! あそこにいるのは…!
呂布:おう、曹操ッ!
長年の野望も夢も、いま覚めたであろう!
李儒:笑止や、董相国に受けた恩も忘れて背いた天罰、思い知るがいい!!
曹操:お、おのれ…あれは確かに呂布と李儒!
李儒:それっ者ども、曹操を生け捕れッ!
呂布:奴らは完全に袋の鼠だ! かかれッ!!
曹操:くっ、もはやこれまでか…!?
いや、まだだ! こんな所で死ねるか!
董卓軍部将:おおっ、曹操が逃げるぞ!
追えっ、追えッ者どもォォ!
董卓軍部将・ナレ役以外全員:【喚声・SE代用可】
ナレ:曹操軍は完膚なきまでに壊滅させられた。
多くの犠牲を払い、曹操はからくも逃げのびる。
だが董卓軍の追撃は執拗をきわめていた。
曹操:はぁ、はぁ……お…沢だ、水を…。
【二拍】
急がねば…ッ!?
うぐっ! ッッ矢が!? うわああッぐッ!
【二拍】
う、うう…まずい、馬に、アバラをやられた…。
董卓軍兵士1:やった、当たったぞ!
董卓軍兵士2:身分の高そうな鎧を着てやがるが、誰だ…?
董卓軍部将:おお! あれこそまさしく曹操だ! 縛りあげろ!
董卓軍兵士1:おら、おとなしくしろォ!
董卓軍兵士2:へへへ、こいつはついてるぜェ!
曹操:うっ、ぐっ、くそ、む、無念だ…!
董卓軍部将:よォし、これでたんまり褒美がもらえるぞ! 引っ立てろ!
曹洪:!? 向こうにいるのは敵兵か…うっ!? あ、あれは従兄上!!
いかん!!
【二拍】
どけィ、下郎ども! 従兄上から離れろ!! でやぁッ!
董卓軍兵士1:ギャッ!?
曹洪:命が惜しかったら消えろ!はあッ!!
董卓軍部将:うぐあッ!!
董卓軍兵士2:ひ、ひいいい、助けてくれえぇ!!
曹洪:従兄上、従兄上! 曹洪です! お気を確かに!!
曹操:う…曹洪か…?
曹洪:おお、お気がつかれましたか!
曹操:軍は…味方はどうなった?
曹洪:あちこちで董卓軍の伏兵にあってずたずたに分断され、
ほとんど壊滅状態です。
さあ、私につかまってお立ち下さい。
いま逃げた兵が援軍を呼んでくるに違いありません。
曹操:だ、駄目だ…矢傷を負ったうえに、馬に踏まれた胸も苦しい…。
俺を捨てて行け。お前だけでも早く落ち延びろ。
曹洪:何を弱気な! 矢傷など大したことはありませぬ。
この天下の大乱、曹洪は無くとも、曹操孟徳は無くてはなりません!
一日でも長く生きるのは、従兄上が天から受けている使命です!
何とか麓まで逃げれば…ああっ!?
曹操:う…大河に阻まれたか…。
後からは敵兵が迫ってくる…曹洪、我らの運命は窮まったようだな…
降ろしてくれ、敵の来ないうちに自害する。
曹洪:何を言われます!
自害などと、いつもの従兄上に似合わぬ事を!
最後の一瞬まで生きる努力をするのです!
曹操:し、しかし、この怪我では…大河をとても渡りきれん。
曹洪:私が背負って泳ぎます。
少しでも身を軽くする為に、鎧を脱ぎましょう。
さ、急いで!
曹操:わ、わかった。
曹洪:さあ、しっかり掴まってください。
行きますぞ!
ッッ!
ナレ:物窮まれば通ず。
曹操兄弟はからくも轟々(ごうごう)と渦巻く大河を泳ぎ切る事に成功
する。
だが、天はあくまで彼らを試そうとするのか、渡った先には董卓軍の
旗がひるがえっていた。
曹洪:はぁ、はぁ…うっ!? あれはケイ陽城太守、徐栄の旗か!?
曹操:はぁ、はぁ、いかん、敵の手がもうここにまで回っていたのか…!
董卓軍兵士1:!? そこにいるのは誰だ!!
曹洪:し、しまった!
董卓軍兵士2:怪しい奴らだ、ひっ捕らえろ!!
曹操:見つかってしまったか…曹洪、これでは逃げきれん。
曹洪:この上は敵の屍を山と積み、曹家の兄弟が最期として人に笑われぬ
死にざまを見せましょう。
曹操:おう、よくぞ申した。
董卓軍部将:聞いたか、曹家の兄弟と言ったぞ! 曹操と曹洪に違いない!
思いがけない大将首、何としても討ち取るのだ!!
曹操:ふん、たやすくとれると思うなよ…!
ん!? あれは!
夏侯惇:そこにいるのは味方と見た!
皆、救えぇッ!
夏侯惇・曹洪役以外全員:【喚声・SE代用可】
曹洪:従兄上! 味方です! 援軍ですぞ!
曹操:おお、夏侯惇だ…! 曹仁、楽進…李典もいるぞ!
天は…我らを見捨てなかった!
夏侯惇! ここだ!
夏侯惇:我が君ーーーッッ! ご無事でしたか!
さあ、この馬へ!
よし、撤退だ!
ナレ:明け方から彼を探し回っていた味方に救いだされ、
曹操は万死に一生を得た。
ようやく安全な所で味方を数えたが、五百あるか無しかだった。
ほぼ全滅的な敗北を喫したのである。
曹操:五千いた兵が、生き残ったのはこれだけか…。
夏侯惇。
夏侯惇:はっ。
曹操:負けたな。
夏侯惇:何の、我が君はこうして生きておられます。
命ある限り、まことの男に敗北などありませぬ。
曹操:生きている。
そうだな、生きている。
夏侯惇:天は我が君を生かしました。
生きて闘えという事です。
曹洪:そうです。
従兄上、ごらん下さい。
皆がこうして喜んでいるのは、従兄上が生きてこの場に立っておられ
るからなのです。
曹操:そうか…。
自分が間違っていた。
仮にも将たる者が、死を軽んじるべきではない。
もし自害などしていたら、皆をどれほど悲しませたことか。
良い教訓になった。戦にも負けてみるがいい。
敗れて初めて悟り得るものがある。
夏侯惇:我らも得がたい体験でありました。
これからどうなさいますか?
曹操:一旦は洛陽へ戻る。
だが、そこにとどまるつもりはない。
河内郡で再起を図ることにする。
曹洪:それが良いでしょう。
夏侯惇:皆、聞け。
袁紹の本陣まで行く間、諸侯の陣を通る事になる。
だが、胸を張れよ。我らは正義の戦をしたのだ。
この結果は、断じて恥ではない!
むしろ、誇ってさえよいことなのだ。
曹操:その通りだ。
味方を多く失ったが、決して負けではない!
夏侯惇:我が君、失ったものばかりではありませぬぞ。
我が君は稀代の勇将として人の口にのぼる事でしょう。
どういう結果になる事も恐れなかった、これは無形の財産です。
曹操:そうだな。
かつて人相見の許邵が言った。
お前は治世の能臣、乱世の奸雄だと。
その言葉に満足して起ちあがった。
よろしい、天よ! 我に百難を与えよ!
乱世の奸雄ならずとも、天下の一方の雄にはなってみせる!!
ナレ:かくして曹操は敗残の軍を引き連れ、連合軍本陣まで引き上げていっ
た。
しかし、袁紹や他の諸侯に見切りをつけていた彼の眼は、
すでに絶え間ない革新の英気をたたえて、明日へと向いていたのであ
る。
END
虎牢関の戦いのすぐ後のお話になります。
楽しんでいただけたなら幸いです。