お昼は冷やし素麺その1
「お兄さん、お昼はまだだよね?」
僕は左腕についているスマートウォッチに目を落とす。もうすぐで昼の一二時が終わろうとしていた。
「もうこんな時間なんだ」
早朝に家をでて電車やバスに乗り継いできたせいか、バタバタしていた。そのせいで時間のことはすっかり忘れていた。
「私もお昼まだなんだ。簡単に作るから一緒に食べよ」
少女は僕を台所横にある管理人に招く。それからテキパキとした動作でちゃぶ台をだして、ふきんで拭く。
「冷たい麦茶飲む?」
「お願いします」
思わずでてしまった敬語に少女はクスリと笑う。
よく冷えているであろう麦茶の入った透明のポットとコップがちゃぶ台に置かれる。
「自由に飲んでくれて構わないから」
あと無線LANのパスワードはこれだからと小さな用紙を渡される。しばらく時間を潰しておいてくれということなのだろう。
少女はそこまでやると台所に降りて、調理をはじめていた。
スマホをいじっていても構わなかったのだが、少女が料理する姿に興味があった。
少女は長い髪を縛ってポニーテールにしていた。
水色のストライプの入った清涼感のあるエプロンをつけた姿は様になっていた。
「どうしたの?」
少女は訊ねてくる。僕は少女に見惚れていたとも言えず、少し言葉に詰まった。そして何とか絞りだせたのがこれだった。
「せっかくだから料理してるところ見ていてもいいかな?」
少女は最初、目を丸くしたが、その後にパッと顔を赤らめて僕から視線を逸らす。
「別に見てて面白いものじゃないよ?」
返ってきたのは否定ではなかった。少女は単純に気恥ずかしかったのだろう。
「そんなことないよ。邪魔はしないから」
「しょうがないなぁ」
少女は困ったようなはにかんだ笑みを浮かべた。
素麺を作って食べるという回ですが、3話続きます。