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中編

 伊藤京香によって実家に送りつけられた家庭用ゲーム機と乙女ゲームたち。その中でひとつだけ行方不明になっていたゲーム機本体とソフトは、次元の壁を越えていた。


 剣と魔法のRPG風乙女ゲーム「悠久の聖女と竜騎士」とゲーム機本体は、異世界のとある令嬢の頭上に召喚され、重力の法則に従うことになる。


 モナフォード家の令嬢の頭上に召喚された家庭用ゲーム機は勢いよく彼女の頭に落ち、



 ガシン!



 と音を立てる。


 プラスチックで出来ているとはいえ、重さ数キロの物体が頭上に落ちたのだからその衝撃はなかなかであり、モナフォード侯爵家の令嬢セシリアは気絶をしてしまう。


 周囲にいたメイドたちが「お嬢様!」と慌てて駆け寄ってくるが、彼女たちはぴゅうっと頭から血を流すお嬢様を見て騒然となる。



「お、お嬢様が出血されている!?」

「は、早くお医者さまを呼んで!!」

「お嬢様、お気をたしかに! 傷は浅うございます!!」



 メイドたちは上を下への大騒ぎとなるが、最後のメイドが言った通り、傷は浅かった。セシリアはすぐに意識を取り戻す。それと同時に医者の診療を受けるが、頭の傷もただの裂傷で脳に損傷はなかった。記憶が〝失われて〟いたり、言語能力や五感にも支障はない。頭を数針縫うことになったが、傷も浅く、傷跡も残らないというのがモナフォード家の侍医の診断であった。


 メイドたちはほっと胸をなで下ろす。


 モナフォード家侯爵家の令嬢セシリアはいわゆる〝悪女〟というやつでその性格はとてもきついのだ。


 今回は頭上から謎の物体が召喚されるという不慮の災難であったが、場合によってはメイドの誰かが責任を取らされるかもしれない。


 メイドたちは覚悟する。



「ちょっと、これはなによ! あんたたちがぼうっとしてるからわたしが怪我を負ったんじゃない! 嫁入り前のこの身体どうしてくれるの!」



 そのように激発し、手頃なメイドを解雇する姿が思い浮かんだが、意識を取り戻したセシリアは〝うわごと〟のように奇妙な台詞をつぶやいた。



「……乙女ゲーム」

「……剣と魔法の世界」

「……RPG」

「……悪役令嬢」

「……ヒロインは聖女様」

「……断罪エンド」

「……追放エンド」

「……修道院」

「……処刑エンド」



 メイドたちは戦々恐々し、侍医にすがる。


「やはりお嬢様は頭を強く打っておかしくなってしまったのでは? だ、旦那様にはなんと報告しましょう」


 熟練の侍医は手慣れたもので、「頭を強打した患者はしばし朦朧となり、譫妄状態(せんもうじょうたい)となる」と説明をする。


 侍医はセシリアの前に立つと、指を三つ突き出し、


「セシリアお嬢様、指は何本に見えますか?」


 と言った。


 セシリアは「……三本」と返す。


「お嬢様の名前と年齢は?」


「……セシリア・モナフォード、16歳。王立学院の二年生」


「ここがどこだか分かりますか?」


「……モナフォード家」


 明瞭に答えるセシリア、メイドたちは安堵するが、セシリアは「はっ!!」と表情を変え、侍医に掴みかかった。


「ちょっと、ドクター・ユング、今、わたしはなんて言った!?」


 面食らうユング医師。戸惑いながらも、


「お嬢様はここがモナフォード家とおっしゃったんですよ」


 と返した。


「違うわ。その前」


「自分はセシリア・モナフォード16歳とおっしゃいました」


「違うわ。その間」


「ええと、王立学院の二年生とおっしゃったような」


「そ、それよ、それ……」


 セシリアはその言葉を発すると頭を抱え、「やばいわ。とてもやばい」と発する。


 侍医とメイドは困惑するが、その中のひとりが勇気を振り絞って尋ねた。


「あ、あのう、お嬢様、なにがやばいのでしょうか?」


 セシリアはメイドの肩をがしりと掴み言った。


「王立学院の二年生ってことは、来年三年生ってことじゃない!」


 その〝当たり前の台詞〟を聞いたメイドは困惑しながら、


「は、はあ、その通りでございますが……」


 と返答する。


 セシリアは顔を真っ青にさせるとこのように言い放つ。


「つまり、わたしは来年三年生になるってことじゃない。つまり、二年後に卒業するってことよ。それがどういうことだか分からないの?」


「…………」


 肩を掴まれたメイド以外もセシリアの言葉の意味が分からないので沈黙するしかなかった。誰も共感も同情もしてくれないメイドたちにセシリアは軽く絶望をするが、たしかに今の自分は荒唐無稽な台詞を発する狂人でしかなかった。


 ただ、セシリアの頭には明確な未来が浮かんでいた。


 王立学院の卒業パーティーで繰り広げられる悲劇、侯爵令嬢セシリア・モナフォード断罪エンドが映像となってセシリアの脳を支配している。



「や、やばいわ。わたしは将来、聖女レナによって断罪されるのよ」



 濁流のように流れてくる〝未来〟の記憶。


 侯爵令嬢モナフォードは王立学院に通う聖女を傷つけた罪により、断罪される。国外追放の上、この世界で最も厳しい修道院に送られるのだ。


 それはなんの咎もない捏造された罪ではない。


 たしかにセシリアは聖女レナを虐めているのだ。今はまだ無視をしたり、皮肉を言ったりする程度だが、自分の性格を考えると虐めはエスカレートするに決まっている。


 〝要は〟先ほど頭をぶつけたときに見たような〝未来〟が現実になる可能性が高いということであった。


 このままいけば聖女レナをもっと虐めてしまうということだ。



 たとえば、


「彼女の靴に画鋲を入れたり」

「トイレのドアの前に物を置いて閉じ込めたり」

「ありもしない罪をでっち上げてそれを彼女に着せたり」


 などなど、様々な陰湿な虐めに発展する可能性があった。



 その陰湿な虐めが露見し、この国の権力を担っている竜騎士たちに断罪されるというのがセシリアの未来なのだ。



「や、やばいわ。わたし、このままでは修道院送りにされる」



 身の毛もよだつ処遇であるが、そのことをメイドのひとりに懇切丁寧に説明すると彼女は〝当たり前〟の解決方法を提示してくれた。



「あ、あの、虐めを行わなければいいのではないでしょうか?」



 恐る恐る提案してくるメイドにセシリアは驚愕の表情で言い放った。



「その手があった!」



 と。


 あまりにも大きな声だったのでメイドたちは怯えるが、セシリアは気にせずそのアイデアを出したメイドを賞賛した。


「そうよ、そう。心を入れ替えればいいのよ。虐めからはさっぱりと足を洗って、悪役令嬢を卒業すればいいんだわ」


 なんだ、簡単じゃない、と安堵のため息を漏らし、己の頭に手を添えると、痛みと共に〝別〟のビジョンが見える。


 先ほどは卒業パーティーで断罪され、修道院に送られる〝未来〟であったが、今し方見た未来はこの国の王子の不興を買ってモナフォード家をお取り潰しにされるエンディングだった。


「な、なによ、これ、どういうこと!?」


『破滅フラグはひとつじゃないんだよ』


 そんな言葉が脳の奥に響き渡る。


「……なに、今の声? もしかしてゲームのナレーション!?」


『正解だよ』


 ナレーションを名乗る神の声はそのように言い放つと、セシリアには13の破滅エンドが待ち構えていることを告げる。


「そ、そんな、わたしはちょっと意地悪なだけの普通の悪役令嬢なのに」


『その言い訳は流刑地で言うんだね――と言いたいところだけど、君は自分の悪行を改心する優しい心を持った悪役令嬢だ。君にひとつだけ能力をあげよう』


「能力!?」


『そう。いわゆるチートというやつ。剣と魔法のRPG風乙女ゲーム 悠久の聖女と竜騎士の世界ではキャラクターは〝好感度〟というパラメーターで管理されているんだ。君はそれを見れるようにしてあげる」


「好感度が見れるの?」


『そう、君に対する好意の値が見れるようになるんだ』


「つまりその好感度というやつを上げればいいのね」


『そういうこと。このゲームのヒロインの好感度を上げれば卒業パーティーでの断罪はなくなる。王子様の好感度を上げればモナフォード家お取り潰しエンドもなくなるよ』


 ナレーションは断言する。


「それはすごい能力だわ。ありがとう。その能力でわたしは生まれ変わってみせるわ」


『なかなかに頼もしい言葉だけど、君は結構な困難に挑んでいるんだよ。てゆうか、君、人望なさ過ぎ。周りを見てごらん」


「周り?」


 セシリアは言われたとおり周囲を見渡すが、侍医とメイドは謎の声と話しているセシリアに奇異の表情を浮かべていた。


『表情じゃないよ。その上にあるものを見るんだ』


「その上?」


 セシリアが視線を動かすと、メイドたちの頭上にはたしかに変わったものがあった。


「――これは数値ね」


『そう、それが君に対する好感度。ちなみにマックスは100だね』


「100が最大値ってことは……」


 メイドたちの数字を見る。一人目は「3」二人目は「6」三人目は「7」だった。


「嘘、なんでこんなに低いの?」


『日頃の君の言動のせいだと思う。心当たりはない?』


 ……ありすぎます。



 このケーキが気に入らないから隣町のケーキをダッシュで買ってきなさい。

 紅茶の温度が気に入らないから即行で入れ直しなさい。

 明日のパーティーに着ていくドレスをすぐに仕立てなさい。

  


 その他諸々、セシリアはあらゆる我が儘をメイドたちにしてきた。それでいて彼女たちをねぎらったことなど一度もない。


『ちなみに13のバッドエンディングのひとつにメイドに裏切られて没落ってのもあるからね』


 脳内ナレーションはそのように告げる。


「だ、大丈夫、今後は彼女たちにも優しくするから」


 と、にこやかなにメイドたちに愛想笑いを浮かべると、愛犬がやってくる。


 ああ、ジョセフィーヌ、あなただけがわたしの心のよりどころ、さあ、ビーフジャーキーをあげましょう、と抱き寄せるとその頭上の数値が目に入ってしまう。


「……ジョセフィーヌ、あなたもなのね」


 そのような台詞が漏れ出てしまったのは愛するジョセフィーヌの好感度が「3」だったからだ。


『犬は餌をあげる人に媚びを売ります。明日からはビーフジャーキーなしで好かれるよう努力するんだね』


「……はい」


 と肩を落とすと、どっと疲れが押し寄せる。


「……しくしく、今日はもう眠りたい」


 そのようにメイドたちに告げると、彼女たちはセシリアをベッドへ連れて行ってくれた。


 優しく介護してくれる彼女たちにねぎらいの言葉を掛ける。


 彼女たちはとても困惑する。あのお嬢様が自分たちに優しい言葉を掛けるなどあり得ないと口々に囁き、セシリアの頭部の心配を始めるが、ねぎらいの言葉は少しだけ効果があった。


 一番好感度が低かったメイドの好感度が「1」だけ上がったのだ。


 それを見てセシリアは軽く安堵すると、今後はひとりでも多くの人に好かれることを誓った。


 13もある破滅エンドを回避するには、八方美人になって誰からも好かれる存在にならなければいけない、そのように自分の心の根を入れ替える。


 こうして悪役令嬢セシリア・モナフォードの「愛され令嬢計画」はスタートする。 


下記より評価ポイントをいただけると執筆の励みとなります。

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