003 毘色の家族たち
「毘色様、お夕食の支度が整いました。」
「はい、今行く」メイドの声掛けに軽く答えて
「TOM、食事に行くのでしばらく一人でゲームでもしていて」
「はい、ネットで将棋の対戦相手でも見つけて遊んでいます。行ってらっしゃい」
TOMの返事を聞きながら僕は部屋を出て、一階の食事室に向かう。
今日は母上だけが待っていた。父上はまだ戻っていないようだ。
上座の父上の席の斜め前が母上の席で、僕はその反対側の席、母上の向かい側に座った。
「毘色、今日は編入初日で学校はどうでしたか」
ナフキンを膝に広げながら「クラスメートの中に見知った顔がありました」
「どなたですの?」
「お隣の若住職の娘さんの葵さんです」
「そうですの。ところでそのお嬢さんとはいつ知り合ったのです?」
「僕が東京に行く前の夏に偶然寺の境内で出あって、何日か遊んだことがあるのです」
「そうでしたか」と母上は微笑ましそうにうなずいた。
「そろそろ、食事を始めましょうか」と言って前菜のトマトサラダに手を付けた。
サラダを食べながら「それはそうと、魁斗兄上と音色は元気でしょうか?」
「相変わらずマイペースで頑張っているようですよ」
知留 魁斗は10歳違いの兄で学習院大学3年で経営学を専攻している。妹の知留 音色は2つ下で初等科2年に通っている。3月までは一緒に東京で暮らしていたので少し気になっていた。
「それなら良いのですが、音色が寂しがっていないかと少し心配していたのです」
「あと少ししたら夏休みでこちらに戻ってきますからそれ程心配はいらないと思います。それでも気になるのでしたら電話でもかけて見たら?」
「はい、母上。後でかけてみます」
「このトマト、とてもおいしいわ」
「ほんとですね!」
たわいのない会話を交わしながら食事が進んでいく。
メインディッシュの肉料理が運ばれてきたときに玄関の方から大きな声がした。
「今戻ったぞ。毘色は居るか?」
「はい、旦那様。奥様と毘色様はただ今お食事の最中です」と出迎えたメイド長が答える。
「そうか、では私も夕食をいただくとしようか。」と言って帽子と外套をメイド長に渡し、書類鞄からとある書類をぬき出した後、その鞄もメイド長に渡したあと急ぎ足で食堂に向かう。
「貴方、お帰りなさい。」
「うむ、急いで帰ってきたのだが、ぎりぎり食事には間に合ってよかった。
」
「毘色、確か今日から扇小学校に編入したはずだが、どうだった。」
「まあまあ、貴方。そう焦らずとも毘色は逃げませんよ。とにかくお座りになってくださいませ」
父上は上座の定位置に座り、ナフキンを広げた。
「父上、お帰りなさいませ。学校の方は、順調に編入出来て今日から普通に授業を受けて参りました。お父上のご配慮のおかげで登下校も万事順調にできそうです。ありがとうございました。それよりも食品会社の総会はいかがでしたか」
「そうか、それは何よりだ。可愛い息子のためにしたことだ、堅苦しい挨拶よりも学校でのことを話してくれ。総会の事はそのあとではなそう。」
「はい、先程母上にもお話ししましたが、同じクラスに知り合いがおりました。」
「お前の知り合いとは珍しいが、私も知っている子か?」と前妻のサラダに手を付けながら僕の方を見る。
「たぶんご存知かと思いますが、お隣のお寺の娘で葵さんという子です」
「ほう、して、どのように知り合ったのだ」と問う父に先程母上に話したように伝えると、食前酒のワインを飲みほした後
「そうか、ではこれからクラスメートとしてお隣にも挨拶をしておいた方がよいかもしれぬな」
「ぜひそうしてくださいませ。お隣とは長きにわたり縁浅からぬ関係が続いております。この機会に一層の関係改善が出来れば何よりですわ」と母も乗り気で同意する。
父上がサラダを下げさせると、メインの肉料理が皆の前に運ばれる。
「今度正式に訪ねるように都合をつけよう。ついでに寄進でもしてこようか」と機嫌よく話を続ける。
「まぁ、宗教に理解の無いあなたがどういった風の吹き回しでしょう!」
「いやいや、それもこれも毘色のアイデアのおかげだ」
「父上、僕のおかげってどういうことです?」
「他でもない、今日の総会の事なのだが、去年お前が提案した高圧圧縮加熱方式と急速減圧処理による脱水方式によって、加熱せずに調理可能となった様々な食品を低価格で売り出したのだが、特にレーションに世界中から注文が殺到して、今期すでに300億を売り上げているそうだ。まだまだ増えているので来季の売れ上げは推測さえ難しいということだった。」
「すごいわ! さすが毘色ちゃん! お母さんも鼻が高いわ。」
「ただ、工場の生産が追い付かず、24時間3交代制でフル稼働してはいるが需要の半分にも及ばないということなので、すぐに新工場を建設することに決まった。」
「そうですか、それはうれしいです。」
「そこでだ、毘色には何かボーナスをと思っているのだが、何かほしいものはないか?」
「ほしいものというか、お願いがあるのですが」
「何でも言ってみるが良い」
「実は今実験中の移動体AI端末に、衛星回線を使用したいのですがお父上の会社には航空宇宙部門があったと思いますが何とかならないでしょうか」
「衛星回線なら高価だが従量制で使用可のはずだが?」
「実験的に24時間接続で使用するとなるととんでもない金額になりますし、太い回線が必要なのでなおさらです。できれば専用衛星を確保できれば理想なのですが」
「すぐには無理だが関係会社には打診しておいてやろう。確か年末に商業衛星を打ち上げる予定で今静止衛星開発の最中だと思った。それに機能追加か回路組み込みが出来れば可能かもしれない。それまでは高くとも民営の通信会社の回線を使用するしかあるまい。がこれも関連会社を調べてはみるが」
「ありがとうございます。父上!」
「まだ、可能かどうかもわからないので礼は早すぎる。話を通したら、衛星開発班に紹介するから自分で確認してみるとよい。」
「はい、ぜひお願いいたします。」
(これでTOMと日本中どこでもフルスペックで繋がれるようになる!)
食事が終わり、お茶を飲んで一服していると父上が一束の書類を差し出して
「汎用AI開発プロジェクトから経過報告書が届いているぞ。一度目を通しておきなさい。」
お茶を飲みながらざっと目を通した後、「実はこちらからも提案をしたいと思っていたのです。」といって報告書の3ページ目を開いた。
「『汎用問題解決AIの開発と運用』この部分について、僕独自でも開発を進めていたので、その成果と今後の方針や事業展開についての展望と具体案を提案書にまとめてありますので後程関係者にメールするとお伝えください。」
「それはありがたい。開発班も少し行きずまりがあるらしく、何かヒントかアドバイスがほしい雰囲気だったのだ。これで少しは進捗が望めるかも知りない。」
「さすがに毘色は頼りになりますわ」
母上も父上も上機嫌で居間に向かうのだった。
「では、父上、母上、僕は自室で勉強とトレーニングがありますので何か用があれば呼んでください。」といって二階の自室に向かった。