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感覚の違いとは恐ろしいものだ

「紫音ちゃんお疲れ様~」

閉店時刻を過ぎた店内で掃除を終えた紫音に労いの言葉をかけた幸彦が上機嫌な様子で近寄ってきた。

間近で見る彼の顔は何度見ても整っていて綺麗だと思える。

そう考えながら紫音が会釈してエプロンを外し始めると幸彦が何かを差し出してきた。

それはシンプルだが品の良いデザインのポニーフックだった。

「これ紫音ちゃんに似合いそうと思ったんだけどつけてみてくれる?」

「はあ」

貰えるものは何でも貰うが……と紫音は素直に頷いて受け取ったフックを髪をまとめていたヘアゴムに引っかけて幸彦に見やすいように背を向けた。

「どうですか?」

「んまあ素敵!!とっても似合ってるわよ紫音ちゃん!」

無邪気な少女の様にはしゃいだ幸彦が再び向かい合った紫音に向けて満足気に笑みを浮かべる。

「紫音ちゃん飾り甲斐があって良いわぁ、また何か見つけてくるわね!」

「いえ、そんなには……」

そこまで甘える訳には、と紫音が断ろうとした時キッチンの掃除を終えた雛津がひょっこりとやって来てとても驚いた様子で声を上げた。

「あれ?!紫音ちゃんそれ……」

ポニーフックの事だろうかと紫音が不思議そうに首を傾げつつ幸彦から今貰ったことを伝えると雛津はため息をついて頭を抱えた。

「幸彦さん、気に入った子に貢ぐ癖どうにかして下さいよ……それめちゃくちゃ高級品でしょう」

「え」

「あらやだ、可愛い子を飾るのに値段の話なんて無粋よ雛津くんったら」

「……雛津さん、これいくらですか?」

紫音の言葉に幸彦が不満そうに頬を膨らませたがそれどころではない。

雛津は無言でスマホを取り出し、今紫音がつけているポニーフックと同じものが載せられている画面を見せてくれた。

そこに表記されていた値段を見て紫音は心臓が止まる様なショックを受ける。

それから雛津に恐る恐る懇願する。

「すみません、これ外してくれませんか……」

「ええー!?」

幸彦のがっかりしたような声が店内に響くが雛津はお構いなしに頷いてそっと紫音の髪からポニーフックを外して近くのテーブルにそっと置いた。

「どーしてー!?こんなに可愛くて似合ってるのに!!」

「私はこんな高級品を貢がれる様な人物では無いからです!!」

「じゃあお給料増やしてあげる!?」

「どうしてそうなるんですか!!」

「やだやだー!紫音ちゃんを飾りたいのー!」

いやいやと首を振って駄々をこねる幸彦の声を聞きつけてスタッフルームから静と司も顔を覗かせてきたので雛津が苦笑して事情を説明しに向かった。

すると説明を受けた司が呆れた様子で肩をすくめてみせる。

「貰えば良いだろ」

「嫌ですよ!こんな高級品!!」

「えー、良いじゃん紫音に似合ってんなら」

俺も見たいーと言って静がテーブルに近づいてポニーフックを雑に手に取るなり紫音の髪にそれを着けた。

「へー、似合ってんじゃん可愛い可愛い」

「でしょ!?」

「せっかく外したのに何してんですかあんたは!!」

紫音の怒りの声も気にする事無く静はにこにこと笑いながら幸彦に他にはねーの?と聞いている。

司は静と幸彦に振り回されている紫音が面白いのか意地の悪い笑みを浮かべて完全に傍観者スタイルだ。

唯一まともな感覚を持った雛津がため息をついて再び紫音の髪からフックを外し、それを片手に持った状態で紫音を慰めるようにもう片方の手で肩を優しく叩いた。

「ごめんね紫音ちゃん、幸彦さんの金銭感覚ヤバすぎて……」

「これだから金持ちは……」

感覚が違いすぎて今にも失神しそうだと紫音は頭を抱えたくなった。

何せこの喫茶店で働く前はそこそこ貧しい生活をしていたというのに、この人のおかげで色々と感覚がおかしくなってしまいそうになる。

そう思いながら紫音はまだ駄々をこねている幸彦に声をかけた。

「本当にありがたい事なんですけれど、やはり私には身に余る贈り物なので……」

身の丈に合わないものは身につけたくないのだと言うと、幸彦は渋々納得したらしく雛津の手からポニーフックを受け取った。

静はまだ納得してないのか駄々を捏ねたがそこは雛津が窘めてくれたので良かったと紫音は安堵する。

そうしてこのやり取りの後の帰り道、紫音は駐車場の前で司に呼び止められた。

「おい」

「何ですか」

何か業務連絡だろうかと首を傾げつつ足を止めると、司がタバコに火をつけながら上着のポケットから取り出した何かを紫音に向けて放り投げた。

慌てて咄嗟に手を伸ばしてそれを受け止め、投げられた物を確認するとそれはタグがついたままのシュシュだった。

「やる」

「は?」

「じゃあな」

用事は済んだと言わんばかりにさっさと車に乗り込んだ司に紫音はぽかんとしながら佇んだ。

車が動き出し駐車場を出てから数秒後に我に返った紫音は手元のシュシュのタグを確認すると、そこには常識的な値段が表記されていて思わず吹き出してしまった。

「……ありがたく頂きますか」

くすくす笑いながらシュシュをバッグにしまった紫音は帰宅の途についた。


翌日、いつものヘアゴムではなく淡いブルーのシュシュをつけた紫音を見た司は僅かに笑みを浮かべ、それに気付いた幸彦がずるいと騒ぎ出す事になるのだった。

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