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いつもの日常

とある街中の隅に建つ喫茶店。

ここは地元の人たちに愛されている喫茶店なのだが、少々風変わりな店員だらけという欠点があった。

この店に通う常連客は暗黙のルールを守って穏やかな時間を過ごしていたのだがそれを知らない客はルールを破ってしまう事が度々あった。

この店のルールは三つ。


一、店員にセクハラをしてはいけない。

二、勝手に写真を撮らない。

三、大声で騒いではいけない。


常識人ならば守れるだろうこのルール、しかし何も知らない非常識な人間は守れないらしい。



パシャリとシャッター音がして配膳中だった店員の女性こと、紫音しおんは思わず足を止めて振り返る。

するとスマホを低い位置で操作していた男と目が合い、思わず苦い顔をして汚物を見る目で男を睨み付けて注意しようとしたがそれより先にキッチンにオーダーを通し終えた同僚のつかさが乱暴な足音を立てながら男に近づき、胸ぐらを掴み上げて床に引きずり倒した。

「うちのもんを盗撮してんじゃねえよ」

ドスのきいた低い声とただならぬ雰囲気に、引きずり倒された男は何も言えずに青ざめて震え出した。

慌てて謝罪の言葉を並べ立てる男を無視して司は男を引きずりながら店のドアを片手で押し開け、そのまま男を勢い良く外へ放り投げた。

顔面から転がった男を窓から見届けてから紫音は店内に戻ってきた司の頭を銀色のトレイで勢い良く叩いた。

パコーンと小気味良い音が店内に軽く響く。

「……痛ぇ」

何しやがると言いたげに顔を顰める司に、紫音は呆れながらトレイを胸元で抱えて言った。

「やり過ぎです、もう少し穏便に追い出しなさい」

「穏便だっただろ」

あの追い出し方を穏便と言えるのかと益々呆れてため息をつき、紫音は頭を軽く押さえた。

「他のお客様が怯えるでしょう」

「……そうか?」

司の視線を辿るように周囲を見渡すと、店内にいる客の誰一人として今の騒ぎを気にする素振りもなく楽しげに談笑したり食事を楽しんでいる。

この時間は常連客が多い為、皆この荒事にはもう慣れっこらしい。

「……順応性高いお客様ばかりで何よりです」

「お前も十分順応性高いぞ」

「喧しい」

慣れたくなかったこんな職場環境と嘆きながらも紫音はテキパキと仕事をこなす。

そう、色んな意味でこの職場には慣れたくなかった。

テーブルを拭きながら紫音は小さくため息をつく。

この店は女性店員を雇わない事で有名だったのに突如現れた自分が簡単に雇われてしまった事により、悪目立ちしてしまった。

しかもこの店の特徴というか売りは『店員全員がイケメン』という……。

「紫音ちゃーん、これ三番テーブルにお願い」

キッチンから顔を覗かせて穏やかな笑みを浮かべているふわふわの茶髪が可愛らしい男性に声をかけられて紫音は頷いて出来上がった料理を取りに向かった。

この男性は藤元雛津ふじもとひなつ、イケメン店員第二号である。

「雛津ー!これつまみ食いして良いー?!」

大声であほな事を叫びながら雛津の背後に顔を覗かせたのは適当に切られたような雑な金髪の男性。

彼もまた整った顔立ちで、名前は遠峰静とおみねしずかという。

名前とは裏腹にいつも賑やかで元気が良い人だと紫音は認識していた。

「こら静!つまみ食いは一日三回までよ!」

今にも料理に手を伸ばしそうな静を叱ったのは、ミルクティー色の長い髪を綺麗に束ねた背の高い男性。

こちらもまた顔が良い。

彼はこの店のオーナーで荻塚幸彦おぎづかゆきひこといい、世間では有名な名家の生まれらしい。

と、まあこの店で元から働いていたメンバー全員が顔が良い……いわゆるイケメンだらけなので、この店の常連客には彼ら目当てで訪れる人も少なくない。

彼女たちの恨みがましげな視線が今日も痛い、と紫音は料理を運びながら心の中でため息をついた。

まあどれだけ恨まれようが、こんな給料の良い店を辞めるつもりはないのだが。

囁かれる陰口も耳を貸さなければ聞こえる事も無いしそもそも心に響きもしない。

足を踏まれそうになれば即座に足を引っ込めてしまえば良いし、偶然を装って水をかけられそうになればトレイで防ぎつつ後方に下がれば良い。

全くワンパターンだなと呆れながらも床にこぼれた水を拭く役目を司に押しつけて自分は別の席の上品な老婦人の元へ注文を取りに行く。

「紫音ちゃん、今日も美人さんねぇ。見た目は勿論だけど内面も美人さんだわ、とても素敵よ」

にっこり笑いながら老婦人が紅茶のおかわりお願いするわ、と注文しつつそう褒めてくれて先ほどの呆れも吹き飛んでしまった。

老婦人の言葉が聞こえたのか、わざと水をかけようとした女性は居心地が悪そうに席を立って会計に向かって行くのが見えた。

さり気なくこういう事をしてくれる人もいるから嬉しいものだ。

「ありがとうございます、恐縮です」

笑みを浮かべてただいまお持ちしますね、と答えて頭を下げると紫音はキッチンに向かった。

「紫音ちゃん、お水かかってない?」

キッチンから見守っていたらしい雛津が心配そうに小声で話しかけてきたので、見ての通り無傷だと制服のスカートをつまんで見せた。

「ご覧の通り、無事ですよ」

すると雛津は安堵したように笑って紅茶の準備をしながら紫音に手招きをした。

「?」

何だろうと思い近づくと口にカットされたいちごを入れられて驚いて口元を押さえながら雛津を見ると、彼は口元に人差し指を当てて悪戯っぽく笑う。

「頑張った子にご褒美」

「……ありがとうございます」

こういう事を軽率にするからイケメンは怖いなと思いつつありがたくいちごを咀嚼して飲み込み、紫音は出来上がった紅茶を先ほどの老婦人の元へ運んだ。

忙しい時間帯が過ぎ、比較的客数の落ち着いた頃キッチンから静が出て来た。

「紫音ー、疲れた」

そう言うなり静は構って欲しい子犬のように紫音の手を掴んで自分の頭に乗せ、左右に首を振り始める。

流石にセルフで撫でさせるのは哀れに思い優しい手つきで頭を撫でてやると、嬉しそうににまにまと笑った静。

まるで大型犬を飼った気分だ。

よしよしと頭を撫でていると、やがて満足したのか静は満面の笑みを浮かべてキッチンへ戻って行った。

そのタイミングでマナー違反の客を追い出していた司がホールに戻ってきたので紫音は振り向きざま司と向き合い、手を伸ばした。

「少し屈んで頂けますか?」

「あ?」

何だ何だと素直に屈んだ司の頭に手を伸ばし、紫音はそのまま遠慮無く司の頭をぐいっと下に向けて押した。

「少し縮めば可愛げがありそうなんですがねえ」

「おいこら」

てっきり司の頭を撫でるのだと思って見守っていた静や雛津や幸彦が盛大に吹き出して笑い始めたものだから、司の機嫌は一気に急降下した。

紫音は鋭い視線に臆する事無く何度か頭を押し下げた後、髪質を楽しむように優しく一撫でして笑みを浮かべた。

「ふふっ、結構柔らかい髪してますね」

滅多に見せない笑みを間近で見た司は思わず目を丸くしたが、その直後紫音は天使の様な笑顔のまま言った。

「ハゲたら風になびきそうなくらい」

「喧嘩売ってんだな?よく分かった表出ろ」

「そんな非生産的なもの売るくらいなら養毛剤売りつけますよ」

ハッ、と鼻で笑いながら肩をすくめてみせる紫音に司は鬼のような形相で頬を抓ろうとしたがそれより先に幸彦が笑いながら二人の間に滑り込んだ。

「はいはい、喧嘩はだーめよ」

「……はい」

幸彦の言葉に渋々司は手を下ろしてそれから紫音を睨んだ。

しかし紫音は全く気にする事無くくすくす笑い声を上げながらホールの定位置に戻って行った。

「……くそ、調子狂う」

「司に怯えない女の子なんて珍しいものね、逸材見つけてきたじゃないの」

「あんな慇懃無礼女だと知ってたら放置してました」

むすっとした表情でそう言う司に幸彦は苦笑して肩を叩く。

「その割には随分紫音ちゃんを気に入ってる様にアタシには見えるけど?」

「気のせいです」

即答して司は伝票を持って席を立った客に気づき、幸彦にレジお願いしますと伝えてテーブルを拭く為に歩き出した。

「乙女の勘って当たるのよ、司」

にんまり笑った幸彦の呟きは誰に聞こえる事なく店内にかかる音楽に溶けて消えた。

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