生え際の長ズボン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやはさ、いつごろから長ズボンを履き始めたか、覚えているか?
小さいころは、長袖長ズボンは軟弱に見られるきらいがあったよ。俺の周りだとさ。
半袖半ズボンこそ、元気な証! 夏はもちろん、秋だって冬だって、その格好でいる奴は珍しくなかった。軟弱だって、下に見られるのが嫌だったからな。
そんな考えを卒業したのが、すね毛の生えだした頃だっけな。
毛って、もはや大人の象徴みたいなもんだろ? どこに生えるものにしたってよ。生えだした当初は、汚いって印象が先立つもんでさ。そいつを相手に見せたくない気持ちが強い。
だからひげそったり、お手入れしたり。そんでもって手や足に生えた毛を隠したくて、袖の長いものを探して身に着けるようになり出した。
そのことに関して、少し気味悪い出来事が、小学校時代にあってな。ちょっと耳に入れてみないか?
俺が長袖長ズボンを身に着け出したのは、5年生くらいの時だったか。
周りのメンツに比べて、俺は毛深い男だった。大人のそれに比べりゃ、笑いものになるくらい薄いもんだが、クラスメートの誕生日を比べて「じいさん、ばあさん」をカテゴライズするような年ごろだ。
ちょっとでも違いを見つけりゃ、それをネタにどれくらい引きずられるか分かったもんじゃなくて、ついつい大人を気取ったガード策というわけだ。
じょじょに男子たちは、半袖半ズボン派閥と、長袖長ズボン派閥に分かれ出す。半袖から長袖で転向する奴はいても、その反対は数が限られていた。時間を重ねるたびに濃くなる生理現象に、かなうべくもない。
だが、俺の学校ではその限りではなかった。
ある日。長袖長ズボン派のひとりが、盛大にジーンズを破いて登校してきた。
ダメージジーンズにしては、傷がいまひとつ美しくない。べろんとひざ小僧の部分の生地がめくれているなんて、なかなか見なかった。そのむき出しひざ小僧には大きいガーゼが貼りつけられている。教室に来る前に、保健室で手当てしてもらったのだという。
聞いてみると、学校のすぐ手前で盛大にこけたらしい。だが、ただ転んだだけで、ここまでひどくなるだろうかと、俺たちはいぶかしんでいたよ。
そしてその日の昼休み。
長ズボン派のみんなでサッカーをしていたんだが、ボールを持ってゴールへドリブルしていた子が、思い切りずっこけた。
正直、彼のドリブルは速いとはいえない。体育の徒競走に比べれば、雲泥ののろさだというのに、その滑り具合たるや異様だった。
見事なまでのヘッドスライディング。優に数メートルは滑り、ドリブルしていたボールを遠くへ弾き飛ばしながら、半ば身体を隠すほどの砂ぼこりが舞う。
「こりゃ大惨事だろ」と駆け寄る俺らだったが、当の転んだ子は、手も顔も腕も無傷。確かにグラウンドへついて、大胆に滑ったはずなのに、そこにつくのは大小の小石のみ。そのいずれも皮膚をわずかにへこませた様子もない。
その代わり。彼の履いていたジーンズはもろに被害を受けていた。
今朝に見た、ひざ小僧だけべろ〜ん、なんて生易しいものじゃない。ひざからすねにかけてが丸見えなほど、盛大に破けていたんだ。すねのみならず、ひざのすぐ下まで初々しい産毛がのぞいているのを見ると、「やべ、大人だ」と思ってしまったのは、当時の感覚だ。
保健室で見てもらったところ、それを待っていたかのように、はがれた部分から血がにじみ出す。保健の先生も今朝に同じような状態を見たこともあり、少し険しい顔をしていたな。
今回、その子のはがれたズボンの部分は、完全にちぎれてしまっていた。俺たちはグラウンドへ引き返したものの、そのズボンの切れ端は発見できなかったんだ。
それからというもの、長ズボン派ばかりが学校の中、もしくは近隣で不意に転び、ズボンを大きく破損してしまう、という事故が相次いだ。
地形的に、まったく予想がつかない。廊下のど真ん中という、つまづくようなところがなくても転ぶ。そして、破く。
これがまた、ナチュラルダメージとは思えない。釘とかとがったものに引っかけたうえで、強く力をかけなければ、ここまで酷い破け方はしないと、誰が見ても感じたよ。
そして最初の子をのぞき、その破けた生地はズボンへ残りはしない。大胆な破け方をしているから、その破片は目立ちそうなものだけど、誰も見つけることはできなかった。
やがて、俺自身もその事故に巻き込まれた。
階段を降りていた時だったかな。これまでのことを聞いて警戒し、手すりを握りながら降りていたのに、その足元が不意に消えた。
こけるのはともかく、落ちるのまでは予想していない。手すりの握りを離してしまうほどの、勢い良い落下。俺はたちまち階段へ吸い込まれる形で、頭も突き抜けてしまう。
体感にして3秒程度だ。頭がすっかり埋まって目の前が真っ暗になるや、「ビリビリビリ」と生地を破く音が頭上へ逃げていき、俺のひざあたりがくすぐられていく。
間違いなく、ズボンははぎとられている。そう思ったときには、どしんと尻もちをついていた。
そこは一階の階段下。掃除用具に運動会の道具なども置かれている、なかば物置となっているスペース。俺はそこにある大玉の上に着地。
そのまま弾み、改めて廊下へ尻をついたが、遅れて降ってきたズボンの生地。ひとつなぎのリンゴの皮のような形になったズボンが、ひらひらと落ちてくるや、大玉の向こう。数センチも空いていない壁のすき間へ吸い込まれて、そこからすすり、しゃぶるような音が聞こえてきたんだ。
もう完全にビビって逃げ出したんだが、俺はそのとき、腰から下が完全に丸出しでな。体操着に着替えるようにいわれた。先生たちに頼んで件の場所を調べてもらったが、そこには何もなかったんだよ。