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現代日常系

成功する人は云々

作者: 平之和移


書店に立ち寄り、小説の棚を眺めるボク。今日も面白そうな本はない。純文学は苦手だし、現代大衆文学は好めない。時代に取り残されているのは知っている。


そういえば近頃はビジネス本とか自己啓発が流行りであるとネットで見た。潮流に流されるためにそれらがある書棚に向かう。


ズラッと並ぶケバケバしい本。試しに手を取りパラパラとめくる。こうしろだのああしろだの、そうすれば幸せになれると謳う手の紙束。言葉にできない違和感を表情に歪ましながら改めて本棚を見る。


幸い、金はある。趣味は読書、実家暮らしだから家賃もない。本を十冊買ったってまだ余る。勉強料としてこいつらを買おうか。


しかし何を買うか。見ると、『成功する人はバカになる』とかいうタイトルが流れてきた。他にも成功者が何をするかという追っかけ記録みたいな本がずらり。確かに、成功する人が何をするのかはちょっと興味がある。目についた物をポイポイと取り上げレジに持っていく。店員が迷惑そうに顔を渋らせていたのが印象深い。


家に帰り重たい荷物を置く。まだ午前。ボクは早速本を袋から放り出す。さて、実際に買ってきた物を並べてみよう。


『成功する人はバカになる』

『成功する人は蛇口から水を飲む』

『成功する人はスマホを見ない』

『成功する人はこの神社に行く!』

『成功する人は夏でも毛布』

『成功する人はプリウスに乗っている』

『成功する人は靴下が破れても気にしない』

『成功する人は武士道を知っている』

『成功する人は胸毛を剃る』

『成功する人はIQを超える』


成功する人って何でもするんだな。成功って文字ばかり見てゲシュタルト崩壊してきた。


まぁ買った物だし最後まで読むか。そう思い本に手を伸ばして、SNSで目にした読書法を思い出す。早く読みたくば要点のみ読め。後書きだけ読んでもいいと。なるほどやってみよう。


そんな風に読んでみると紙をめくるスピードが段違い。小説と違い映像をイメージしなくてもいい。一時間も経たずに一冊読み終えた。それで解ったのは本当に後書きだけ読んでいいということだ。なのであとの本は全部後書きだけ読んだ。


結論として、成功する人はバカで蛇口から直接水を飲むしスマホは全く見ず特定の神社に通い夏でも毛布を掛けプリウスを乗り回し靴下が破れても履き続け武士道を知り胸毛を剃りIQで計れないほど天才、ということだ。何だか本物の阿呆を見た気分だが、騙されたと思って一週間はこんな生活をしてみよう。


まず、バカにならなくてはいけない。同時に超天才にならないと。バカになるとはつまり愚者のように振る舞うということ。あえて知らないふりをして知性を隠す。そして知性は磨きあげられピカピカでないとダメだそう。


水は全部蛇口から飲む。スマホは電源を切り毛布を出して布団を敷いた。暑くて仕様がないが成功者になるためには仕方ない。


プリウスは買った。金があって助かった。もうすっからかんになった。とてもとても無能なことをしてる気がする。


靴下は破れても捨てない。肌が直接靴と触れるのが不快だが我慢だ。武士道の本も買った。古臭い思想に感じるが、これを現代風にアレンジすればいい。それって別に武士道でなくてもいいじゃないかと頭の中で声がするが無視した。


胸毛は生えていなかったので代わりに髭を剃った。いつものことだから特別感はない。


そして会社に出向く。まだまだ新卒だが仕事をテキパキこなさなければ。しかしバカにならなければいけないので、わざとミスをした。


「こら、ここが間違えているぞ。君にしては珍しいミスだ」


「いやぁスミマセン。これをどう改善すればいいでしょうか」


「いやいや、そのぐらい自分で判るだろう。前に同期にこのミスの直しかたを教えたじゃないか」痛いところを突かれた。


「そこを何とか教えてください」


「俺も時間ないんだけどなぁ」


そう言っても教えてはくれた。全部知っていることなので途中で切り上げたくなった。それを耐えて聞いた。叱られるよりも辛い時間だった。本当に正しいのかこれは。


途中、水を飲みに行った。蛇口を捻り直接水を飲んだ。


「こら、君、はしたないぞ」


一緒にいた上司に怒られた。確かにはしたないがこれが成功者への道だから諦めてほしい。そう言ったが聞き入れてくれず、結局紙コップを使うことになった。


「おい君、さっきから電話しているのになぜ出ない」


「電話? 鳴ってませんけど」


「固定じゃない。スマホだ」


そうだ電源を切っていたのだった。急いで電源を起こし電話をかけ直す。


「はい、私、A会社の事務ジム担当の者ですが」


「いやいや目の前にいるのに電話しなくてもいいだろう」


完璧な事実に流石に恥じ入った。


そうして会社での一日が終わった。プリウスで帰りながら、無力感に苛まれた。これでは成功には程遠い。


信号で止まり、ふと思う。なぜ成功しなければならないのか。金には困ってなかったし、現在の地位に不満もなかった。あのまま老後に行っても良かったとさえ思う。なぜ成功に固執しているのだろう。別に成功して得たい物なんてないのに。


バカらしい。そんな結論が俺の中でで裁定された。家に到着すると、買ってきた本は全部売り払い、プリウスも売った。


成功したい奴だけが成功すればいい。ボクは雑兵の人生でもいいから、読書する一生を送りたい。


深夜近所の神社に赴く。手を叩き、思念する。

ボクはボクなりに生きます。それがボクなりの成功法です。


後日、ボクの売ったプリ〇スが人を轢いたと聞いた。あれだけは売らないほうが良かったかもしれない。

3月分のものを投稿し忘れるところだった。なお投稿時間

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