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彼と彼女の関係はいつまでも三角  作者: ゆうま
20[ありがちな過去の痛みについて]シリーズ番号1
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第3話

 いくら考えても久美には、鴇が金森を好きな理由が分からない。

 出まかせ発言の意味や詳しい事情は、久美には分からない。だがその発言がいいものでないことは明らかだった。

 それでも鴇は笑ったのだ。呆れたような大きなため息の後で、ふわりとした優しい笑顔を見せた。


 鴇や金森に直接聞いたところで、答えるとは思えない。だが究明したかった。そしてできることなら、鴇との時間を取り戻したい。

 金森は異物だ。これまでの久美桂が歩んだ鴇との全てを風化させてしまい、これから歩む道が絶たれる。そんな気がしていた。


「小牧さん」


 話したいことがある。そう言って呼び出した相手の名前を呼ぶ。

 久美自身が避けられる理由は明白。昼間小牧に嫌な思いをさせたのは鴇だが、それは久美の発言があったからだ。

 だから久美は、来ないものと思っていた。そのため語気には意外という思いが多分に含まれている。


「やはり二人を別れさせませんか? 小牧さんもこのまま金森さんが離れてしまうのは、本意ではないはずです」


「懲りないね。そして分かってない。二人とも僕らとは離れられないよ。久美さんと鴇くんの事情は知らないけど、大まかな現状は同じだと思ってる」


 わざと間を長く置いて、久美の反応を見る。小牧の目をじっと見て、次の言葉を待っていた。

 小牧は、今の久美と自分が似ていると感じていた。だから久美がどうしたいのかがなんとなく分かる。

 そして自分と違う点は、それをするかしないか、だと思っていた。

 だが久美はしない。自分と同じで、しない。


「保護者が必要なくなるまでは誰も、今の状況から逃げられない」


「まるで逃げたいと思ってるみたいですね」


「逃げたいよ。昼間あんなこともあったしね。だから期待には沿えない」


 自傷気味に薄く笑う小牧を見て、久美は悟った。口先だけではなく本気で、依存するのを止めようとしている。

 もう自分とは違う。自分の都合で引き留めてはいけない。強くそう思うのと同時に、一緒に歩いてくれる人がいないことが寂しかった。


「卒業まで、よろしくお願いします」


「うん、よろしく」


「じゃあ私は部活に行きますね。また明日」


「また明日」


 だから足早に去るしかなかった。

 金森が変化を与える未来への、漠然とした不安を拭うことができない。似た者同士のはずだった小牧が、変わろうとしている。

 怖い。寂しい。その単語だけが、頭の中をぐるぐると巡って仕方なかった。


 久美の背中を見送った小牧は、藍川にメッセージを送った。藍川にあの問いをされて以降、初めてのことだ。

 返信はすぐに来て、その日の夜に話すことになった。


『随分と久しぶりのような気がするけど、まだ五ヶ月経たないのね。そっちの学校でも適当にうまくやってるみたいで、よかったわ』


「ありがとう。ごめん、ずっと連絡しなくて」


『……いいのよ』


 藍川は寂しそうに笑う。たった一文字がないだけで、小牧にとっての藍川の価値を知らしめてしまっていた。

 “連絡しなくて”ではなく、“連絡してなくて”と言うべきだったのだ。


『なにか用があるのよね? 最後に会ったときのことかしら』


「うん。今更だけど、返事をさせてほしくて」


『ええ』


「ごめん。気持ちは嬉しいけどって言った方がいいのは分かってる。でも歩に彼氏ができて思ったんだ。僕は多分、恋をしてる人が気持ち悪いんだと思う」


 藍川が疑問の言葉を口にしたのは、条件反射だった。小牧と金森を両片思いだと思っているのだ。不思議なことではない。

 一方の小牧は、金森が自分のことを微塵も思っていないことを分かっている。友達と思っているかすら、疑問に感じているほどだ。


「どうして……どうして、か。分からない。強いて言うならトラウマ? あ、でも藍川さんのことを気持ち悪いとは思ってなかった。むしろ応援してたし、きらきらしてるのが羨ましかった」


『そう。小牧くんのこと、全然知らなかったのね。あの子とも両片思いだとばかり思ってたもの。どうしてっていうのも、そのことよ』


「僕も知らなかった。そんな勘違いしてたんだ。彼氏のことは、歩から聞く?」


『今聞きたいわ。今の小牧くんにあの子がどう見えてるのか。それも含めてね』


 分かった、と返事をしてから気付いた。知っていることがない。

 ラーメン屋に行った当日の、大まかな出来事は知っている。だがなぜ行くことになったのか、いつの間にそれほど仲良くなったのか、というのは知らない。

 当然のように、付き合うまでの経緯も知らない。それどころか、鴇がどういった人物なのかすら知らない。知ろうとしなかったからだ。


「やっぱり、詳しいことは歩から聞いてくれる? 僕から見た歩は……気持ち悪くないよ。多分、まだ」


『そう。あの子もいずれ恋をする。そんな予感があるのね。小牧くんは学校生活、どうなのかしら?』


「まずまずだよ。……ねぇ僕たち、友達になれるかな」


 ずるい言葉だということは分かっていた。突き放せないと、分かっていて言ったからだ。

 小牧が頑なに拒否していただけで、藍川にとって小牧はずっと友達だった。小牧にとってもそうなることを望んでいた。

 そしてやっと今、小牧から歩み寄ったのだ。突き放せるはずがなかった。


『ええ、もちろんよ』


「じゃあ変われたら、また連絡する」


 自分勝手な言葉だということも分かっていた。それでも金森への依存を断ち切れていない今はまだ、友達にはなれない。そう思った。

 怒って電話を切られて、そのまま一生話す機会がないことも考えられる。そんな言葉に、藍川は笑って答えた。


『待ってるわ』








                    ***








 藍川はオリエンテーションのために大学へと、ひとり向かっていた。高校での友達はランクを落としたり不合格だったりで、顔見知りはいても友達はいない。

 どこへでも友達と一緒、というタイプではない。自分もランクを落としておけばという後悔はないが、新しい生活だ。不安もある。

 少しだけ曇っているその顔が、改札を抜けると明るい笑顔に変わった。


「連絡って言ったじゃない」


「タイミングもよかったし、驚かせようと思って。驚いた?」


「ええ、とっても」


 藍川は友達と共に、大学へと足を進める。

 道中の話題は、互いの高校生活のことでも、思い出話でもなかった。それらについて話すのは今ではないと、二人ともがなんとなく思ったからだ。

 だから小牧がこんな発言をしたのは、数日後だった。


「物心がついた頃には、歩は毎日ウチに来てたんだ。幼稚園に通うようになって初めて、両親揃ってるのが普通なんだって知ったよ。

 その頃から再婚するような仲だったわけじゃないと思う。最初は、仕事が忙しい歩の母親と、安月給だからか未就園児教室に入れられない僕の父親の、利害が一致しただけだったみたい。

 今思えば同級生っぽい会話もあったけど、詳しくは知らないな」


 あくまで事実だけであり、やはり心の内は語らない。だが藍川はそれを不満には思わなかった。

 今まで語らなかったことを聞かせてくれるのは、友情の証のようで嬉しい。そうは思うが、藍川が知りたいのは過去ではない。

 今思っていることや、未来に思い描いていることだ。


「凪、先週のノート見せてくれないか? 途中で寝ちゃってさ」


「しょうがないな」


 礼を言いながら隣に座った相手が、チョコアイスを置く。

 ゴールデンウィークが過ぎた今、昼間は暑い。この広い学食で小牧を見つけ出してから買って、やって来たのだという想像は簡単にできる。


「はぁ、冬は――」


「待て待て、慌てるな。冬の賄賂はそのときの俺が知ってる」


「期待してるよ」


 笑って言う小牧を見て、藍川も微笑んだ。

 この男子学生は藍川の友達ではない。友達を共有していないのだ。小牧が自分で立って歩いていることが、藍川にはたまらなく嬉しい。

 だからもう二度と魔が差さないようにと、強く自分を戒めた。

「ありがちな過去の痛みについて」完結です。次の第六章で『シリーズ番号1』は完結の予定です。

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