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第4話

 目を覚ました彼は、部屋を見渡す。特に変わったところはない。スマホで日付を確認するために取ろうとすると、紙が手に触れた。

 録音アプリの内容を確認するように、とだけ書かれている。彼女の字だ。内容は謝罪だろうと、彼は予想する。

 彼は理由を知らないが、彼女が彼の邪魔をしたことは確かだ。


 進んだ先には友情があったのかもしれない。歩いていたのは恋路だったのかもしれない。

 想像した彼は、小さく頭を振った。

 どちらを理想としたのかすら、彼自身にも分かっていない。

 そんな状態で聞いても仕方がない。そう考えた彼は、アプリを開かないことに決めて大学へ行った。


「あ、先輩。おはようございます」


 挨拶を返して、この道はどうだろうと考える。この後輩のことが好きなことは確かだが、どういう意味の好きなのかを理解しかねていた。

 こういうとき彼の結論はいつも同じだ。どちらでもいい。全ては彼女に任せると決めている。

 それは彼女を優先するためでも、代わりに我慢しているからでもない。彼女には自分の代わりに、自由でいてほしいのだ。

 無難な会話にキリをつけて別れようとする彼を、後輩は呼び止める。そして二人で遊びに、と遠慮がちに誘った。


 彼は言った。

 嬉しいよ。ありがとう。でも行けるかは分からない。理由は、気付いてるみたいだから分かるよね。

 ひとつ聞いてみたいことがあるんだ。勘違いしてることを訂正しても、同じことが言えるのか。


「主人格は俺だよ」


「先輩、僕のことそんなに好きじゃないんですね。気付いてますよ」


 彼は苦い表情をして視線を逸らすと、言い訳をするように言った。

 単に好みなだけだからね。あえてカテゴライズするなら、ゆるふわとか子犬系とか。そういう雰囲気が柔らかくて笑顔が似合う、可愛らしい人。

 それに一年生のときから一緒にいる友達ですら、主人格は女性の方だって思い込んだままだよ。本人もそう思ってる。


「別人格の(かた)とはあまり話さないのでよく分かりませんけど、友達が気付かない理由は分かりますよ」


 視線で問う。


「一緒にいて“あげてる”と思ってるからですよ。僕は、先輩に一緒にいてほしいんです」


 彼は首を振る。

 全ては彼女の自由に。それが彼の願いだからだ。自分が自由にできない分、彼女が自由でいてほしい。

 彼は間違いがあることに気付かない。

 自由にできないのではなく、しないのだということに。できないと思い込んでいるだけということに。


「ダメかぁ。ならこの話はお終いです。どんな意味でも、先輩が好きだと思ってることには興味を持ちたいんですよ? でも先輩の周りのことはどうだっていいんです。今日の収獲は、ある程度は信頼されてることが分かったことですかね」


 首を傾げた彼のその反応は、後輩には不満だった。


「言ったことにどんな理由があったとしても、周囲に黙ってることを言ってくれたんですよ? そういうことだと思ったんですけど、違うんですか?」


 言われてみれば、と納得した。そんな彼の反応に、後輩は満足気だ。笑顔で手を振ってまた誘うと言うと、校舎へ入って行く。

 その日から三ヶ月、彼はなにがなんでも大学に近付きすらしなかった。講義のある日には、必ず彼女が目を覚ます。


 これまで彼は、意識的にその日の人格を決定したことがなかった。自由を求め、そうあってほしいと願う。その理念に従い、可能だったそれをしなかった。

 彼が行動理念を曲げたことには、もちろん理由がある。後輩とのやり取りだ。あの言葉には、それだけの効果があったのだ。

 三ヶ月もの間避けていた大学へこれから向かおうという理由は、後輩に聞かなければならないことがあるためだ。彼にとっていい内容ではない。


 少し悩んでから、細身のカーゴパンツを履く。

 会うために洒落込んだと思われるのは癪で仕方がない。だが真剣な話をするのにあまりくだけた格好をするのもどうか。

 そう思っての、キレイめカーゴパンツのコーディネートである。

 靴を履くため玄関に腰を下ろすと、母親がやって来た。振り返って母親の顔を見た彼は、今こそ言うぞと意気込んで息を吸った。

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