第3話
突然だけど、私には気になっている人がいる。
彼女はこの話をする際にはなぜか必ず、声を潜めるようにして言う。
恋バナというものが内緒話だからだろう、とは言わないでほしい。声に出してはいないのだから、なんとも不思議だ。そういう話である。
突然始まった語りに困惑する者がいることだろう。だがどうか、彼女の独り語りを聞いてやってほしい。いいやその前に、彼女について説明させてもらいたい。
人の勧めで選んだ大学の、経済学部に通う一年生。アルバイト先のコンビニも同様で、二ヶ所とも家の近くである。
外見や性格などは、良くも悪くも目立つところがない。交際経験なし。ちなみに書籍は紙派である。主にミステリー、稀にスポーツものの漫画を読む。
絵に描いたような冴えないタイプのモブ。それが彼女である。
以上だ。では、彼女の独り語りを。
彼と私の関係は、あまり簡単ではない。だけど一言で説明できてしまう。
それを嫌がる私を受け入れて、一緒にいてくれる友達もいる。たった二人だけど人数なんて関係なくて、いるという事実をとても恵まれていると思っている。
その友達二人と買い物に行ったのが久しぶりだったからか、買い過ぎたかもしれない。また彼に怒られる。
今日は彼の服もたくさん買ったけど、彼はどれかを着るのかな。
彼が映っている写真に、私が買った服を着ているものはない。趣味じゃないから着ないらしい。
それが嘘だって気付いている。その理由も分かっている。それでも買う。考えている時間が楽しいから。
買うこと自体をとやかく言う理由は、本当だと思う。節約しなくちゃいけなくなって、漫画が買えないって。
彼はいつだって、私の代わりに我慢してくれる。
目を覚ますという感覚があり、彼女はいつの間にか眠っていたことを知る。
部屋を見渡すと、そのままだったはずの買い物袋が片付けられていた。そんなことをする人物など彼ひとりしかいない。
スマホを確認すると、買い物をした三日後。火曜日だった。二日近く眠っていたという事実に彼女は全く驚かず、動揺もしない。
大学で講義を受けた後は、本屋に行く。毎週火曜は用がなくても訪れる。図書館より本屋の方が好きなことに、特に理由はない。
男性店員に彼女が告げられた言葉は、彼女にとって思わぬものだった。断る際に言った言葉は、嘘なのか本当なのか自分でもよく分からない。
木曜から土曜をいつものように過ごし、月曜。
声をかけてきた男性書店員と大学内で顔を合わせた。言わずもがな、彼女にとっては会いたくない人物である。
だが以降も、何度でも顔を合わせてしまう。その度に彼女は逃げるのだが、話しかけるのを止める雰囲気はない。
「お前の言う通り、彼は仲良くしている。お前の態度を気にしている様子じゃないから、知っているのかと思っていた」
友人にぶつけた疑問への回答は、あっさり返ってきた。
漫画のように頭を抱えた彼女を見て友人は、渋い顔をする。なんとなくの状況を察したのだ。
呆れたように、早く言わなかった理由を尋ねる。答えない彼女に軽くため息を吐くが、突き放しはしない。
「どうしたいんだ。言いにくいなら、オレが言ってもいい。それとも彼氏のフリでもするか?」
彼女は少し考えてから、彼氏のフリを頼んだ。友人は少しも間を置かず、応えると言った。
後日その男性書店員に言った台詞は、こうだ。
「オレら付き合いだしたんだよ。だから、もう仲良くしないでほしい」
理不尽と言われてもおかしくないことのため、少々は揉めることも二人は考えていた。だがその男性書店員は、分かったと頷いただけで去って行った。
他人のものとなった彼女への興味を失ったのだ。
一方の彼も、やがてその男性書店員に興味をなくしたと友人は話す。曰く、一度仲良くなった人と疎遠になったなら、二度と関わらない方がいいらしい。
「一時期それなりに落ち込んでたから心配したのよ。今は新入生の……背の大きいゆるふわな雰囲気の子、分かる? あの子っぽいわ」
「相手もそれなり以上に気になっているみたいだから、うまくいくだろうな。けどお前に遠慮しているんだろう。告白する気はなさそうだ」
「二人が別人でそれを当事者全員が理解してたとしても、傍から見れば二股だものね。だからなんだって感じはあるけど」
彼女は考える。
それなら私は、一生誰とも交際することがないのだろうか。それとも、彼に我慢をさせて交際や結婚をするのだろうか。
彼は私に、分かりやすい我慢をさせてくれない。彼の好きな人と付き合ってほしいのに。……まともな人なら。
スマホに入力した文字だけでは伝えきれない。喋っているところを録音してはどうか。その提案を受けて、何度かは試したそれをもう一度試みる。
今度ばかりは伝わってほしい。そう願いを込めて、息を吸った。




