第3話
4限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴り昼休みになる。少年も他の生徒と同じように普段と変わらない生活を送ろうとした。
「一緒に食べるでしょ?」
教室のドアを少女自身に遮られ、反論しようとした口を笑顔に遮られる。それでも少年は一呼吸置いてから首を振り口にする。
「学校での面倒事が増えるのは避けたい…。君はいつも通り友達と食べてほしい。僕もいつも通りひとりで食べるから…」
「ダメ。アタシ、話したいことあるんだよね」
真剣な表情に威圧的な立ち方。今避けてもいつか話すことは明白だった。少年はため息を吐いて諦めたように小さく頷いた。
4人は中庭の端にあるベンチに座ると各々持参した食品を膝の上に置いた。弁当を持参している少女に、自然と左端が明け渡される。
「…それで、話したいことってなに」
「おいおい、すぐそれかよ」
「内容によっては…仲良く食事をしている場合じゃないかもしれない。僕はそう思っているからね…」
女友達がじろりと少年を見る。
「どんな内容か分かってるんだ?」
「大方ね…。昨日罰ゲームだと最初に言ったのは…他の誰かが口に出来ないから。僕は“自分は思っていないけど空気のために言った”のだと…思っている。良い友人だよ…本当に」
少女はただ、にへらと笑った。
「アタシは断られると思ってたから、だから相談されなくて当然だと思った。だから言わないんだって思ってたし。こういう言い方は嫌だけど、いつも“分をわきまえてる”から」
少年も少女も女友達の失礼な物言いになにも言わない。少年は自らが常に気を付けていることであるため腹を立てる必要がないからなのだが、少年からすると少女がなにも言わないことは意外なことだった。
少年がちらりと少女を見ると、小さく頷くだけだった。言うべきだ、と受け取った少年は小さく息を吐くと真っ直ぐどこかを見て口を開く。
「…僕には僕の目的がある。目的自体は伝えていないけれど、それは伝えてある。それでも良いと…言ったんだ」
「そう。それなら良い。アタシが口出しする問題じゃない」
「じゃあなんで聞いたんだ。俺だって少しおかしいとは思ったけど、なにも聞かなかった」
少年が再度少女をちらりと見ると、笑顔を引き攣らせていた。
「…やはりそうなんだね」
「なによ」
「なんだよ」
ため息がちに言われた少年の言葉に、同時に反応する。
「以前から僕のことを好きだと気付いていなければ、今の発言にはならないよね…」
「それがなによ」
少女は俯いていて、表情が見えない。
「…僕は「好き」とか「付き合って」とか…そういう告白をされていないんだ。彼氏のフリをしてほしい…と頼まれた。理由は聞いていない」
友人2人からしてみれば突然の告白。2人とも呆然としている。
「けれど…理由がはっきりした。君の目的は付き合うこと自体。僕が了承した時点で目的は達成された。普通に告白すれば断られるのが目に見えているから…そうしたんだ。そうだね」
少女は小さく頷いてから、首を大きく振った。
「目的は君に好きになってもらうことだよ。彼氏役を断られないってことは嫌われてないことの証明になる。」
「確かにね…」
ため息交じりに微笑むと、今度は少年が頷いた。
「どうする?別れる?その可能性を全く考えなかったわけじゃないのに彼氏役を引き受けたのはどうして?」
「…別れないよ。僕には目的があるからね。それに…今朝あれだけ派手なパフォーマンスしたのにすぐに別れるのは変だよ」
「パフォーマンスってなによ」
「発言内容は本心だけれど…目的がないのにあんなことはしないよ」
少年は少し申し訳なさそうに視線を伏せる。
「なんだよそれ。目的ってなんだよ」
「協力を仰ぐつもりはないからね…言わないよ」
男友達が胸ぐらを掴んで少年を立ち上がらせる。少女がなにか言おうとするが、少年は手で制止する。
胸ぐらを掴む手により力が入る。
「分かってんのか。俺は教科書が入ったリュックで精一杯受け止めた拳を横から片手で止めたんだぞ」
「…殴りたいなら殴れば良い。それで気が済むとは思えないけれど…」
「一昨日の世界史の授業、覚えてるか」
見守るしかない、と動かないでいた少女らは突然の言葉に首を傾げる。しかし少年は小さく笑った。
「奴隷に拷問をし続け「助けてくれ」ではなく「殺してくれ」と先に言わせた方の勝ち…先生の小話だね」
「言うのが先か、先生が来るのか先か」
聞いた瞬間少女が走り出す。
「暴力はマズいわ」
「貴族の勝手な遊びと違って、やられる方の同意もあれば明確な遊びだろ。いや、賭けか?なぁ?」
「そうだね…良いよ。けれど条件がある」
「賭けってことだな」
少年は小さく頷く。女友達は自分は無関係とでも言うように顔を余所へ向けてはいるが、視線は少年らの方を向いている。
「…変わらない」
誰にも聞こえないほど小さい声で言ってから胸ぐらを掴む相手を見る。
「その前に…警告だよ。受け止めてくれた2発目…受け止めるより避けた方が確実だと思わないかな」
「だからなんだ」
「癖なんだろうね…避けるという選択肢が僕にはなかった。僕の身体には古い痣が沢山ある。誰がつけたか…証明出来るかな。僕がいじめられていなかった証拠は…あるのかな。どう思う」
少年がにやりと笑うと、男友達は手を離すと元いた場所に腰掛ける。少年も同じようにして少女の戻りを待った。
少女が連れて来たのは屈曲な体育の先生だった。
「男子って…拳をぶつけ合うと仲良くなるらしいじゃないですか。だから仲良くなったところを見せるのとドッキリのつもりだったんですけど…演劇部に入れますかね」
「下手な言い訳は止めろ」
ギロリと睨まれても少年は目を逸らさない。
「一発…やられたんです。でも…誰がやったか分かりませんよね。先生は知っているはずです、僕のやり方。全部先生のせいにされたくなかったら…今言った通りに報告して下さい」
「これは貸しだ。良いな」
投げ捨てるように言うと、ずんずんと音を立てるように去って行く。
「だからプールの授業、毎度見学だったのか」
「…そうだよ。やはり仲良く食事…というわけにはいかないね。そうだ…僕からも聞こう。どうする?別れる?」
少年は微笑んでいた。
「なんでこんなっ」
「…君に教える義理はないよ」
男友達がなにか言おうとした瞬間、少年の頬に女友達の掌が勢い良く当てられる。
「なにが目的かなんてどうでも良いわよ。アタシには関係ないし。けど、ひとつだけ聞かせて。無暗に人のこと傷付けて楽しいわけ?」
「とても…気分が悪いよ」
「じゃあなんで笑ってられるのよ」
女友達の目には涙が溜まっている。
「僕なんかのために泣いてくれるなんて…優しいんだね」
「そんなんじゃないわ」
「…。今後のことは…君が決めれば良いよ。今日は戻るから…」
少女は、俯いて歩く少年の背中に声をかけることも手を伸ばすことも出来なかった。どうするべきか分からなかったのだろう。
「ゆりちゃん」
そう少年に呼びかけたのは、女友達だった。
「…その呼び方は止めてほしい」
振り返って応じると、
「それに僕たちはもう…いいや、元々…」
そうなにかを言いかけるが、少女と男友達の方に視線やって言葉を切る。
「家族じゃない?」
「…うん」
気不味そうに視線を逸らして頷く。
「もしかして苗字が変わったのって」
「そう、養子になったからよ。同じ施設にいたのよ」
「じゃあ痣のこと知ってたのか」
「知ってるわよ。本当は痣なんてないこと」
少年は小さくため息を吐く。
「痣の方がまだ良いと思って言ったんだけど…」
ハッとしたような表情をして慌てて口を塞ぐ。
少年は手の中でなにか言っているが、もごもごとしか聞こえない。ゆっくりと自分の鼻を指す。
「あ、ご、ごめん!」
「殺人未遂だよ…」
ネクタイを緩めると深呼吸をする。
「兎に角…そういうことだから」
「さっきのやり方が常なら、君はもっと噂になるはずだよ。どうしても必要なときに、最低限の人しか見られないようにやるんでしょ。それならやっぱり君は」
「違う」
少女の言葉に被せて、これまでになく強く言うと俯く。
「君が…僕をどう思っているかは分からない。けれど…僕は君が思っているような人ではないんだよ」
少年の左側から強い風が吹いて、髪を巻き上げる。少年の左目周辺には、いくつもの黒く丸い火傷のようなものがあった。




