第1話
体育館裏に2人の少年少女がいた。
「こんなところまで呼び出してごめんね」
そう謝ったのは学園のアイドルと呼ばれる存在の少女。
「いや…、別に…」
少し口ごもりながらそう言って彼は視線を泳がせた。ぼっち、コミュ障、根暗の3点セットでスクールカースト最底辺に生きる少年である。
「それで…話したいことってなに?」
彼はここへ赴いたことを後悔していた。
「うん、あのね。私の彼氏のフリをしてほしいの」
「僕でよけ…フリ?」
「うん、フリ」
「あ、違う。これは告白されると思ったとかじゃなくて、罰ゲームかなにかだと思ったからであって…」
慌てる少年に少女が不愉快そうな顔を向ける。
「私が罰ゲームで告白するような人に見えるって意味?」
「ご、ごめん…」
少女はため息を吐く。
「謝ってほしいなんて思わない。けど、悲しいな」
「悲しいかな。僕は普通だと思う」
「どういう意味?」
ハッとしたような表情をして視線を泳がせるが、少女はそんな少年をじっと見て動かない。
「…誰だから罰ゲームだと思ったってわけじゃないんだ。誰だって多勢に無勢じゃ勝てない。やりたくなくなって、やらなくちゃいけないことはある。ましてや人は“今”を簡単に捨てられない。仮にそれが出来たとしても、僕ごときに告白することを避けるために捨てられる物なら、元から持ってなんていないと思うんだ。不必要だからさっさと捨てているはずだよ。人が持てる物は少ないからね。君は…人気者だからこそ、それを知っているはずだ」
普段しているように、俯いて小さな声で言った。しかし普段とは違い、はっきりと一気に言い切った少年は小さく息を吐いた。
「自己評価が低いんだね。どうして?」
「…君こそ、どうして僕に彼氏のフリなんて」
「適任だと思ったから」
にこりと笑う少女に苦笑いを返す。その理由を聞いているんだけど…。そうは思っても口にはしない。
「ダメかな」
艶めいた唇で言い、不安そうに目を潤ませる。ポニーテールに結いきれなかった短めの黒髪が、風になびいた。
それは、彼に“彼女”を思い出させた。あの日、あのとき、言えなかった思いを、言葉を、思い出させた。
「分かった。良いよ」
「本当?!良かったぁ」
心底安堵したように微笑み、胸の前で自らの手をもう片方の手で包む。
「君がなにを思ってそうしたのか、僕は聞かない。けれど…ひとつ覚えておいてほしいことがある」
「なに?」
微笑む少女は、彼のこの言葉を全く予想しなかっただろう。
「僕には好きな人がいる」
2人の間に風が吹いた。今度は少年の長い髪を巻き上げる。2度の風が巻き上げた2人のシャンプーの匂いは、同じだった。
思わず固まった少女は少年の小さな呼びかけに肩をびくりとさせた。
「じゃあ…その子には言っておかないとね」
「……言えば誤解されたくない理由があると考えるのが普通。理由はなんだと思う」
少年の問いに、少女は俯く。
「答えには簡単に辿り着くのに、それを口に出来ない。相手に同じ思いをさせる気。僕は…反対だな」
「私に言うってことは、それくらいどうでも良くないってことでしょ?だったらどうして彼氏のフリなんて引き受けるの?」
真っ直ぐ問いかける少女の視線から逃げるように顔を逸らす。
「僕には僕の考えがある。立ち入ってほしくない。…相手が誰なのかも、聞いてほしくない」
「分かった」
少年は小さくため息を吐くと再び少女の方を向く。
「それで…なにをすれば良い」
「なにって?」
「…君は目的があって彼氏のフリを依頼したはず。目的を達成するために、なにをするべきかを聞いている」
納得したように頷く少女に、少年は思わずため息を吐いてしまう。
「さっきは目的を聞かないと言ったけれど、なんと言うか、うん…まぁ、どうにも頼りない。僕だっていつまでも拘束されたくもないし、差し支えなければ聞かせてほしいんだけど…」
「好きな人を教えてくれるなら良いよ」
「…ひどい交換条件だね。僕は協力する立場だよ」
そうは言ったものの、少年は気付いていた。ただ利用されるだけ、協力するだけではないと、明言をしてしまっている。
「考えがある。そう言ったよね?」
「…言った」
「だったら君にも目的はあるはずだよ。相手は私でなくても良かったけど、条件に当てはまるから私に協力しつつ自分の目的を達成する。たまたま私が協力を依頼したからって、それを盾にするのはナンセンスだよ」
やはり指摘してきた。しかも弱いが攻撃のおまけ付き。防御力は高い。負けなければ勝てる。そういう戦い方。
考えはそこまでにして、少年は小さく笑う。
「良い趣味だね…」
「それって絶対褒めてないよね」
なにも言わず、少年は小さく頷く。
「こう言うと君の友人かと誤解するかもしれないけれど…」
少年は一度言葉を切ったが、少女はなにも言わず少年が続ける言葉を待っている。
「君には言えない」
少女はうーん、と考える仕草を見せる。
「前置きがあるってことは違うってこと?って思わせる作戦?」
「そんなに深読みされると困る…」
「意地悪だったね、ごめん」
ふわりと笑って、手を握った。
「なっ…!」
「なんでそんなに照れてるの?一度も女の子の手を握ったことがないわけじゃないでしょう?」
「…それは、あるように見えるってこと」
不思議そうな顔をして、少女は頷く。
「カッコいいしね」
「からかうのは止してほしい」
少年が手をそっと離すと、少女はさらに距離を詰めて少年の前髪を上げる。
「私は本気。どう思ってくれても良い。君の感想は君だけのものだから。でもね、私の気持ちは変えられないよ」
「分かったから…手を離して」
にっこり微笑むと前髪を上げていた手を離して、再度手を握る。
「…こっちも離して」
「嫌。このまま教室に行こう!」
「なに言って…!目立つ!」
少女が走り出し、手を握られたままの少年も走る羽目になる。
「私と付き合うのに、そんなの無理に決まってるでしょ?」
「自分で言うんだ…」
「どうして“そう”なのかは分からなくても“そう”なのは分かるよ。君もそうでしょう?」
「僕…?」
横目で振り返るように見て、微笑む。それは一瞬のことで、すぐに前を見た。
「第一印象で教室を支配する者とその従者、そして下々の者の配置が粗方決まって、大抵それは覆らない。君は、私が教室の支配者である理由が分かってない。でも私が教室の支配者であると分かってる。私と同じだよ」
「物騒な言い方…」
「綺麗な言葉で飾った方が良い?私は、その方が恐ろしいと思う」
少年は小さく頷くと、
「同感だよ…」
そうため息交じりに呟いた。
「君にとって、このテストプレイが良いものになることを願ってる。君も私の目的の達成を願ってね」
満面の笑みの少女に、少年は力なく微笑んだ。
勢い良く少女が教室のドアを開ける。少女は当然のごとく、一緒に入って来て手を繋いでいる少年にも注目が集まる。
「どうしたの?」
「告白、成功したんだ!」
少女の言葉の真意を読み取るためか、教室が静かになる。
「喜んでくれないの?」
「ただ処理が追い付いていないだけだと思う。いきなり僕と付き合うと言われてすんなり喜べる変わり者なんて、この指止まれが出来る数がいるかどうか…」
「またそうやって卑屈なこと言う」
少年は若干面倒そうに視線を逸らす。
「告白されてOKの返事したってこと?」
「そう…」
「部活も入ってないのに、なんの罰ゲーム?ウチら知らないんだけど」
「僕もそう思って念のため、失礼だと思うけど…と付けてそう言ったら怒られた。そのままなし崩し的に。尻に敷かれる未来が見える…」
少女が肘で小突くと少年がほら、と言うように肩をすくめる仕草をして見せる。
「私が悪いみたいに言わないでよ」
「そう聞こえたのなら、そういう自覚がある…ということになる」
むくれた表情をする少女をちらりと見て、またすぐに逸らすとため息を吐く。
「兎も角、君の告白が嘘でないことは一先ず信じるから…いい加減この手を離してほしい」
「嫌」
不機嫌そうに言った少女は、少年の腕に自分の腕を絡めた。




