第7話
少年が目的の場所へ到着すると、少女は待っていた。
「休日になんの用だ」
不機嫌そうな声で言いながら少女の正面に座る。
「開口一番にそれ?」
「他になにか言うことがあるのか。ああ、そうか。言うだけ言って電話を切って、かけ直しても出なかったことに文句を言えば良いのか」
そう、少年が不機嫌なのは休日に急に呼び出されたためだ。文句を言いながらも律儀に行くのは相手が少女だったからに他ならない。
「その服似合うね、とか?」
「僕はファッション、特に女性のファッションについては全く分からないからな。思ってもいないことは言えない」
「お世辞だって分かってることなら良いと思うけど」
少女はわざとらしく唇を尖らせる。
「はいはい、その服は君にとても似合っている」
投げやりに言うと、小さく右の頬骨をかいた。少女はそれで満足したのか、なにも言わずに微笑んだ。
「それで、なんの用だ。来たら分かると言っただろ。だが全く分からない」
少女は少し不服そうな顔をしたが、それは一瞬のことですぐに微笑む。
その表情のままなにも言わない少女を見ながら、少年は電話でのやり取りを思い出していた。
厚いカーテンを閉めていても陽の光が眩しくなってきた時間。
少年はぼんやりとした頭でその日の予定を考えていた。それが決まりかけたとき、着信を知らせるためにスマートフォンが小刻みに震える。相手を確かめもせず電話に出た。
「こんにちはって言おうと思ったのに、おはよう?」
少女の言葉は最もなもので、少年の声はすこぶる眠たそうなものだった。
時計の短針は11に重なろうとしている。つまり真昼間である。
「……君か。おはよう。おやすみ」
「ものすごくナチュラルに二度寝しようとしてるね」
「…二度寝じゃない、六度寝だ。休日なんだから良いだろ」
「駄目」
きっぱりと放たれた言葉に不機嫌そうなため息を吐く。
「君にそう言われなくてはいけない理由が分からない。心象が良くないのは分かる。だから「良くない」と言われるのなら分かる」
なにかを言おうとする少女を遮って、少年は矢継ぎ早に言う。
「やはり寝るけれど、なにも言わない。しかしどうして「駄目」だと言われなくてはいけないのか」
再度睡魔が襲ってきたのか、呂律の回らない口調で“睡眠がいかに大切であるか”について語り始める。
「蘊蓄は大丈夫。それより、今すぐ駅前のアッテリアに来て」
「無駄な知識をひけらかしているみたいな言い方だな。一応言っておくが、蘊蓄にそういう意味はない」
少年は口をへの字に曲げており、不服そうだ。
「自覚があったんだね。じゃあ今すぐ駅前のアッテリアに来て」
「嫌だ。なにも「じゃあ」とはならないし、一体なんの用があって行かなくちゃいけないんだ」
「来たら分かるから。今すぐだよ」
「行かない」
きっぱりと言い切った少年の耳に届いたのは少女の寂しそうな声色。
「待ってるから」
言葉に詰まっている間に電話が切られてしまう。三度かけ直しても、少女は電話に出ない。
少年はため息を吐くと部屋を出て洗面台の前に立った。
そこで初めて使い古した箒のような寝癖を見る。そして、眠気覚ましにもなるためシャワーを浴びようと決めた。
「シャワーを浴びて出かける。ラフな格好で適当に選んでおいてくれ。自転車で行くから車は必要ない」
礼をして忍者のように静かにいなくなった男の選んだ服を着て少年は家を出た。
思い返しても、少年はここへ来るように言われた理由が分からない。微笑んでいる少女を見て小さく首を振った。
「ハンバーガーが食べたいの」
「食べれば良いだろ。なんのためにハンバーガー屋にいるんだ」
視線をどこかへやって投げやりに言われても、少女は変わらない笑顔のままだ。
「それから映画が見たい。そのあとは服を見て、家まで送って」
少年はため息を吐いて「まるで絵に描いたようなデートコースだな」と言おうとした。だが止めた。少女が悲しそうに笑っていたからだ。
「…どうして、僕なんだ」
「私ね、自分のことが嫌いなの。だから私のことが好きなんて言う人の感性を信じられない」
それは少年にも良く分かることだった。
価値観が合わない者とはいずれ破綻する。ましてや双方が常に向き合うべき人物、自らの視点で見れば“自分”に対しての評価が大きく異なれば異なるほど、価値観の相違に苦しむことになる。
だから少年は誰とも馴れ合えないのだ。
「でもデートはしてみたい」
それは、少年には分からないことだった。
「あなたなら付き合ってくれると思って」
「君なら誰でも喜んで付き合うだろ」
「目の前にいる人は喜んで付き合ってくれないから、それは違うかな」
「何事にも例外は存在する。これは明らかな人選ミスだ」
少年はバツが悪そうだ。
「本当に?」
頬杖をついて少年をじっと見ると、微笑む。
「どういう意味だ」
言いながら左の耳たぶを触る。
「だって、あなたは理由も目的も分からないのに家を出た。例えどれだけ悩んだんだとしても、その時点でなにも変わらないよ」
「僕は……。その、あれだ、閉店まで居座られたら店が迷惑するだろ」
「へぇ優しい」
ニヤニヤとした笑顔で少年を見る。少年は一度手を離していた左の耳たぶに再度触れ、後ろを向く。
「なににするんだ」
「え?」
「食べるんだろ、ハンバーガー」
少女はパッと表情を明るくすると大きく頷いた。
「おまかせ。はい、よろしく」
差し出されたお札を受け取るのを断って一歩踏み出す。
「気を遣ってるの?」
少女の声は暗かった。振り向くと、俯いている。
「なににだ?こういうときは男が払うものなんだろ?なにで読んだのか聞いたのか忘れたが、そう認識して記憶している」
少女が大きな声で笑い出す。
「いつの時代のこと?それに私が誘ったんだから、受け取って」
「分かった」
差し出された札を受け取って注文口へ行く。そこで初めてメニュー表を見た少年は種類の多さに驚く。
この普通っぽいので良いか、と注文する。しかし店員に単品かセットかを問われると、目に見えて焦る。
「セットでしたらポテトのSサイズとドリンクがつきます。ドリンクはこちらから選んでいただけます」
少年はセットを選択し、ドリンクは烏龍茶と紅茶を注文。席へ持ち帰ると少女がくすくすと笑った。
「分からないなら言ってくれれば良かったのに」
「慣れていないんだ、仕方がないだろ。それに種類があり過ぎる。老若男女問わずターゲットにしているためだろうが、絞った方が材料費や作業効率は…」
「分かった、分かった」
そう少年の言葉を遮って手を合わせ、紙に包まれたハンバーガーを手にする。
「紅茶と烏龍茶だ。ガムシロップとコーヒーミルクは持って来た」
「ありがとう」
少女は迷わずガムシロップとコーヒーミルクが寄せらせた方を選択し、迷わずそれらを入れた。美味しそうに飲み食いしている少女を見て、少年は小さく微笑む。
「映画はなにを見るんだ」
「時間もないし、映画は良いや。それより服見よう、服」
「女性の買い物は長いと聞く」
少女が笑顔で頷く。
「その都市伝説は間違いじゃない。というより正しいね」
「デートというものは双方が楽しいものでなくてはいけないだろ。長い買い物に付き合うのが楽しいのか」
「へぇ、普通のことも言うんだね」
笑顔のまま言う少女に長く大きなため息を吐く。
「楽しくないだろうことを分かっているという認識で良いのか」
「でも付き合ってる女の子が可愛くなるのって嬉しくない?」
「君は今のままで十分可愛いだろ」
少女は少しの間呆けた顔をしていたが、照れた笑みを浮かべる。
「ありがとう」
少年は少し頬を赤らめて右の頬骨をかいた。
「でも一般的なことってだけだよ。というか、お世辞も言えるじゃない」
「い、今のは、だな…」
口の中でもごもごとなにかを言う。
「それに、あなたは私と付き合わないでしょ」
言葉を発しかけた少年だが、それを止める。少女の笑顔が寂し気なものに変わっていたからだ。




