第4話
朝のホームルームが終わり、少女は幼馴染のところへ行く。
「公開告白なんて大胆だね」
「私がアイツのこと好きなことなんて、誰の目から見ても明らかだっただろうしそれは良いのよ」
くすりと笑った少女が虚無を見つめた少年を思い出し、真似をした。
「そうだね、ありがとう。もうすぐ朝のホームルームだから教室に戻った方が良いよ」
「傷を抉らなくて良いわよ」
幼馴染も虚無を見つめた少年を思い出して、ため息を吐いた。
「あんなののどこが良いの?」
「人が好きな人のことを…」
ただし、感想は随分と違うようだ。
「小学生の頃って面白い子がモテる傾向があるわよね」
「あー…?確かに?」
「中学生だと物静かで知的な子。じゃあ高校生は?」
クイズ形式であることに少女は心の中で小さくため息を吐いた。しかし答えないと話が進まなさそうな雰囲気に、仕方なく答える。
「学園の王子様?」
「アイツが学園の王子様に見えるのかしら?しかもそれは王道中の王道でしょ。少し外れた王道のことを言ってるのよ」
なに言ってんだコイツ。そんな視線を向けられた幼馴染は少女から視線を外す。
「創作ですら恋愛に無縁だったのね」
「哀れみを込めて言わないで。私はバトルものの方が好きなの」
「バトルものでも恋愛描写はあると思うわ。…まぁ良いわ。正解は“少し影のある優しい子”よ」
少女は再びさっきと同じ視線を向ける。なに言ってんだコイツ。
「初対面だから少しじゃないって思うだろうけど、普段は少しなのよっ」
手を握って抗議していた幼馴染は視線を落とす。その表情は悲しそうな、寂しそうな、そんなものだった。
「…学校を休み始める少し前からおかしかったわ」
「ふーん。で、特になにも求めてないのに多分ずっと好きでいて、告白して、なにがしたいの?」
「子供の恋愛なんて賞味期限付きよ。私は、私が楽しいと思う恋をしたいだけ。それで相手が楽しいと思ってくれれば嬉しい。でも」
顔を上げると、背中を壁に預けて窓の外を見る。
「でもね、相手が嫌がることは自分が楽しくてもしたくない。だから…最後の賭けだったのよ」
「綺麗だね…」
幼馴染がなにか言おうとした瞬間、この教室では聞こえないはずの声が響いた。
「面貸せよ、転校生」
友人が来ていた。ひとりだ。
「彼は大丈夫なの?」
「問題ない。聞きたいことがある」
「嫌」
少女はそう言うと、小さく微笑んだ。
「心当たりがないことはないけど、私にはなんのことだか分からないの。だから話せることはなにもない。それに、本人から聞くべきでしょ」
「その本人に、転校生に聞けと言われた。すっとぼけるだろうが、聞けと」
「分かった」
「言いにくいことなんだろ。場所を変えよう」
友人が歩き出しても、少女は動かない。
「ここで良いよ。聞かれて困ることなんてない。きっと、彼も」
小さく頷いて少女の正面へ行く。
「双子の姉がいたの。外で遊ぶよりも本を読むのが好きな子供だった。それが、ある日を堺に外へ遊びに行くようになった。その1ヶ月後に死んだ」
「亡くなったのは、小学1年生のゴールデンウイーク辺りか」
「そうだよ。私が彼を知らないのに、彼は私を知ってる。この説明はこれしか出来ない。当たりみたいだね」
笑った少女へ一歩踏み出したが、少女は一歩引く。
「ちなみに亡くなった日のことも、双子の姉と彼の関わりも、なにも知らない」
少女に怪訝そうな表情を向けると、手首を掴む。
「やっぱり移動する。ついて来い」
「ちょっと、待ちなさいよ」
「ついて来るな。聞くように言われたのは俺だ。首を突っ込むな」
幼馴染が悔しそうに俯くのを見て、友人は歩き出す。
少女は一応抵抗したが高校生ともなれば、例え体格に大差がなくても男女というだけで力に差がある。
ましてや友人はどちらかといえばガタイの良い方だった。振りほどけるはずもなく、連れ出される。
その後を、ひとつの影が追いかけた。
人気のない小さな公園で、ひとりの女の子が砂遊びをしていた。作っているのは、泥だんごや山といったものではない。大人顔負けの砂城だ。
「すごいね。どうやってやるの?」
そう声をかけたのは、微笑んだ男の子。
「こ、これは…お山を作ってぎゅってしてから、お城の形が残るように…して、ます」
「そうなんだ。僕にもできるかな」
「お、教えます…!少しコツがあるんですけど、すぐ覚えられると思います」
男の子は表情をパッと明るくする。
「やった、よろしくね。なんて呼べばいい?」
「か…い、伊織って呼んで下さい」
「分かった。僕のことは―――って呼んで」
幼い2人は、微笑み合った。
それから2人は出会った小さな公園で放課後毎日のように会った。
現地集合現地解散、会うことは約束ではない、互いの生活領域に踏み込まない。この3つが暗黙の了解だった。
会っていることは誰にも言わない。これが唯一口に出して約束したことだった。
会い始めて一週間が経った火曜。
「お…遅かったね」
「……ごめん」
「あ、ご、ごめんなさい。その、普通に話す練習だったんですけど…」
男の子はこのとき、小さな違和を感じた。だが、会ってすぐに言う言葉として適当に選んだのだろう、と大して気にはしなかった。
この日は砂城を作る練習はしなかった。男の子が学校である縄跳びの試験が億劫だと言ったら、練習をしたようと女の子が言ったからだ。
その翌日、女の子がある提案をした。
「あの…ここじゃない公園にしませんか?」
「どうして?」
「近くの家の人に見られたみたいで…その、はずかしい…です…」
もじもじとする女の子に小さく微笑む。
「分かった。どこにする?」
「お寺の近くにある公園はどうですか?」
微笑んで頷いた男の子だったが、昨日の小さな違和を思い出していた。
会い始めて二週間が経った火曜。
この日はベンチに並んで座って、課題図書を読んでいた。それは、捕食される小動物と捕食する肉食動物の友情を描いたものだった。
「友達か…よく分からないなぁ…」
「私もです…。このライオンがいつ食べようとしてくるか分かりません。人だって同じです」
男の子は黙って表紙に描かれているライオンを撫でた。
「それなら私は“いてもいなくてもいいけど、いたら楽しい”くらいがいいです。もしものときに悲しくないですから」
男の子が頷くと、女の子は慌てた素振りを見せる。そして、本を横に置くと男の子の目をしっかりと見た。
「で、でも、友達は必要だと思います。全部分かってもらえるなんて思ってません。でも分かりたいって思ってもらえる相手がいてほしいですし、思いたいです」
「うん」
頷いた男の子は、笑顔だった。
会い始めて三週間が経つ金曜。
この日は砂城を作る練習をしていた。努力の甲斐あって男の子は小さな城なら作れるようになっていた。
「すごいです…!きれいです」
「ありがとう。次はもっと大きな城を作るからね」
「はい、がんばりましょう」
小さく微笑んで言った女の子から視線を逸らす。
「……感想文ってどうした?」
「――そのまま出して怒られました」
「そのまま?」
女の子に視線を合わせて問う。女の子はというと、若干困ったように笑った。少ししてから小さく頷く。
「はい。友達ってどうしてもいなくちゃダメ?…って感じです」
「そっか…」
再び視線を逸らした男の子が立ち上がる。短く挨拶をすると、去って行ってしまった。
会い始めて四週間が経つ火曜。
男の子は昨日現れなかった女の子を待っていた。手にはしっかりと玩具の指輪が握られている。
翌日からゴールデンウイークだった。土日や祝日は会わないため、今日会えなければしばらく会えない。
男の子は、金曜のこと“か”これまでのことを謝りたかった。
足音に視線を上げると、ほっとしたように微笑む。そんな男の子を首を傾げて不思議そうに見る。
「ごめん」
「ど、どうしたんですか…?」
「ずっと気付かなかった」
持っていた玩具の指輪を、女の子の手に握らせる。
「いいですよ。気付いてくれて、ありがとうございます」
女の子は笑ったが、すぐにハッとした表情になる。
「や、やっぱりダメです。ゴールデンウイークの間も、ここに来てください。それなら許します」
「分かった」
微笑む男の子に笑いかけると、指輪をきゅっと握りしめた。




