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古書店『ふしぎのくに』の業務日誌  作者: 古書店ふしぎのくに
第二章 『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』初版2019年7月29日
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残滓に犬は犬神と会い

皆さん、9月です! 台風が沢山来ていますが、備えは大丈夫ですか? 私は台風の時はプリンを買いだめしますよぅ! あとコロッケなどが有名ですねぇ! さて、大人しくお部屋でお気に入りの本を読んで台風は過ごしましょうか?

 古書店「ふしぎのくに」本来であれば西の古書店「おべりすく」にて店番をやっているハズのアヌは牙みたいな八重歯を覗かせてふぁあと欠伸をする。

 動物の耳みたいな癖毛がそれに反応するようにピコピコと動いた。



「ほんまこの店も大阪と変わらず閑古鳥やのぉ……今日はスマトラ行くか、ボンディ行くか……ほんま神保町のカレーはたまらんのぉ」



 カレーライスの事を考えるとお腹がグゥと鳴る。東京と言えばカレーというくらいアヌはカレーが一番うまいのは日本広しと言えども東京じゃないだろうかと思っていた。

 コロナウィルスの影響でただでさえ客がこない店内で誰も来ないしカレーを食べに行って浅草見物でもしようかと思ったその時、中学生らしき制服をきた少女が入店してきた。



「いらっしゃい!」

「……セシャトさんは?」

「職場研修。セシャトさんは西の古書店、でワシは西から東の古書店や。お互いの地域のお客さんの読書のタイプとかちゃうからえぇ勉強になるらしいけど、この通りすっからかんや! お姉ちゃん、好きなだけ本見て行ってやぁ」



 可愛い布マスクをした少女はアヌのそのテンションに少し驚きながらアヌに尋ねる。



「何かオススメの小説ってありますか?」

「いきなりやのぉ。そやな、お姉ちゃんはweb小説がええんか? それとも、太宰とかそういう小説?」

「本を……」

「好きな本のタイプは?」

「黒猫のサンゴロウシリーズとか、墓守のレオシリーズとか……」

「あぁ、ちょっとふしぎ系か……ペンギンハイウェイとか好きそうやなぁ……じゃあこれどないや?『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』一つ夏のちょっとしたふしぎな物語。中坊の少女の思春期時代の家族問題やら、まぁまぁ考えさせられる作品や」



 そう言ってアヌは一冊の本を取り出すと、それを見せる。少女は少し考えているようなので、アヌはうなづく。このお店の楽しみ方。



「ソーシャルディスタンスや。店員一名様で母屋で試し読みしてもえぇで、水羊羹くらいは出したるわ」



 古書店『ふしぎのくに』『おべりすく』『あんくくろす』は何も購入した本を暇な時は母屋で読んでいく事ができる。それもお茶やコーヒー付きなのだ。



「じゃ、じゃあお願いします」

「今回は特別サービスや。ワシはアヌ。んでその本アヌ兄さんの紹介付きや」

「わ、私は犬神たおです」

「さよか! アイスコーヒーでええか?」



 頷くたお、母屋の椅子に腰掛けてぺらぺらと読んで行く。そしてアヌの人懐っこい態度に慣れたのか話しかける。



「いきなり両親の離婚から始まるんですね」

「物語の始まりにはインパクト、起が必要やからな! とりあえず、なんでお京はど田舎の島に行かなあかんのか、それが手っ取り早くわかるやん」

「うん、そうだよね。甲子園って今年中止になったよね?」



 敬語からすでにタメ口になっている事。それはそれだけたおがアヌに気を許しているという事。ロックアイスを入れたアイスコーヒー。パキンといい音をして割れるそれを聞きながらアヌはせやなと返す。



「甲子園って大阪なの?」

「ちゃうわ兵庫県や、小説とか、メディアがやたらと甲子園の話をした後に大阪の話をするから、たいがい勘違いしよんねん。ちなみに阪神タイガースも大阪の球団ちゃうからな。なのに優勝すると道頓堀でパレードしよるから、地元には割と嫌われとる」

「へぇ、どうでもいい! ウケる。アヌってさ。何か可愛いよね?」

「そらありがとさん。しっかしたお、慣れると距離近いやっちゃな。まだ出てきてへんけど舞波みたいなタイプかものぉ」



 アヌは大人の女性にはいい人で止まるタイプだったが、中高生からは異様にモテる。面白くて、大人の男。お兄ちゃんを感じさせるのだろう。たおは本を読みながら続きを語る。



「お京の両親ってすごい勝手だね」



 離婚、あるいは離別にあたり主人公のお京は両親の勝手に付き合わされる事になる。従姉妹も父親も連絡が取れずにフェリーに揺られ島へとやってきた。

 三ヶ月前から連絡が取れなくなった父、昔は家族3人で里帰りしていたそんな島に、憂鬱な気持ちで向かうことになる。



「まぁ、言うても親だって人間や。逃げたくなる事もあるし、永遠を誓った後に少しずつ距離がすれ違う事もあるやろう。そしてそれが境界線、重なり合う事もなくなればあとは離れていくだけや。でも、子供がおる親がこれはどうかとワシも思うけどな」



 アヌは大人には大人の事情がある。でも子供のいる大人がそれを言うのはあまり良くはないと付け足すと、たおはにへらと笑ってアヌを見つめる。



「ふひひ」

「なんやなんや? 気持ち悪いのぉ!」

「アヌはいい奴だね! 本当に、私。ちょっとコロっと行きそうになったよ……それにしてもお京の家系は最低な人ばっかりだね?」

「お京の爺ちゃんか?」



 破天荒な爺さんだったと語られている。スイカ畑を作るのが上手かった。マメな人だったとそう書かれ、それだけならまだしも爺さんは女性にもマメだったらしい。大酒を飲んで大喧嘩をして、市長になると言って大金を持ち出し、どこぞの誰かと子供を作り、それらの後始末を全てお京のお婆さんが行ったらしい。



「これ、多分モデルは俳優の勝新太郎やろーな」

「誰それ?」

「知らんのか? 座頭市やないか! ビートたけしが演じとるのは正直迫力が足りんけど、勝新太郎は俳優としてはホンマに見事な人物やった。けど、それ以外のプライベートが終わっとったんや。まぁそれが大物俳優やから何かも知れへんけどな。生涯を楽しんで死ねる奴は好き勝手してきた奴なんかもしれへんな! カッカッカ」



 アヌが笑うので、たおも笑う。そこでたおはテーブルにのの字を書きながらアヌに言う。



「でもさ、この最低なおじいちゃんに、お京のお婆ちゃんは一緒になれて良かったってお爺ちゃんの死の間際の時に言われて全てを許しちゃうなんて……何だか素敵。お京はそんな事あるのかなって疑ってるけど……多分私も許しちゃうかもしれない」



 アヌは物語にゆっくりと浸っていくたおを見てミルクとフレッシュを入れたアイスコーヒーをストローを使わずに飲むと語る。



「恋は盲目っちゅーからな? 婆ちゃんはほんまにじいちゃんが好きやったんやろ。そう考えると、お京の両親よりはマシかもな?」



 なんせ離婚はしていないのだ。それを聞いて、いや……たおは自分が思っていた事をアヌに言われて開いた口が塞がらない。



「何でアヌは私が思った事分かるの?」

「そら、何人の読者相手にしてきたと思うねん。たおみたいに真面目な子ぉの考えることはまぁまぁ分かるもんや! で、物語や。スイカ畑に行く帰り、えぇ表現やろ? やかましいセミの泣き声を蝉時雨のシャワーと表現する。この作者、はに浮くようなこう言うセリフ使い上手いねん」



 皮肉と粋が交わったようなそんな文脈の表現にアヌは上手い上手いとそう評価する。本作に限らず本作の作者の書く作品のワンポイント表現は実に小洒落ている。



「あぁ、結構いいよね。それでセミをなんとなく目で追っちゃうって……気持ち悪いから私はないかな……でもその癖で出会うんだね?」



 つちんこと名乗る髪の毛がない、少年のような何か? セミを食べている。黄色いシャツに緑の短パン。鼻や耳はなく、鼻の穴らしきものは空いている。



「まぁ、普通におったら化けもんや! 怪異や! 妖怪や! で驚くところやけど、お京、実はみやこって名前やってんな? お京は小さいから威圧感もないが、不気味だと思う……結構肝が据わった女の子やな。お京は、ワシならダッシュで逃げるわ」



 セミを食べる=気持ち悪いと言うわけではない。アブラゼミは一応食用だし、東京の某公園では毎年セミを食べる会という物が開催されている。興味がある人はググってみる事をお勧めするが、グロが苦手な人は検索してはいけない。



「夏に泳ぐ緑のクジラってスイカのことだったんだ……なんか、何だろ。胸がすくような気持ちっていうか」



 アヌは片目を開けて分かるか! 小娘! と叫びたくなったが、やめた。今の時代どんな事で大事になるか分からないから少し深呼吸をして語る。



「タイトルの回収が極めて早い。そう思うてるんやろ?」

「えっと……うん。大体最後の方でそれが分かるのかなって思ってたから、拍子抜け……でも気になるよね」



 本作のタイトルは第二章の序盤で回収される。つちんこは夏に泳ぐ緑のスイカという名前を昔、お京のような女の子に教わったという。言い方が気に入ったからその名前で覚えているのだと……



「このつちんこってスイカの選び方間違ってるね?」



 クスクスと笑いながら、たおがそう言うので、アヌは同じシーンを読んで嗚呼とうなづく。

 つちんこはスイカを叩いて良い音がする物が良いと言う。これは少し前までは定説として言われていた事だが、スイカ農家の人達が関係ないと明言してしまっている。



「昔、街にスイカ売りに来た商人が使って手法がいつの間にやら広がったやつやの。大体えぇ音するようになっとんねん。中殆ど水分やからの」



 本作は2019年に書かれた作品であるが、構想などはもう少し昔なのかもしれない。ある種、定説が崩れる前の表現を楽しむ事ができるのも、そして時の流れを感じる事ができるのも、実際の媒体として存在する小説所以なのかもしれない。



「でもつちんこって何だか面白いね。時代の事も知ってるし、まるっきり無知ってわけでもないみたい」



 特殊な存在であるが、お京のようにごく稀に見える者から色々と知識を教わったのかもしれない。



「もう昼か……たお、ワシカレーでも食いに行こうかと思うねんけど、お前も行くか? それとも帰るか?」



 猫みたいな口をするとたおはアヌに言う。



「アヌの奢りならついて行っても良いかも」

「誰が奢るかアホ」

「アホって言った方がアホなんだよ! 馬鹿! お詫びにお昼奢ってよ」



 面倒臭い中坊に絡まれたなとアヌはため息をついてから言う。



「ほな行くで」

さて、みなさん9月の紹介作品ですが、『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ 2019年 7月29日初版』本作は最近出版された作品ですが、村上しいこさんの独特で不思議で心震える物語が展開されますよぅ! もし、読む本が見つからない方がいらっしゃいましたら本作を一度読まれてみてはいかがでしょうか?

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