常世鍋、それを食べたら終わり 紹介作品・『くうきにんげん 著・綾辻行人作 牧野千穂 絵 東 雅夫 編』初版2015.9岩波書店
さて、みなさん。絵本って読みますか? 私は月に数冊は読みますよぅ! 最近はタイアップものの絵本なんかも出ていて、実に深いですねぇ^^ 通常の本よりお値段が高めなところが中々集めるのが大変ですが、シアさんと師匠ちゃんさんがコレクションを千点程お持ちですので、お借りしていますよぅ!
店を閉めた後の古書店が何をしているかご存知だろうか? 大概はシャッターを閉めて帰るだけなのだが、母屋を持ちそこに住んでいたり、仮眠できたりすると、当然食事の準備をしたり、古書の手入れをしたりする物なのだ。
陶器を磨く洗剤をお湯で薄め、それを乾いた布に少量つけて、店頭販売している古書をゆっくりとバストとリオは拭いていく。
「リオさん上手っすね!」
「本当に?」
「えぇ、本には寿命があるっすからね! できるだけ長く読んでもらえるように日焼けや虫食い対策は大事なんすよ」
古書店『おべりすく』は古書の手入れに力を入れている。本店の店主であるセシャトに負けず劣らずのそのテクニックで安価に仕入れた古本を綺麗に磨き上げていく、某古本屋等を展開する大型チェーン店がベトナムやカンボジアの工場で中古本クリーニングをしているが、それよりもう一手間加えた古書という新しい命を吹き込んでやる。
「そっちの『鬼滅の刃 作・吾峠呼世晴 集英社コミックス』の中古本は何もしなくていいっすよ! セット販売でもう買い手が決まってるっすから」
超人気作品の漫画を潰れた漫画喫茶から安く買い取らせてもらったと店主のシアは二人に言っていた。本来、漫画喫茶やネットカフェが潰れた際、その店舗ごとバイヤーが購入する物なのだが、アヌとバストの雇用主のせどり能力の高さには舌を巻く。
「バスト、こっちは?」
そこには破れだったり、少し汚れが酷く売り物にはならない絵本が何冊か、おそらく図書館などの処分配布品をこれまたシアが譲り受けた物だろう。
「シア姐さんの所有物っすね。これは何もしなくていいっすよ」
「シアってだぁれ?」
奥で夕食の準備をしているハズのアヌが叫ぶ。
「あかーん! リオ、あんなえげつない女の名前呼んだらあかーん、夏コミと冬コミでワシらにインカムつけさせて、お気に入りの同人誌を購入させるど外道や! 自分は神さんと涼しい部屋とってハロハロなんぞ喰いよってからに! 労基に訴えたろかぁ!」
店主シアがいないのをいい事にアヌは普段の毒をこれでもかという程に吐く。リオは汚れた絵本の中で一つだけ綺麗な絵本を見つける。それはウサギの少女が表紙に載った可愛らしい絵本。
ただし……怪談えほんと書かれている。それを握ってバストに差し出す。
「バスト、読んで!」
バストはその作品の内容を知っていた。それ故に躊躇する。読むべきか、読まざるべきか……
「ばっすん! リオぉ! 常世鍋できたでぇ! クーラーの下でぐらぐらに熱くして食おうや!」
バストは助かったと思ってリオを連れて母屋に行く、母屋のちゃぶ台にカセットコンロと土鍋。バスト用にロング缶のビールが6本、アヌ用に通常缶のビールが二本。リオに瓶入りのファンタとオレンジジュースが二本。
宴が始まる。
「アヌ、これ読んで!」
「なんや? 飯や! 飯! ……」
リオにじーっと見つめられるアヌ。犬である彼は人に見つめられる事を得意としない。不満そうなリオの頭にポンと手を当てるとアヌは言う。
「しゃーないのぉ! どこの世界に鍋喰いながら絵本読む奴がおんねん! 俺らか! ええっと? 『くうきにんげん 2015年 九月三十日 初版 岩崎書店 綾辻行人作 学園ホラーアナザーの人 牧野千穂 絵 東 雅夫 編』これ、あれやん! アニメ化もしたアナザーの作者やん! 確か嫁さんもええ話書く……誰やったっけ?」
「小野不由美さんっすね!」
十二国紀などで一大ブレイクをした今なお心揺さぶる作品を書き続ける現代文豪。そして同じく綾辻行人、彼もまた超絶面白い推理小説や、ミステリー小説、ホラー小説を手がける。
アニメ化に実写映画化したアナザーは今なお記憶に新しい。
「うん、これほんまに読むんか? 絶対アカンやつやで?」
「読んで!」
そこまで言われるのでアヌはほうれん草をパクリ、そしてビールを一口飲んでから少しだけ高い声で読み始めた。
表紙を開くとウサギ頭の少女。そして冒頭一言。
「空気人間を知ってるかい?」
ウサギ頭の少女は図書館? それとも図書室で本を読んでいる。そして、そこを開くと大きくタイトル。その挿絵で家に変える途中なんだろう。風船を持っている配っている鳥頭の人間がいる。
「イラストが綺麗やねんけど、めっちゃ不気味やな」
動物の頭の人間達が街中にたくさんいるのだ。おそらく彼らは人間として描写されているのだろう。何人かは風船を持っている。
そこで、語るように物語は始まる。
この世には空気人間がいる。誰も気付いていないと、その挿絵でウサギ頭の少女は横断歩道を渡っている。
空気人間は一人ではなく世界中にいると、普通の街並み、ただし動物の頭をした人間達と風船という異様な光景。
くうきにんげん。
空気みたいに目に見えない。軽くて形も自由自在らしい小さな穴や隙間があったらどこにでも入っていけるというのだ。
「妖怪の隙間女みたいな感じか?」
「どうでしょうね……ベースは近いかもしれないっすけど、影を取られる怪異に近いかもしれませんっす」
挿絵はウサギ頭の少女は自分が住んでいるであろう団地に帰る。その団地に向かって風船が飛んでいく。可愛らしい表現のハズなのに何処か不気味さを助長させる風船。そのページをガン見するリオにアヌは常夜鍋のほうれん草を食べさせる。
「おいしー!」
「そらそうやろ! 常夜じょうやっていうくらい毎日食べたくなる鍋の事や、初夏にキンキンに冷やした部屋で食うんがたまらんやろ!」
いわゆるマッチポンプフード。激熱のラーメンを寒いくらいの部屋で食べれる店があるが、あれである。アヌはビールを一口飲んで絵本の続きを読む。
戸締りをした家の中にも鍵のかかった部屋の中にも、くうきにんげんは入ってくるらしい。鍵っ子のウサギ頭の女の子はポストから鍵を出す。アヌは声のトーンを少し下げて読む。
「くうきにんげんは普通の人間に襲いかかり空気に変えてしまう」
空気に変えられた人は目に見えなくなり、誰にも気付いてもらえなくなる。お父さんにもお母さんにも仲良しの友達にも……とそもそもくうきにんげんが何なのか殆ど掴めないところがまた恐ろしい。
ここで“誰にもね“と読者に語りかけてくる。
「読んでいても全く得体の知れない事も含めて、くうきにんげんなんでしょうね?」
豚肉を食べながら凝視するリオ。それはテレビに食い入るように見る子供の反応のそれだった。挿絵ではウサギ頭の女の子は自宅に帰るための階段を登る。やたらと猫がいる。
「声を出しても誰にも聞こえないよ。泣いても叫んでもだめ、駆け回ったり抱きついたりしても誰も分からない……めっちゃ怖いやんけ! これ、死と忘却かけとるんやろな?」
そのページでも読者に語りかけてくる。
“誰にも“と
くうきにんげんになっても死ぬわけではないのだろう。誰からも気づかれなくなるという。ある種死よりも恐ろしい事に見舞われる。そしてアヌの感想。忘れられる。気づかれなくなるという事は死ぬ事と同義。
「鍵っ子は昔から事件に巻き込まれやすかったから、親に対する警鐘でもあるんかもな」
アヌはそのページの挿絵。ウサギ頭の少女が扉の鍵を開けようとするページっを見てそう呟く。
詩的に物語は恐怖を助長させてくれる。全てひらがなで書かれているからリオでも読めるのだ。オレンジジュースを飲む手を止めて、リオは絵本を読む。
「この世から消えてしまうのと同じなのさ。同じなのさ……なんか怖い」
「もう読むの止めるか?」
「無理しない方がいいっすよ?」
トラウマになるレベルの恐怖を子供に与えてはいけない。それはもうその時点で虐待なのだ。アヌとバストが絵本の読み聞かせをやめようとしたが、逆にリオは首を振っていう。
「続き読んで!」
挿絵では二匹の猫。一匹の猫がこっちを見ている。そしてもう一匹は小鳥を捕まえて食べている。猫に何の意味があるのかを大人は邪推してしまうが、おそらくこれは二つの意味がある。何の意味もなく恐怖を煽る演出。そして動物、特に猫は何故か天井を目で追ったりする。それは”くうきにんげん”を見ているからと読み取る事もできる。
「いよいよ、物語もクライマックスっすよ!」
自宅、そこが物語の終焉を飾る場所に持ってくるところが、綾辻行人らしく、非常に恐ろしい。自宅は唯一心落ち着ける場所であるのに、読者にその観念を奪うわけだ。
描写ではウサギ頭の少女は電気をつける。そこで語られる新しい事実。空気人間は必ず二人がかりで普通の人間を襲ってくるらしい。それが語り口調で同化するとバイノーラルで聞こえてしまうからまた恐ろしい。
「この子エラいのぉ! 手洗いにうがいしとるやんけ!」
ウサギ頭の少女はきちんとご両親の言う事をきく素直な子なんだろう。そんな彼女の後ろで語り部、あるいはくうきにんげんは語る。
“人を空気に変えるためには 空気人間二人の力が 必要なんだ。必要なんだ“と
そんな事も知らずにウサギ頭の少女は冷蔵庫からおやつを取り出す。食べていいよとお母さんだろうか?
メッセージ付のさくらんぼらしい果物。
アヌは次の言葉を読みたくなかった。これはあまりにも、生まれてくる事ができなかったリオに酷似ている。それを察したかは分からないが、リオは少し怒って続きを読まないアヌを煽る。
「アヌ、読んで!」
そこではこう語り部は語る。
君の家にも、君の部屋にも、君の知らないうちに 空気人間がきているかもしれないよと。
「マジか……こら、綾辻せんせーやりすぎやんけ、いや、この人やからこの表現で勝負してきたか……二人称やんけ」
小説においては奥が深すぎて基本は使わない方が無難である二人称表現。それを物語のラスト付近でもってくる仕掛け。
“この本を読んでいる今も“と
二人称に変わる。
ウサギ頭の少女とは読者の写し鏡なのである。そこからは語り部の言葉は読者に直接牙をむく。
「ほら、君のそばに空気人間がいるかもしれない。二人がかりで、君に 襲い掛かろうとしているかもしれないよ……あかん、怖なってきた。ばっすん! エアコンの温度あげーや!」
「了解っす!」
アヌのビールが全然進まない。それでもアヌは読み聞かせをやめない描写される挿絵ではウサギ頭の少女はおやつを楽しんでいる最中に何故か外を見る。
アングルは、誰かがウサギ頭の少女を後ろから見てるよう。
空気人間は誰にもみえない手を伸ばして君の体に触るんだ……といよいよウサギ頭の少女逃げてー! と叫びたくなる。
「ちょぉ! 少女気付けって! やばいやん!」
大興奮のアヌ。完全に絵本と同化を果したらしい。ウサギ頭の少女は外を見ながら何かを飲んでいる。それは牛乳?
語り部は警告をしてくるのだ。触られたらもうおしまいだよ。
おしまいだよ。と……
「これ、二回言ってるのって大事な事じゃなくて、二人いるからなんすかね? そう考えると気持ち悪いっすね」
絵本を含む本の楽しみ方は人それぞれだが、ある程度は推理できる事もある。ゆっくりとウサギ頭の少女に近づく二人の”くうきにんげん”は、語りながら近づいてきているのだ。
挿絵描写は隙間から何かがウサギ頭の少女を見ている。非常に不気味である。そして語り部はウサギ頭の少女及び読者に死の宣告をする。
君は空気になって、この世から消えてしまうのさ
消えてしまうのさ……と。
「くっそお! ワシ、この娘助けてやりたいわぁ……絶対こんなん親泣くやつやん! 明日のニュースで幼女失踪なんて満たないでぇ」
ウサギ頭の少女はカーテンを開いて外を眺めている。その間にも何かが来ているのだ。
そして物語のたけなわ。
もう直ぐだよ もうすぐだよ
逃げられないよ 逃げられないよ
と”くうきにんげん”はウサギ頭の少女のすぐ後ろにいるのだろう。ウサギ頭の少女は外に見惚れている。もう後ろに何者かがいる。
右のほっぺたと左のほっぺたに同時にそっと触って今から君を空気に変えてあげよう。そう語り部……いや、もはや告白している二人のくうきにんげんがいるのだ。
そして最後にこの一言で物語は終わる。
「僕たちが……」
最後は団地の外からの描写。ウサギ頭の少女は消える。ただカーテンが靡いている。
「この作品、色々考えられる事はあるけど、得体の知れない恐怖だけやなくて、親に子供が誘拐される事の危険性とかも同時に教えてるんかも知れへんな。子供が失踪する時、大抵、良からぬ事を考えるくうきにんげんがおるんや」
3人はしゃくしゃくと常世鍋を静かに食べる。リオはそんな中で呟いた。
「リオもくうきにんげんなのかな?」
「ちゃう!」
「違うっすよ!」
今にも泣きそうなリオにアヌとバストはリオに微笑む。そしてバストは語った。
「常夜鍋の”じょうや”、この漢字は”とこよ”とも読むんす。そして別世界の食べ物を食べる事をよもつえぐい、あてないさんとか色々言い方はあるんすけど、そこの食べ物を食べれば、そこの住人になるんす……リオさんはもう、自分たち古書店『おべりすく』の一員っすよ」
リオは泣きながらバストに飛びついた。そんなリオの頭を撫でるバストをアヌはビールをちびちびやりながら不機嫌そうに呟く。
「めっちゃ怖い話のオチがこれかい」
『くうきにんげん 著・綾辻行人作 牧野千穂 絵 東 雅夫 編』はサタさんオススメの一作でした。サタさんは綾辻行人さんの小説が大好きで、私もよくお借りしましたよぅ! ふしぎの皆さんは各々お好きな作家さんがいて、コレクションが凄いです! 次回はどんなお話でしょうね? 是非、お楽しみにですよぅ!