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古書店『ふしぎのくに』の業務日誌  作者: 古書店ふしぎのくに
第二章 『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』初版2019年7月29日
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カラスと犬と……おあとがよろしいようで

さて、10月作品の作者さんですが、ツイッターからもいらっしゃらくなってしまいました。10月はやむなし、当方作品の何かを紹介にまわそうと思います。作品を書かれている作家さんではなく、別の方からの紹介という体を取ってみる試みの用ですよぅ!

「強くならんでもええか」



 タクシーの運転手はお京に母親に伝えるように言った。弱い人間は弱いなりにしぶとく生きればいいと……実に尊い言葉だった。飲みすぎてもう頭が痛くなってきてたアヌはコンビニで何か買おうかと思ったところ、そこには夜ですら黒光りするような場違いな少女が立っていた。レッドブルに口をつけながらアヌを見て目を細める。



「アヌさんなん」

「ヘカちゃん、映画はおもろかったか?」

「中々面白かったんな! 欄ちゃんはレイトショーで荒野のコトブキ飛行隊を見るって残ったん。藤原啓治の最後の出演作なんな」



 あぁ、そういえばとアヌは少し悲しくなる。国民的アニメ、クレヨンしんちゃんの父親野原ヒロシの代名詞とすら言われ、彼をヒロシと呼ぶファンも数多くいた。



「早すぎたな」

「うん、早すぎたんな」



 アヌはコンビニでタバコを買うと一本、火をつけた。中々様になるタバコの吸い方。ここで咽せるとアヌらしいと思ったヘカだったが、アヌは実に美味そうにそして気持ちよさそうに言った。



「お京の母親は、家族の全ての呪いを受けるような生活を受けてきた。これは学校のイジメとは比べ物にならんくらいの絶望やとワシは思う」

「ヘカは学校という場所を知らないん。でも、家族。セシャトさんやトトさんに虐げられたら戦争なんな」



 アヌは吹き出しそうになる。お京の母親が、このヘカくらい心が強ければここまで壊れる事はなかったんだろう。家族内で何か悪いことがあればそれは全てお京の母親のせいになる。そしてお京の兄がついた嘘ですらお京のせいになる。



「地獄やな……ワシはお京の母親、はっきり言って子供もおんのに、とんでもない母親と思って読んでてん。でもちゃう、こんな絶望下で娘まで育てて、自分とおると娘がダメになるから離れようとしとる。お京のおかんは、ほんまのおかんや」



 ヘカはタバコを吸うアヌを見つめながらポシェットから2本目のエナジードリンク・モンスターエナジーを取り出す。そしてそれをゆっくりと飲む。



「家族、学校、友達……ヘカ達は真にそれを知らないから、第三者的に見てるんかもしれないんな? だからこの物語のもつ、得体の知れない不気味さを少し離れた視線で読むことができるん。でもこれが普通の読者なら、この不気味さに心を震わせるんか、それともただただ胸糞悪いと本を閉じるかのどちらかなん……夏の島、中学生の少女と不思議な怪異。本来なら、清々しくセピア色の物語を想像するん……でも実のところ人間のドロドロとした汚さが前面に出てくるんな。えぐいん、そして面白いん」



 実はこの二人は、古書店『ふしぎのくに』長女のヘカと、古書店『おべりすく』長男のアヌと二人は各部署の年長者的な立場である。二人はあまり喋らないが、案外二人の馬は合う。お互いが執筆をするからかも知れないが、二人には間のようなものがあった。



「カイは一皮向けて、何をしたらええか分かった。だけど、それをするのがどうにも恥ずかしくて疎ましい」

「恥ずかしいで終わったらそこまでなんな……アヌさんといると作品以外の話が深まっておもしろんけど、影響されやすいん!」

「それは俺もやでヘカちゃん、どうにも小説を書く人間ちゅーのは、変人が多い。だけど、魅力的や」

「アヌさん、ヘカの事そんな目で見てたん?」

「ちゃうわ! 作品創造の世界観が魅力的や言うてんねん! そういう意味では本作の作者は二重丸やな。キャッチボールや」



 言葉のではない。

 カイは父親と語るためにキャッチボールをする。そこに言葉はいらないのかも知れない。ボールがカイに、父親にと行き来する度、何かが救われていくようだった。

 ただ一言、カイは母親の事が好きだと言った。それに父親は自分も好きだと返す。



「欄の姉さん、この時間や絶対映画終わっとるやろ……どうしてヘカちゃんは一緒に見にいかなかったんや?」



 ヘカは二本目のエナジードリンクを飲み干すとそれを上手にゴミ箱に放り投げる。



「ヘカはイケメンが好きなんな!」

「知っとる」

「荒野のコトブキ飛行隊は美少女ばっかりなん! 面白いんけどな! でもアニメので十分なん!」



 かの有名な水島努による最高の演出がなされているので、劇場での閲覧。できれば4Dをお勧めする。要するにヘカは美少女アニメがあんまり好きではないのだ。



「イケメンが戦闘機に乗るアニメだったらヘカは喜んで見たんな!」

「刀剣乱舞的な?」

「そうなん!」



 とうらぶについすてに最近ハマっているヘカは、ミーティング中もピッピピッピとソシャゲがうるさい。アヌは比較的ゲームというものをしない。ゲームをするよりも本を読んでいる方が好きなのだ。



「まぁ、趣味は人それぞれやな。この八章でカイの心や魂は救われた。ヘカちゃんはそう思うか?」



 ヘカは三本目のエナジードリンク、エナジーボスを取り出す。一体、あのゴスロリポシェットのどこに何本もエナジードリンクが入るスペースがあるのか、アヌには謎で仕方がなかった。



「当然、救われたんな。これでカイの物語は終わりなん……そしてナイトメアモードなんな」



 皆一様に心の闇を抱えている登場人物だらけだが、ヘカが言うように、お京の環境はまさにハードモードを超えてナイトメアモードである。

 事あるごとに見せる祖母の二面性、そんな祖母達といたためにややヒステリックな精神薄弱者になってしまったお京の母親。母親はまだお京の父親とやり直せるかも知れないとそう考えているが、祖母はそれをぶった切る。それは夢物語だと……それに激昂するお京の母親……

 その様子をお京はこう表現する。



「母親とその人を育てた人とのやりとりを眺めた……ヘカ程じゃないんけど、いい表現なんな」

 お京はややドライにそんな事を考えながらトーストを食べれないでいる。

「せやな、ずっと否定されて育ってきたお京のおかん。お京の祖母の娘として馴染めなかったなんて、皮肉であり詩的やな。こんな表現を使いこなす村上しいこは間違いなく今の作家の中ではトップクラスやな」



 ヘカは肯定も否定もしない。それは要するに肯定を意味する。



「生まれ合わせなんな……親は選べないん。これの酷い作品に西尾維新の『少女不十分』があるんな……あれは酷い話なん」



 教育に熱心なサイコパス両親によって育てられた子供がどう育つのか……実際は違うのだが、端的にいえばそんな物語である。怪物に育ってしまった娘を見て両親は自殺する。不完全な人間として育てられた子供と主人公が出会い……親はは選べないのである。愛を与えてくれる親であればそれほど嬉しく普通のことはないが、その逆だった場合人間の心はそういう事なんだろう。

「この学校にイジメはありませんから……か、学校の教師は一番世の中を知らんからな……平気で同じ職場の教師をイジメよる。それをイジメやとは思わん……信用ならん連中や」

 アヌは学校の教師に何か悪い思い出でもあるかのように、そう毒を吐く。ヘカはそれを肯定も否定もしない。その答えとしてお京の考えている事を呟いた。



「イジメは梅雨時のキノコみたいに環境さえ整えばどこからでも生えてくるん……これは上手いこと言ってるんな? 動物にもイジメはあるん。だからイジメは動物的なんな」



 あと七ヶ月で卒業するお京の中学への編入。そこで、お京はつちんこを呼ぶ。つちんこはお京に減らず口を聞くが、お京は尋ねる。

 自分やカイが大人になるのは嫌じゃないのか? ようやくつちんこの事を好きになり始めているのにと……



「覚えられているとつちんこは消えてしまうんな……消えたくないん? それともつちんこは消えたいん?」



 ヘカとアヌはこのつちんこの正体に関してやや胸が痛くなる。つちんこは大人が嫌いなのだ。だが、その大人になりきれなかった者が子供を傷つけるのが嫌だという。

 大人という者はなんなのか? 永遠の課題である。二十歳を過ぎれば大人なのか? 子供を持てば大人なのか?



「なぁ、ヘカちゃん。ワシは大人か?」

「犬なんな」

「そういうヘカちゃんは……なんやったっけ?」

「宇宙一の美少女なん。ヘカが生まれた事で可愛いの序列が一つ下がってしまったん。これに関しては申し訳ないと思っているん」



 恐らくは人ではない自分たちに大人という概念はどう映るのか? それは生涯わからないのかも知れない。

 ヘカが四本目のエナジードリンクを取り出すのでアヌはもういてもたってもいられなくなる。



「それどないなっとんねん! 何本入ってねん!」

「このポシェットは四次元につながっているん! 各種、エナジードリンクの製造工場から作り立てをすぐに取り出せるんな!」

「マジでか! ドラえもんやんけ! 中見せてんか!」



 アヌがそう言うとヘカは虚な瞳をより深くさせてから満足したように言う。それを笑っているとわかるのは古書店『ふしぎのくに』の人間くらいである。そしてアヌはいっぱい食わされたことにようやく気づいた。ヘカのポシェットにそんな魔法みたいな力があるわけがない。



「アヌさんは実に騙しがいがあるん! ヘカのポシェットは原宿で売っていたちゃんとした二十一世紀製なんな! あの狸型ロボットのポケットじゃないん! 欄ちゃんなんな!」



 ヘカは目がいい。夜目もきく。恐らくは最後四本目を飲んでそれをゴミ箱に入れると立ち上がり手を振ってから駆けていく。



「じゃあななん! アヌさん、今度ゆっくり、モンエナでも飲むんな!」

「飲まへんわ! お茶にせんかい!」



 ヘカの足もとをついていく影が人型のそれではない事に興味を持ちながらアヌは空を眺める。下弦の月とはこれまた不吉な物を見せてくれる。



「明日は、たおになんか店で作ったろか……お京が食ってるオムライスがええかな? それとも魚のフライか? まぁあええわ、全部作ったろ」

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