その時、西ではお茶会を
さて皆さん、大変ですねぇ^^
過激な描写の多かった当方の作品が削除されてしまいましたよぅ! 実はここまでがセットでした。削除ラインを調させて頂き、何がブロックワードになるのか詰めさせて頂きました。
他サイトにて掲載をさせて頂きますので読者のみなさんにはご迷惑をおかけした事をこの場を借りて謝罪致しますよぅ!
「ふむ、バストさんもお読みになられているとは思いませんでしたよぅ!」
西の古書店『おべりすく』の母屋でちゃぶ台を前にお茶をすすりながら二人は同じ本を読む。
『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』
「子供の心境というにはあまりにも大人びているんすけど……まぁさすがっすね。自分を慰めて欲しいのに、それ以上の悲劇を持った友人を目の当たりにすると冷静になるもんすよね」
悲劇の度合い、人それぞれかもしれないが、離婚して島で暮らさなければならない自分と、母親を失い、夢すらも失おうとしている友人とではやはり、不幸のベクトルが違う。
「株で大損してしまったお京さんのお父さんですが、まだ挽回できるとは、株で取り戻すと言うことなんですよね?」
セシャトはこと作品に関してはあらゆる視線での読み込みを見せるが、こと一般常識に関してはかなり明るくない。それにバストはふむとうなづくとセシャトに話す。
「これは行動経済学のお話になるんすけどね。お京さんのお父さんは、株で負けた金額、ここで終わらせておけば、負け額だけで済んだんすよ。でも、もし、さらにお金を入れて株を買えば、さらに負け額が増えるかもしれないけれど、逆に取り返せるかもしれない。この悪魔の囁きみたいな心理状況の事をプロスペクト理論って言うんす」
セシャトは株を買った事が実はある。知り合いの常連さんが会社を作るので記念に一株買わないか? と言う申し出、その時支払った金額は数千円だったように思えるが、それが増えているのか減っているのかセシャトは知らない。儲かることよりもセシャトは本当に記念として購入したのだ。今の今まで忘れていた。お京の父親は言葉通り、病的に株に取り憑かれてしまったのかと思うと、家族すら崩壊させるそれにセシャトはえもしれぬ恐怖を感じる。
「バストさん、ここでつちんこさんは、子供の味方だと仰います。実に狂気的だとは思いませんか?」
バストはうなづく。つちんこは大人に対して何か恨みでもあるかのように激昂する。それはもはや怪異と呼べる程の剣幕で……
「そうですねぇ、お京ちゃんの友人の母親が恐らくは自殺したであろう事を楽しげに話すあたりはお経ちゃんじゃなくても信用できないと感じますね。彼は一体なんなのか? 本作は夏に泳ぐ緑のクジラというタイトルを早急に回収し、つちんこという謎の怪異を際立てせる。素晴らしい手法を使われています」
「そうですねぇ、つちんこさんは、先行試写会というお言葉もご存知で、どう考えても私たちのように普通の視点を持っていらっしゃいます。ですが、カイさんのお母さんの亡くなる様子を見せてあげようかとこれまたサイコパスな事をおっしゃいます……このあたりで小説が好きな方はおおよその予測をしてしまうんだと思いますが……本作は、この奇妙な怪異と、大人にまだ成長できていない子供たちの葛藤と、どうしょうもない現実とを感じ、不思議な気持ちになりますね」
セシャトがパラパラとページをめくるので、バストは冷蔵庫からみかん水を二本持ってくると、昨今の小説として本作のレベルの高さ、表現の多彩さそんな部分に対して語る。
「カイさんは野球選手になりたかった。それは大好きなお母さんの為……でもお母さんはもういないっすね。甲子園に行く夢ももうできないと言われます……自分達は野球が凄い好きなんで、言わせてもらうと、カイさんは残念ながら野球選手にはなれないっすね」
バストが極めて厳しい事を言うので、セシャトは興味を持った。カイと言う作品内の少年の野球のセンスに関しては何も言及されていない。それは、本作は野球小説ではないので、そんなことはどうでもいいのだ。
だが、バストは語る。
「甲子園という場所に立てる球児は、プロよりも大きな責任とプレッシャーを抱えてるんすよ。試合前日や当日に、ご家族を亡くした方だっているっす。大怪我をして、そのまま試合にで続ければ二度と野球ができなくなると言われた将来を約束された選手もいました。カイさんは野球選手になる覚悟が、残念ながら少なかったのかもしれないっすね」
バストの同化、セシャトは行ったこともない甲子園の空気を感じたような気がした。覚悟が足りないとバストは言いたいのだろうが、母親を失ってまで……いや違うのだろう。
本来はバネにして、彼はそれでも野球をすべきだったとバストは言いたかったのだ。野球は母親との接点であり、それを辞めるという事は言わずもがななのだ。
「ふむ、このワンシーンからそう読まれますか、当然作者さんは私たちの考えではなく、ストーリーを潤滑に動かすためのイベントなのですが、ここは少し考えさせられますね。そして、お京さんです。とにかくおばあちゃんの前だと心にしまってある大きなストレスまで吐き出してしまいます。本作のおばあちゃんのオススメポイントは異様に厳しい点ですね」
祖母や祖父という存在は大抵、孫が可愛いもので少し甘やかしてしまうところがあるのだが、お京の祖母は実に現実的で、少し精神に病を抱えている母親の事も考えて上げないといけないと当然の事を語るが、まだ子供であるお京はそんな母親はいらないと言う。
それに祖母は、そんなお京をおばあちゃんはいらないと返す。これは嫌っているわけではない。実のところ孫を考えている気持ちが読者には伝わってくるが、親の心、子知らずという奴である。
これにはプロの作家でもあるバストは、少しだけクスりと笑う。意外と本作はドライなのだ。
「つちんこは、ある種、作者の視点を持ったキャラクターなんすよ。つちんこはお京はおばあちゃんに慰めて欲しいと思ったけれどうまくいかなかった。それをつちんこは笑い、さらには核心めいた事まで言うっす」
つちんこが言う図星に意味がわからないとお京は返すが、つちんこはここで言うのだ。
自分のプライドが傷つくのが怖いからこれ以上は話したくないって言いたのだと、超的確かつ絶望的な指摘をする。
「バストさん、さすがです。そう、そうなんです! つちんこさんは怪異というには頭が痛くなるくらい、現実的で耳が痛くなるような事をおっしゃるのです」
つちんこは一人ぼっち、長いこと存在していて、様々な人々と関わったと語る。お京は自分自身がつちんこを相手にしていると苛立つのでみんなに嫌われていただろうと聞くとつちんこは皆感謝していたと返す。Web小説ではまず造形されないキャラクターと言える。
ある意味恐怖を感じてしまうほどのリアリストなのだ。お京はどちらかと言えばペシミスト、二人は水と油でしかない。
「このコンビ、常につちんこがお京を完全論破しているんですが、つちんこも悪意がある訳ではないんですよね。だからこそ、一人ぼっちになってしまったお京と一人ぼっちの自分は対等な友達になれるというんす。ここはわりと考えさせられるっすね」
つちんこというキャラクターをおさらいすると、セミを食べる。髪の毛がない。服はちゃんとした物を着ている。耳や鼻はなく、それに相当する穴は空いている。そして現代の言葉も知っている江戸時代よりも前から存在する怪異。
謎は深まるばかりである。
だが、そんなつちんこがいて本作はゆっくりと進んでいく。セシャトは中々に名言が多いつちんこの語る話の中でオススメな物を一つ選んだ。
「この孤独についての表現は逸品ですねぇ」
孤独は好きとか嫌いとかではなく、存在のあり方だというのだ。実際、よく考えるとそうなのだ。孤独が好き、嫌いではなく、身の振り方、自分がどうしたいのか? どう存在していたいのか、その結果であるとつちんこは語る。
これは中々、いい表現でセシャトは何度も反芻した思い出があった。つちんこは生きていく為には楽しくなければならないと言う。そしてそのためには儀式が必要なのだとも語る。
セシャトが読み込んでいるつちんこに対してバストは核心をつく事を語った。
「本作を読んでつちんこの事が嫌いになる読者さんはかなりいると思うっすね。なぜなら、今の小説を書く、読む世代の人はこんなつちんこのような正統性のある言葉で否定される事を嫌いますからね」
耳が痛くなる。つちんこの語ることは大体正しい。そして、なんとなく思い当たる節を感じさせる。
これらに関しては作者の村上しいこ氏の手腕の賜物だとしか言いようがないが、つちんこは正しすぎて、確かにイラつく。だけど、その厳しさや正当性はまさに儀式なのかもしれない。
当方は大人になりきれなかった大人を見てきた。その末路や悲惨な物ではあるが、つちんこのように正しい事、それが極論であったとしても伝えてくれる事を受け入れる心が必要なのだ。
そんな心のあり方を育てる事が早ければ早いほどいい。お京はまだ中学生なのだ。それに気づく事ができれば一生ものの精神構造を構築できる。
要するに、そういう行動や考えが持てないお京は要らないとおばあちゃんは言ったのだ。
そこにつながった事をセシャトとバストは少しばかり余韻に浸りながら感動する。伏線をはり、それを極力早く回収。なのに作品はまだ半分も進んではないない。
「実に読ませてくれますねぇ……バストさん、お茶入れますヨゥ! ザラメの入ったカステラをいただきましたので、緑茶でいただきましょう!」
甘い物に目がない二人、少し分厚くカステラをカットすると母屋でお茶をすすり、舌鼓を打つ。
『夏に泳ぐ緑のクジラ 著・村上しいこ』
本作、読みましたという方々からメッセージを頂いています。私も選ばせて頂き、読んでくださる方がいて嬉しいですよぅ!
実は次は漫画をご紹介するというお話も出ています。楽しみですね!




