噂話『影送り』2
コンクリ造りの平屋は、見た目は事務所か倉庫のように見える。
「『とある喫茶店』ってお店の名前だったんだね...」
店名がプリントされたのぼり旗がなければ、ここが喫茶店だとは気づくまい。
しかも、現在は店の正面に設置された駐車場に車が停まっていて、車体にのぼりが半分以上隠れてしまっている。
「こんなところにお店あったんだ」と(羨ましくも)女性教諭の足に絡み付いていた少年ーー早見俊太と言うらしいーーは物珍しそうに『とある喫茶店』の眺めている。
あまつ、入り口が道路に面していないので、パッと見では入り口が見つけられない。
初見殺しも良いところだ。
やる気あるのかと思わないでもないが、店主の様子を考えれば、やる気は無いのだろう。
「入り口こっち」
指で示して誘導すれば、道路を背に右手に家屋が隣接している。
そっちに行っても入り口は無さそうなのだが、回り込むと一人一人がようやく通れるような木の引戸が現れる。
幸崎が、板戸の取っ手に手をかけようとした時、ギシギシと音を立てて引戸が勝手に動いた。
「幸崎...」
「あ、ホントだぁ~!ゆっきーだ!」
板戸の中から出てきたのは、幸崎より頭一つ分背の高い眼鏡の少年。
「鳥越に...後ろに居るのは石動さん?」
「そだよ~」
ぴょこり、と擬音が付きそうな感じで鳥越の脇から顔を出してきたのが石動さんだ。
脱色された色素の薄い髪が揺れる。
「そこに居たんですか」
「そうそう、ここに隠れておりました!」
「......ばっちり声を出してましたよね?隠れる気ありました?」
「つい出ちゃいました♪でも、良くわたしだって解ったねぇ」
「石動さんの声は特徴的だから解りますよ」
かなり小柄で、鳥越の体に完全に隠れてしまっていたが、この人に関しては声で判別可能だ。
彼女の声はとても特殊だ。
高い音域の独特な声。
声を聞いているだけで、可愛い女の子のイラストが浮かんできそうな...。
そう。石動の声は、
俗に言うーー『アニメ声』ーーなのだ。
「えへへ!照れるなぁ~」と頬に手を当てて笑う姿は、年上に見えない。
それどころか、幸崎の年齢の倍は生きているらしい。
「そういえば、ゆっきーはこんな時間にどーしたの?学校は?」
「急用が出来て早退です」と後ろで縮こまっていた(存在忘れてた)早見に目を移すと、早見が慌ててぺこりと頭を下げた。
それを見て石動が「あぁ、なるほどね」と苦笑した。
「でも、最近多くない?出席日数分大丈夫?」
痛いところを突かれ、幸崎が項垂れる。
「本当にギリギリ...なんとか崖っぷちに指二本分でぶら下がってる感じです...」
「そ、それは...大変だね...」
「はい...というか、それ鳥越に言った方が...」
視線を向けると鳥越は、面倒そうに言う。
「うっせぇな。俺はまだ義務教育だから問題ねぇーわ」
「いや、義務教育だから問題なんだろ!?義務教育の意味解ってんのか?教育の義務期間なんだよお前は!!つーかオレ年上!!何で石動さんには敬語なのに、オレにはいつもタメ口!?」
そう言われて、鳥越は
「...存在的に?」
と、返した眼鏡の奥の瞳が嗤っている。
「おぉーし、お前ちょっとお前表に出ようかぁ~!?」
「つーか帰りたいとこあんたが出入口封鎖して邪魔してるんだよそろそろ退けよ」
「このクソ中坊が~!!」
「こらこら、そんなに騒いでいると...」
「何だい?騒々しいね...」
ぴしゃり、と空気が変わった。
ギギギギギと錆びたブリキ人形のように、そこに居た人物たちが店内を見る。
「「し、師匠.....!!」」
奇しくも幸崎と鳥越の声が重なった。
言わんこっちゃないーーと石動が頭を抱える。
「おやおや、なんだい。表が騒がしいと思ってみに来たら...不肖の弟子、一番と二番が来ていたのかい?」
黒のエプロン姿に、スラリとタイトな黒のスカートとレースのあしらわれた白の詰め襟のカットソー。そこに臙脂色のリボンをあしらっている。
パッと見は清楚系の格好なのだが、本人の容姿が、それをぶち壊している。
ギラギラと輝くような濃い金色の髪に赤いメッシュが三本入っているし、目の色もグラデーションのかかった存在感のある青。
三原色をこれでもかと取り入れた派手な色彩。
だが、それすら似合ってみえるのは、単に彼女の人間離れしたのか美貌の成せる業だろう。
三峰空咲ーーそれが彼女名前だ。
「なんだい?人の顔をじろじろと...あぁ...見惚れてんのかい?」
にたり、と片方の口の端を吊り上げる笑い方も様になっている。
「二番とウズメ、お前ら帰ったんじゃなかったかい?」
そう言って綺麗な碧眼が、鳥越と石動に向けられる。
「ぴゃっ!!みみみ三峰さん!!あ、あの、そ、その、ゆ、幸崎くんとお喋りしてました、はい!!」
「ほぉ?ウズメ...お前さんはしゃば代払った後、店内で井戸端かい?」
「即帰ります!!」
軍隊よろしく敬礼し、石動が鳥越の腕を引く。
「ほら、鳥越くん帰るよ!」
「ついでに、二番を学校に送って行ってやれ。今なら最後の授業に間に合うだろ?」
「げっ!!」
非難の声をあげた鳥越に、絶世の美女がにっこりと笑う。
「真っ昼間から女のケツ追っかける暇があったら、ちったぁ社会に溶け込む努力をしろって言ってんだよこの童貞」
「最後のいりますか!?」
「うるっさい、さっさと失せろ。ノルマ増やすぞ」
「YES I'AM!!」
「ウズメ頼んだよ?」
「YES!MY LORD!!」
二人はその場から逃げるように駐車場に停めてあった赤い車に乗り込む。
もちろん、年上の石動が運転席へ乗り込み、助手席に鳥越が乗り込むのだが、子供が運転しているように見えて、違和感が凄い。
逃げるように車が走り出す直前、運転席から石動がヒラヒラと手を振ってくれた。
(これは『バイバイ』じゃなくて『頑張ってねぇ~♪』だな...)
走り出した車の後ろを見送って、幸崎は肩を落とした。
ひやり
「ひいっ」
ひんやりと冷たい手が首を撫で、両肩に細く滑らかな腕がしなだれかかってきた重み
「さぁて、邪魔者はいなくなったわね」
ぺろり、と舌舐めずりをする音が、耳に艶かしく届く。
「良くも悪くもウズメは、弾いてしまうからねぇ。今は弾かれてしまうのは道筋が切れてとてもとても困るからねぇ」
クスクスと喉の奥で鈴を転がすように、三峰は嗤う。
「ねぇ、そこのお前さん...」
びくり、と視線を向けられ、早見が固まる。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。
深い水面のような瞳が、早見を視る。
「お前さん...。お前さんは、一体なにをして、『影』を無くしたんだい?」
ガクガクと震えだす早見。
早見の体通して、更に奥をーー深い深い深淵を覗き込むように、三峰は凝視する。
深淵からこちらを覗く者を、更に覗き返すよう程に深く深く.........。
続きます。