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噂話『影送り』1

毎週土曜日0時に更新出来るように頑張りますね。

 幸崎(ゆきさき)(ゆずる)は、平穏を好む。


 周りの人間たちに、やれ爺臭いだの、枯れているだのと言われても、全く気にしない。

 生きていくのに、刺激など不要!!

 穏やかに、何事もなく、最低限度の労力のみで細く長く生きて、畳の上で玄孫に囲まれて静かに息を引き取るのを目標として生きるくらいに枯れている。

 そんな彼が気になり出す程度には、廊下が騒がしい。

(え、ちょっと待って。今、授業中だよね?)

 声の方向に耳を済ませば、廊下の端で誰かが喚きながら移動しているようだ。

(なんで先生たちは何もしない?)

 目の前では何事も無いかのように授業を続ける英語教諭の姿。

 普通なら異変に気づいて授業を中断するなりして、様子を見に行くものだろう。

 何よりも


(誰も気づいてない...?)


 室内には黒板を叩くチョークの音と、その文字をノートに綴るペンの音くらいだ。

 誰も何の反応もしないのは、おかしい。

 教室内の空気は、ちょっと日常と違うことがあるだけで簡単に揺らぐ。

 例えばのはなし、避難訓練があるというだけで、教室内に広がる空気はざわめくし、昨今、校内へ侵入して不届きな行為をする(やから)もいるくらいなのだから、教師が動かずとも、気になって授業どころではない生徒が出てもおかしくない。

 幸崎の耳には、それくらいはっきりと声が聞こえていた。

(ヤバい。マズイ、これはダメなやつ。嫌な予感しかしない...)

 そう思う。

 けれど、その声の端々に、必死な様子がうかがえた。


 誰もーー

  どうして......

  ーー見えない?

 ーーなんでーー


 なんでーー誰も僕が見えないーー!?


 聞き間違えたのかと思った。

(見えないって何だ?)

 声が徐々に近づくにつれて、発せられる言葉がはっきりと聞こえてくる。


 ーー無視しないで!誰かーー!!


 ついには、ガラガラと幸崎の教師のドアが勢い良く開けられ、廊下から一人の男子生徒が教室内に転がり込む。


「せ、先生!!助けて下さい!!」


 転がり込んで来た男子生徒は、あろうことか教卓に立つ女性教諭の足にすがり付いた。

 普段ならほんの少しばかり、僅かながら羨ましく思う行為だ。

 だが、必死の形相で女性の足にしがみつく男子生徒と、それを意に介すことく、まるで存在しない者のように扱う女性教諭ーーそして彼の存在の一切を無いものとして扱う生徒たちという構図のシュールさに、怖気が立った。


「先生お願いしますお願いだから、誰でも良いから反応してよ頼むからー!!」


 悲鳴にも似た声に、幸崎は頭を抱えた。

(せめて、授業が終わってから騒いで欲しかった....)

 だが、仕方ない。

 たぶん、これは『そういう』案件なんだろう。

 幸崎は覚悟を決める。

 ペンを取り、サラサラとノートに一言書き記すと、幸崎は息を吸った。


「あー...先生ぇー...」


 声をあげ、ついでに軽く手をあげて、自分の位置を示す。

 視線が自分に向く。

 前後左右の生徒たち。

 教卓に立つ教師。

 そして、その足に絡み付く男子生徒の目が、幸崎に向けられ、ばちりと目が合った。

 そう、目が合ったのだ。

 他の生徒は見向きもしない彼と目が合った。

 つまり、互いが互いの存在を認識したことにほかならない。

「何か?」と聞いてくる教諭の足に(羨ましくも)絡み付いていた男子生徒は、彼女からするりと離れるとゆっくりと幸崎の方ににじり寄ってきた。


「あ、あの、ねぇ...もしかして君...僕が見えてる?」


 不安げな声。

 こくり、と頷いてみせる。

 他の者から見れば、教師への返答にも見えただろうが、視線は完全に近くに寄ってきた男子生徒に向けられていた。

「すみません。ちょっと具合悪いんで、保健室行って良いですか?」

「また、ですか?」

 不愉快そうに顔を歪める彼女に、「すみません」とだけ幸崎は応え、苛立たしげにノートを指で叩いた。

「仕方ありません...。一人で行けますか?」

「あ、はい大丈夫です」

「じゃ、行ってきなさい」

「はい」と幸崎が返事をする前に、彼女は幸崎に背を向けて授業を再開してしまった。

(た、確かに最近保健室行く回数多いけど、仮病だけども!!塩対応すぎないか!?マジで具合悪かったら、傷つくやつ!)とは思いつつ、結局はサボりなので複雑さはあれど、仕方のないことだと幸崎は諦めた。

 すみません、と小さく断って、教室を出る幸崎は後ろ手にドアを閉める。

 幸崎はため息を着いた。

「で、君はなんなの?」

 後ろを振り返れば、閉じた扉の前に一人立っていた。

 足に絡み付いていた男子生徒が、幸崎の後に続いて教室を出て来ていた。

(ちゃんと見てたか...)

 声をあげる前にノートに書いた文書。


『ついてこい』


 教師との会話時に、指で叩いて示したのを上手いこと見てくれたようだ。

「ねぇ、君ーー君は僕が見えるの?」

「そう、だけど...」

「ほ、本当に!?本当なんだね!?」と安堵の表情を浮かべて、幸崎の制服にすがりついてくる。

「お、おい、離れっ」

「僕ーー僕本当に怖くてっ!家族も先生もみんなも、何でみんな僕を無視するのかとか、最初はいつものやつなのかと思ったら、誰も僕に構って来ないし...!!」

「お、落ち着いてって...」

 シィーっと、人差し指を口の前に持っていくと、男子生徒はハッとして口を両手で覆った。

(お前の声は誰にも届かないんだけどな)と思わなくもないが、耳元で大声を出し続けられるのは堪える。

 トーンを落として、幸崎が言う。

「こんなところで喋ってるわけにも行かないし、とりあえず場所変えよう」と、歩き出した幸崎の後ろから、足音が続く。

 質量はちゃんとあるようだなーと気づいて、少しホッとした。

「えっと、ど、どこに...?」

 階段を下り、手摺のところで彼がついてきてるかを確かめて言った。


「とある喫茶店」



続きます

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