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見送りの言葉は暖かく。

 夜道を手をつないで歩き、かばんを運びに行き、旅の準備を終えた。

 明日になれば二人で旅に出るというのに、今日別々の家に帰るのが何だかさみしくて、僕の家を出る前にまた抱きしめてしまった。マイアはまたキスをして欲しがったけれど、これ以上は自分が抑えきれなくなりそうで、何とか説得して帰ってもらった。

 そのあとは、何事もなく眠りにつき──いつもより、早くに目が覚めた。


「マイアと二人旅、か……」


 昨晩のことを思いだす。旅路で毎日あんなことをしていたら、きっとどこかで自分を抑えきれなくなってしまう。マイアに求められるままに愛情表現をしないようにしないと……。

 キィ、と小さな音に、ドアの方を見ると、隙間からこちらをのぞき込んでくる人と目があった。

 もっとも、こんなことする人は、愛しい人しかいないけれど。


「おはよう、マイア。いよいよ、だね」

「早起きすぎだよ、レイ……こっそりベッドにもぐりこんで、びっくりさせようと思ったのに」


 残念そうな声をあげながら、マイアは家の中に入ってくる。


「マイアの方が早起きじゃないか。僕は今起きたところなのに」

「えへへ……でも、今日の村のみんなは、その私よりも、もっと早起きなんだよ? 私たちを見送るために、たくさん準備してくれてあるんだ」

「準備? 旅の支度だけじゃなくて?」

「うん。しばらくは帰ってこれないからね。ふるさとの味を忘れないように、ってお父様が呼びかけて、朝ご飯を作ってくれてあるの」

「そっか。じゃあ、ありがたくいただいてから──」

「──出発だね。移動中は二人きりだから……って、だめだめ。私はいいけど、レイの意思も尊重しないと」


 頬を赤らめたマイア。なんと言おうとしたのかは、お察しだ。

 僕はそれをごまかすように、昨日マイアにまとめてもらった荷物を担ぐ。


「せっかく作ってもらったんだから、冷める前にいただかないと失礼だね。行こう、マイア」


 あいている手を伸ばしかけて、慌てて戻す。昨日はもう夜遅くで見つからないだろうからつないだけど、みんな揃っているところに手をつないでいったら、僕とマイアの仲がそういうものになったとばれてしまって、村長に大変な目にあわされてしまう。旅立ち前にトラブルは避けたい。

 マイアは少し頬を膨らませているけれど、ごめんね。早死にしないための旅に出る前に殺されたくないんだ。

 家を出ると、おいしそうな香りがする。広場の方へと歩いていくにつれて、だんだんその香りに近づいているのが分かる。腹ペコの僕には、かなりの刺激だ。


「おー、来たな」


 サグレさんのそんな言葉が聞こえると、僕は驚きを隠せなかった。

 もちろん、サグレさんの言葉にではなく、村の出入り口の方に並んでいる旅装を見て、だ。

 なんと、馬車が用意されている。雨が降ってもいいように、ほろが張られているその荷車は、荷物を積んで荷馬一頭に引かせることができるぎりぎりの大きさ。馬もしっかりと用意されていて、まだ出発しないのか、とでも言いたげにひづめで地面をたたいている。


「あの、サグレさん?」

「まあ、言いたいことは分かる。びっくりするよな、ここまで用意がいいと」

「はい。いったい誰がこんなに……」


 そういいかけて、ふと思いだす。


「あの一連の物、ココキさんが? たしか、元行商人でしたよね?」

「まあ、そういうわけですね~。ほろに穴もないですし、今の私には不要なもの。なら、お二人の旅路に役立てばと思いまして~」

「ひえっ!?」


 首筋を冷たい指でなぞられ、変な声が出てしまう。


「あの子も、ここで余生を過ごすのもいいですが、旅をするのも楽しかった、としょっちゅう言っていましたからね~。きっとよろこびますよ~」

「びっくりさせないでくださいよ……でも、それより先に言うべき言葉がありましたね。ありがとうございます」

「気にしないでいいんですよ~。でも、せっかく遠出するわけですし~、おみやげ、期待してますよ~」

「ココキ、レイにあまり要求しないでやってくれ。魔弾の操作は大道芸で稼げる域に達しているが、金はそこまで持っていないはずだ」

「おや、物だけがお土産ではありませんよ~。土産話、という言葉があるように、旅の過程をお話していただくだけでも十分です~」


 サグレさんとココキさんが、そんな話を始める。


「と、特に~、若い男女が二人きりで長い旅路を共にするわけですから~? 何も起こらないほうが不自然というものです~……レイさん、スケベな土産話もどんとこいですからね~」

「ココキさんは僕に何を期待しているんですか!!」


 それは、その、旅立つ前にうなじにキスマークつけたし、僕の貧弱な自制心では我慢できなくなるほど、マイアが積極的になる可能性もあるけれど……村長に殺されないように、その手の話は作っちゃいけないんだ。


「いいじゃないですか~。気持ちいいですよ~? 女性だと、初めては痛いですけど~……思い合っていれば、それ以上に喜びが~!」

「ココキ君、君は何を吹き込もうとしているのかね?」


 あ、村長。なんだろう。背後に深い闇が見えるような気がする。早朝と言っても、日は昇っていると思うんだけどなー、なんで村長の周りだけ暗く見えるんだろうなー。


「いえいえ~。お気になさらず、なさらず~」


 村長からじりじりと距離を取ろうとするココキさん。じりじりと距離を取られただけ詰めていく村長。

 じりじりじりじり……あ、ココキさんが全力で走って逃げだした。


「……レイ君」

「大丈夫です。あくまで幼馴染ですから」

「まだ何も言ってない」

「話の流れでそう思っただけです。大丈夫、幼馴染です」

「そうか……」


 殺気に似た何かを放つ村長に、僕は言葉少なにそう言った。死にたくないです。


「マイアも、前世のことを思えば自衛ぐらいはできるだろう……そもそも、マイアがレイ君のことをそこまで好きだとも限らんし、レイ君の気持ちは今聞いた。大丈夫だ……大丈夫……」


 やっぱり、村長にとってマイアは大事な娘なんだな……自分に暗示をかけるように大丈夫を連呼する村長を見て、そう思う。


「レイ、村長は娘さんのことになるとよくこうなるからな。気にせず朝食を食べていくといい。料理上手が腕を振るってくれたぞ」

「あ、はい。そうですね、冷めちゃいますし」


 サグレさんは村長を落ち着かせようとしながら僕にそう言ってくれた。そういうことなら、いただこう。

 大きな円卓に近づいていくと、それに気付いた人達が僕の方に駆け寄ってくる。


「レイちゃん、寂しくなるよー! 早く帰ってくるんだよ、ケガしないようにね!」

「レイちゃんみたいな気弱そうな子を狙った犯罪者は今も昔も絶えないものだからね、これ、脅された時に渡せるようにお金。魔弾を操る要領で動かせるように魔法式を組み込んであるから! あ、でもお店で悪用しちゃだめだよ!」

「私たちからのプレゼント、荷台に積んであるから! 私たちのこと忘れないでね~!!」


 聞き取りやすいようにタイミングをずらすとか、そういうことは一切なくて、抱きしめられたり、お金を受け取ったりされるがままでいた。


「皆さんは、僕の母のようなものです。大丈夫、僕の帰るべき家は、この村ですから!」

「ありがとう~!! 良い息子を持ったわねぇ、私たち!」


 奥さんたちは、きゃいきゃいとはしゃぎながら、今度はマイアの方に向かっていった。ちょっとした嵐のようだった……。

 とりあえず、円卓の上に置かれた食事をいただく。うん、おいしい。肉料理は香辛料を使い、少し辛いけれど、その分スープの甘みが引き立つ。もちろん、パンにもよく合う。

 サラダにかけられたドレッシングは素材の良さを引き出し、それでいて青臭さとか、悪いところをかき消す。さわやかな酸味と香りは柑橘によるものだろう。野菜の甘みが際立つ。

 ふと目線を魚料理に向ければ、一見味をつけて焼いただけに見えるけれど、丁寧な仕事がなされていることを予想させる。一口食べてみればその予想が当たっていることがよくわかる。小骨を一本一本取ってくれたのだろうか? そのまま食べていっても、小骨にあたることはただの一度もなく、ただただ川魚の香りと、心地よいしょっぱさが口の中に広がる。

 喉が渇いたと思えば、お茶がちゃんと準備されている。一口飲むと、ただのお茶ではなく、様々なものを混ぜてあることが分かる。花の香りは文字通り華々しく、砂糖は使われていないだろうに、ほんのりとした甘みを感じさせる。

 さすがに、この村の料理上手が腕を振るってくれたことはある……そう思うには十二分。何しろ、一つ一つそれなりの特徴があるのに、それらすべてが見事に調和しているのだ。

 おなかがすいた僕が、おいしい料理をおなか一杯食べるのにそんなに時間はかからなかった。


「ごちそうさまでした!」

「もう、レイ? 口の周りにソースが付いてるわ」


 いつの間にか僕のそばに来ていたマイアが、口の周りをナプキンで拭いてくれる。


「言ってくれれば自分で拭くよ?」

「私がしたかったからいいの。レイに触りたくて」


 どこか照れくさそうに微笑みながら、そんなことを言うマイア。


「両想いじゃないのあれ」

「村長に報告?」

「うーん、でも本来の天寿を全うするための旅に出る前に殺されるのは問題じゃない?」


 奥さんたちがこそこそとそんなことを話しているのが聞こえる。ですよね、そう見えますよね……実際そうですし……。


「マイアはちゃんと食べた? どれもおいしいよ」

「うん、しっかり食べたわ。旅の途中、いつもしっかり食べられるとは限らないもの。ためておく事はできないけれど、おなか一杯よ」

「そっか……じゃあ、そろそろ出発、なのかな」

「そうね、惜しめば、名残は尽きないけれど」


 マイアの言う通り、僕だって帰ってくるとはいえ、こんなにもあたたかな、本当の家族のように接してくれる人たちと離れるのは名残惜しい。

 けれど、精霊の問題を何とかすれば、みんなもっと喜んでくれることだろう。そう信じて、旅に出よう。


「皆さん、ありがとうございました! どれだけかかるかわかりませんが、僕たちは必ず生きて帰ってきます!」


 僕が挨拶を述べれば、村のみんながこちらを見る。

 言葉には出されない思い。だけど、目を見ればなんとなくわかる。これは、信じているという思い。


「私たちは、足りない部分を補いあって旅を無事に終わらせ、帰ってきます。その日まで、どうか待っていてください」


 マイアもそれを感じたのか、そう挨拶をする。


「過酷な旅となるだろう。だが、二人ならば乗り越えられる。マイアは私の自慢の娘、レイ君はその幼馴染なのだから。いつまでも待っているぞ。だが、なるべく早く帰っておいで」


 涙をこらえた声で、村長がそう送り出してくれる。

 村のみんなに見送られながら、僕たちは馬車に乗り込む。

 ふとマイアの方を見れば、マイアも僕の方を見ていた。そうだね、言うべき言葉はもう一つある。


「行ってきます!」

「「「行ってらっしゃーい!」」」


 僕たちが声をそろえて言えば、村のみんなも声をそろえてそう言ってくれる。

 ココキさんの馬は、まるで人の言葉が分かっているかのように、そっと歩みだす。僕が御者台へと向かい、その判断が正しいと教えれば、その歩みはさらに速くなる。

 僕たちの旅は、こうして始まった。

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