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旅立ちに障害はつきもの

 サグレさんは、僕たちが必死になっていいわけをしているうちに、みなまで言うな、とか、内緒にしておくから大丈夫だ、とか気まずげに言いながら逃げるように去っていった。不必要な気遣いをさせて本当にごめんなさい……。


「もう、レイの馬鹿……ちゃんとキスしてくれたら、あんなことにならなかったのに……」

「いや、マイアがあんなことしなければ、少なくともサグレさんに見つかることはなかったと思うんだけど……」


 短い時間ながら、何度目かもわからなくなるくらいマイアは不満を吐き出し続けている。そこまで僕にキスしてほしかったのかな……でも、そんな急に心構えができるほど僕は男らしくなくて……心の中でもうまく形にできないもやもやを、口にできるはずもなく。


「そういえば、さっきからずっと、マイア、女口調だね。別に、それをとやかく言うつもりはないけど……」


 ひたすら責められないよう、強引に話をそらそうと、そんなところに突っ込みを入れてみる。

 しかし、それは思っていたより突っ込まれたくないところだったらしく、マイアは少し恥ずかしそうな様子を見せた。


「だって……レイが、女の子として、私の事を好きだって言ってくれたから。だったら、もう、幼馴染として距離を取られたくないからって、下品な男の人の口調になることもないかなって……旅先で、邪推されて困るようなら、使うけれど……」


 恥ずかし気なマイア。しかし、そんなことを言われれば僕まで恥ずかしい。頬が熱くなるのを自覚する。


「別に、そこまで気にしなくていいよ……マイアと、そういう仲だって思われるのは、照れるけど、うれしいし」

「……やっぱり、キスしたい。レイは、私を興奮させる天才だね」

「それはまだ早いってば……」


 お互い照れて、手が止まる。気まずいような、くすぐったいような、そんな時間が流れていく。


「えっと……大体、レイの荷物はまとめられたし、私は、私の荷物まとめてくる……ね」

「う、うん。行ってらっしゃい……」


 僕はとっくに耐え切れなかったけれど、マイアも耐え切れなくなったらしい。そう言って、僕の家から去っていった。


「……はぁ~~~~」


 特大のため息をつく。

 マイアのことが好きなのは、本当だ。それが、異性として好き、というのだって本当だ。

 けれど、いつもからかいで胸揉む? と言ってきたり、水浴び中に素っ裸で忍び込んできたりして来ていたマイアが、あんなに本気で僕を好きになってくれているなんて、思いもしなかった。フラれることを前提で、告白したんだけど、な……。

 もちろん、告白を受け入れてもらえたのは、うれしい誤算、というやつだ。けれど、今後の旅路を考えると……。

 不安だ。僕の理性、マイアが誘惑を何度も何度もしてきても、耐えられるのかな……?

 マイアが帰って、少しして。僕はそんなことを考えながら、旅に必要なものをそろえていたわけだけど、ふと気が付けば自分がこのままでは短命だということも、元の寿命に戻すには命の危険が伴うということも、それらに関する不安も、何もかも忘れていたことに気付く。


「……マイアの、おかげだな」


 一人、そう口にする。そして、僕は旅への決意を、覚悟を固める。

 僕は、マイアを悲しませたくない。だから、短命のままでなんていないし、別の精霊も憑りつかせて、そのショックで死んでしまうなんてこともしない。意思の力で何とかできるというのなら、どんな苦痛にも耐えきってみせる。

 そんな思いをもって、いったん旅支度の手を休めて、水をくむ。緊張のせいかちょっと喉が渇いていたから、お茶でも入れて飲もう。

 今日の早朝にやったように、片手鍋に水をくむ。違うのは、水鏡を使わないだけ──


「……え?」


 そう、水鏡は使わないはずだった。詠唱も、ただの一言もしていない。

 なのに、勝手に水鏡の魔法が発動した。


「な、なんで!?」


 突然のことに、戸惑う。しかし、水鏡を見て、もっと戸惑うことになる。

 水鏡が、僕でない誰かを映している。いや、よく見れば、背景さえ、僕の家じゃない!


『      』


 僕が、僕の家が映らないとおかしい水鏡の中で、僕じゃない誰かは僕の家じゃないどこかを背景に口を動かす。しゃべっている……のか?

 そんな、異常はしばらく続き、僕が戸惑っていることに今更気が付いたかのように、誰かは鏡と、現実の間に手を伸ばし──その境を、越えた。

 突然のことに、僕はその手から逃れることもできない。捕まれて、水鏡の中へと引きずり込まれてしまう。

 水の中に飛び込んだように、体がぬれ、呼吸ができない。しかし、それも一瞬のこと。

 今、僕は、水鏡の中にいた誰かの前にへたり込んでいる──つまり、僕は水鏡の中にいる。


「こんばんは、で、あっているかしら。”黒”のヌルジール」


 僕の戸惑いをよそに、水鏡に映っていた女性は、王族に対して行うかのような、礼儀にのっとった礼をした。

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