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謎の少女と、緑失せし山。

 くしゅん、とくしゃみの音が聞こえた。

 音のもとを見るまでもない。キイルさんは人の言葉を話せるようになっているだけで、不意の時には馬の声が出る。

 僕がくしゃみをしていない、馬のくしゃみの音ではない。なら、自然とその音は、マイアが発したことになる。


「大丈夫? 寒いなら防寒着を着なよ。たしか僕の分も含めて準備してくれてたよね?」

「ううん、たしかに標高が上がった分気温は下がったけれど……おかしいな、風邪をひくほど寒い思いはしていないのに」


 そう言いつつも、ごそごそと荷物に手を突っ込むマイア。

 一夜を越え、僕たちは聖火山へと通じる山脈に差し掛かっている。ここ自体も精霊が宿るとされているらしいのと、見晴らしが悪くなることで山賊のたまり場になっている可能性とを考えて警戒していたのだけれど……。


「キイルさん、何度も聞きますけど……」

「何度も答えるが、俺がココキと旅をしていた時、ここはこんなんじゃなかった。もっと緑が生い茂って、生き物の気配がしていたぞ」


 僕にもわかる。精霊が宿る、とされている土地は何らかの形でその精霊の力が現れている物だ。

 なおかつ、昔は緑豊かだった土地だというのなら、間違いない。


「土の精霊が、新造魂に憑りついたのね……でも、同じ時代に二人か、それ以上の新造魂が現れるなんて……やっぱり、あれが……?」


 うろたえているように見えるマイア。


「見晴らしがいいのは助かるけれど……なにか異変が起きているなら、大変なことに……」

「ああ、そうだな。大変なことになる、というかなっている。鼻をきかせてみろ……なにか、燃えてやがる」


 燃えている……!? 枯れ木ばかりだから、もしも火事になっているのなら大変なことになる!

 あるいは、このあたりに地図にものらないような小さな集落があるのかもしれない。だとすると、山賊が村に手を!?


「何があったにしろ、このまま放っておけば俺たちも焼けちまうかもしれないってわけだ。少しばかり、寄り道せざるを得ないな」

「そうですね。幸運にも、僕に憑りついた精霊は水。火を消すためになら、少しくらい使えるかもしれない」

「急ぎたいのに……厄介なことね。想像が確かなら、もうレイ一人の話じゃないかもしれないのに……」

「え? マイア、それってどういう……」

「あ……ううん。まだ決まったことじゃないから、気にしないで」


 やっぱり、マイアは何かを知っているようだけれど、話してはくれない、か。暗い前世を持っているのだから、無理に聞きだしたくはないし……。


「とにかく、消火ですね。魔弾、装填。恵みの始まりを告げる水よ、我が意思に応え降り注げ。雨呼びの閃光!」


 ミャイケニッヒリィン。今だけは感謝してあげるから、おとなしく使われて!

 そんな思いが通じたかのように、僕の魔力だけではどうしようもないだけの水の魔力を持った魔弾が空へと飛んでいく。

 火の元は……集落だ。本当に小さな集落だけど、燃やされている!


「閃光よ、瞬け!」


 魔弾越しの視界で大雨を降らせる。


「次弾装填、発射!」


 ただ視界にするために少量の魔力で魔弾を集落の方角へと発射する。

 ……むごい。一通り略奪され、一軒だけかろうじて建物の体裁を保っている。

 遺体がないということは、まさか奴隷にする目的で? 助けられるなら助けたいけれど……どうしようもないか。


「レイ、どうなっているの?」

「……小さな集落が略奪にあったみたいだ。遺体こそないものの、動く影は……ん? あれは……?」


 何か、小さな人影が見えた。建物の体裁を保ったところから出てきたところから見て、多分周りの人に隠されて、何とか生き残れたのだろう。


「子供が一人取り残されている。こんな山じゃ食料もまともに手に入らないよ。助けないと!」

「そうね。レイ、私も自衛手段くらいは持っているから、キイルさんに走ってもらって。私は、ここで荷物を見張っているわ」

「分かった!」


 手早く馬車につながれたキイルさんを自由にして、その背にまたがる。


「お願いします、キイルさん!」

「引退一歩手前の馬車引きだ、あんま期待はしないでくれ!」


 そう言いつつも、キイルさんは全力で、僕ではとても追いつけないだけの速さで駆けていく。

 一瞬とはいかないけれど、それほど長い時間はかからず、さっきの魔弾で雨が降っている所までたどり着く。


「誰か! いませんかー!?」


 もちろん、いることは分かっている。だからと言って、何も言わず居場所を探れば警戒させてしまうだけだ。


「近くを通った旅人です! 山賊や盗賊の類ではありません! 信じてください!」


 血眼であたりを見渡すけれど、先ほどの小さな影は見当たらない。


「坊主、見間違いではないんだな?」

「はい……あれは間違いなく、人でした」

「坊主の気持ちは分かるが、あたりに人気がなくなって出てきて、あまりの惨状に逃げ出した、ってこともありえるだろう。そうなると、探すには人手が足りんぞ」

「でも、キイルさん!」


 僕が叫んだ直後、かさ、と音がした。


「ココキおじさん……?」


 おびえた声。しかし、間違いなく人の声。


「ココキおじさんじゃない……? でも、しゃべる馬に乗ってるし、キイルさんって呼んでるし……」


 声の方へと、キイルさんを下りて歩み寄る。


「ごめん、ココキさんではないんだけど……ココキさんから、キイルさんを借りているものだよ。名前は、レイ・ヌーフェリア。君は?」

「……サナミ。サナミ・ザンリ。みんな、どうしちゃったの……? 突然、隠れろって、地下のお部屋に入れられて、出てきたら、こんなことに……」


 サナミ。そう名乗る少女は、混乱している。


「僕たちも、何かが燃える臭いでただならぬことが起きていると思って、駆け付けたところなんだけど……たぶん、人さらいにこの村が襲われたんだと思う。他に隠れた子はいない?」

「……私と、一緒に隠れた子はいないよ」

 

 そうか……そもそも、建物と呼べる場所が一軒しかなくて、そこに隠れていた子もサナミちゃん一人。生き残り、さらわれてもいないのは、この子だけと考えるべきだろう。


「……ごめん、サナミちゃん。僕がしてあげられることは、君を近くの街に連れていってあげることくらいだよ。お友達を見つけることは、僕にはできない」

「……なんで俺のことを知ってるか知らないが。嬢ちゃん、お前さんが街の衛兵に知らせれば、お前さんのお友達がもしかしたら見つかるかもしれない。その程度だが、嬢ちゃんがすがれるのはこんな細い糸なんだ」

「……うん。レイおにいちゃんについてく。キイルさんを連れている人は、とてもいい人だって、みんなが言ってたから……」


 ……なんだろう、違和感がある。普通、もっと警戒するものじゃないか? いくらキイルさんとココキさんのことを知っていたって、話に聞いただけで、こんなに信用してくれるものだろうか?

 ……いや、そんな不確かな理由で見捨てるわけにはいかない。幸い、食糧に余裕はある。


「キイルさん。二人で乗っても、走れますか?」

「引退寸前つっても、馬車と比べりゃ人間二人だ。当然走れるとも」


 その言葉を聞いて、サナミちゃんをキイルさんに乗せ、僕もまたがる。


「サナミちゃん、しっかりつかまっていて。結構揺れるからね!」


 返事はない。しかし、サナミちゃんはしっかりと僕の服をつかむ。

 荷車に戻るまでの道のりを、僕たちは話もせずに過ごした。

 だって、あんな環境に残された女の子に何を話せばいい? 下手に励まして落ち込ませるくらいだったら……。


「レイ! よかった、見つけた子は助けられたのね……!」

「……けど、この子だけだ。もっと早ければ、あるいは……」

「レイ。あなたは兵士ではないわ。一人でも助けられたのなら、十分よ」


 荷車の方は、何事もなかったらしい。マイアにまで何かが起きなくて良かった……。


「だけど、今から戻るより、聖火山の方へ行って、目的を果たしてからにすべきよ。レイはさっき力を使ってしまった。一度魔力経路がつながってしまえば、あれはたやすく人とつながるのだから」

「……分かった。サナミちゃん、ごめんね。僕たちは、旅をしているんだ。サナミちゃんと同じく、命がけの。だから、まずは僕たちのしたいことをしたい。良いかな?」

「……うん」


 ……心に負った傷が大きすぎて、失ってしまったのだろうか。サナミちゃんは、ただこちらに従うばかりだ。


「ごめんね……なにもできなくて。キイルさん、サナミちゃんのためにも、全力でお願いします」

「坊主の命がかかってる時点で全力出してるからな。あまり期待はしないでくれ」


 荷車をつなぎ直している間、マイアはサナミちゃんに話しかけていた。

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