誰かの記憶
”俺”は、夜が好きだった。自身の行いを隠す闇が、自戒をごまかす歓楽街が好きだった。
いつだって、酒か女におぼれて、心の痛みをごまかしていた。
どんなに立派な口実を掲げたところで、”俺”は人を殺したくない殺人鬼だったから。
それがどう曲がったか、”私”は昼が好きになった。
前世の自分を完全に切り離せたわけではない。けれど、現世の”私”は、恋を知った。愛を知った。
それは、”俺”に欠けていたものを埋めてくれた。どうしても話したいのに、恥ずかしがって目を合わせてくれないもどかしさ。いくら誘惑するためでも、前世の”俺”を英雄扱いするような女のしたことは恥ずかしいこと。会えない時間にあなたを思って、”私”の好きな読書も手につかなくなるくらい夢中になったこと。
ねえ、あなたはいつも『僕は新造魂だから』と謙遜するけど、”私”は、あなたなしには成立しないくらい、あなたでできているんだよ。
あなたのことが誰よりも好きだから。あなたに誰よりも好きになってもらいたいから。
”私”は、”俺”の因縁を終わらせなければならないの。
あなたにだけは、秘密にしていたい。だから嘘をつくけれど、それは本当に悪いと思っているから。
だから──今だけは、夜が好きな”俺”にならせて。