一つ屋根の下で、おやすみ。
しばらくして、マイアがお風呂から出てきた。
「レイ、見張りありがとう。安心してお風呂入れたわ」
「ならよかっ……! マイア! その髪型!」
マイアの髪型を見て、思わず慌てる。
「後ろで束ねただけだけど……おかしいかな?」
「そうじゃなくて! 可愛いんだけど、その……うなじ、見えちゃうから」
うなじ? と首をかしげるマイア。その直後、村で過ごした最後の夜のことを思いだしてくれたらしく、慌てて髪をほどいた。
「ご、ごめんなさい。少し……二人旅で浮かれているみたい」
「一応まだ残ってるから……その、僕がなんて思われてもいいけど、マイアが嫁入りもしていないのに色ごとにおぼれてる、って思われると、我慢できそうにないから。ほんと、ごめん。こんな風に思うんだったら、つけない方が良かったかな……」
うう、顔が熱い。マイアの顔をまっすぐみられない……けれど、マイアに頬を触れられれば、自然とマイアの方を見てしまう。
「レイ。私、まだ満足してないよ。こんなの、まだまだ入り口。恋人じゃないとしちゃいけないこと、夫婦じゃないとしちゃいけないこと……お父様にも認めさせて、絶対にレイとしたいの。レイがいいの。ほかの人じゃ、嫌」
「マイ、ア……」
「レイは……私とじゃ、嫌?」
「……ううん。僕も、マイアがいい。マイアじゃないと、嫌だ」
顔が近づく。湯上りのマイアの手のひらは温かく、気持ちがいい。
「ただの友達の一線、こえたいな……」
「まだ……まだ、早いよ」
「でも、今ならだれも見てないもの。旅に出る前に……あの時は、男の人の口調だったけど、今言い直すね」
マイアの瞳に映る僕が見えるほど近く。甘い香りが鼻を抜ける。
「私は、レイにならどんなにひどいことをされても、うれしいよ?」
清楚な口元から放たれた淫靡な言葉。それは、頭の中を幸福で満たし、鼓動を異常なほどに早める。
もう、僕の視界にはマイアしか映らない。それでもなお、マイアの顔は少しずつ近づく。
「レイ、私……前世は男だから、リードはできるけど。レイにリードされたい……」
そう言って眼を閉じるマイア。
人の気配はしない。キイルさんの眼も、ここには届かない。
広い空間だけど、二人きりの密室。今なら、どんなことをしても、誰にも見られない。マイアも受け入れてくれる。
「マイア……それでも、だめだ。僕はマイアが好きだ。好きだからこそ、まだこういうことはしちゃいけないんだ。もしも僕が巡礼の途中で死んだら──」
僕が発そうとした言葉を、マイアは手で口を押さえてふさいだ。
「レイ……この街はとってもいい街だけれど、変な人はいなかった?」
その言葉は、女性口調。だけど、目は違う。男性口調の時、それも少し物騒な時の眼をしている。
返事を聞くためだろう。マイアは僕の口から手をはなし、真剣な目で僕を見つめる。
「……ないとは言い切れない。平和な街だから、犯罪者なんていないだろうと思って、そこまで見てないや。油断してた」
「…………そう。そうね。でも、衛兵さんもしっかりしているし、大丈夫よね……ごめんなさい、いいムードだったのに、壊しちゃって。もう一回最初から始める?」
「うれしいお誘いだけど、遠慮しておくよ。お風呂に入っておかないと、他の人にも迷惑だろうし」
突然あんなことを口走ったのはなぜかわからないけれど、ちょうどよくマイアと離れられる。好きだからこそ、万が一僕が死んだとき、傷を浅くしてあげたい。だから、キスなんてまだまだだ。
「ねえ、レイ」
「なに?」
「私、自分の部屋で休んでるね。ちょっと話疲れちゃったから、そのまま寝ちゃうと思う。だから、ぐっすり寝かせてもらえたらうれしいな」
「……? わかった。僕も二重付与した魔弾の操作長いことやったから、次に会うのは明日の朝だね」
「……そうね。おやすみ、レイ。良い夢を」
なんでわざわざ先に寝るといったのだろう。夜這いしてもいいということ……なわけない……とも言い切れないよなぁ。マイアだし。
少し不思議に思いながらも、僕は脱衣所へと入っていった。